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虚空に絶望のためいきを 太陽に希望の叫びを(AC-アダルトチルドレンのブログ)

人は変わろうと思えば変われる(私の宗教遍歴の回顧)

 高慢は、「普遍の真理への無知から来る」と書いたが、お釈迦様の教えによれば「無明」ということになる。「無明」の反対語は「明智(めいち)」というが、いずれも軽々しく用いてよい言葉ではない。

 では、そういった「無知」「無明」とは何か、また「明智」とは何がどう明らかに知られた智慧なのかと考えてみた。
 簡単にいうと次の三つのことを知ろうとしないことは「無明」であるし、それに回答を与えるのが「明知」だと思う。

「人はどこからきてどこへいくのか」
「私はなにものか」
「人はいかに生きるべきか」

 言い換えれば、次のようにもなる。
「生まれる前はどこにいたか。死んだあとはどこへいくのか」
「私はどういう人間なのか」
「自分にとって最もよい生き方はどんな生き方か」

 お釈迦様の教えによれば、この三つを知らず、知ろうとしない「無明」の結果、生まれるのが「怒り」「むさぼり」「愚かさ(高慢)」の「三毒」だ。この三毒から、いろいろな煩悩と苦しみが生まれるという。

 実は「西遊記」の玄奘三蔵法師が弟子にした「孫悟空」「猪八戒」「沙悟浄」は、この「三毒」に対応している。
 名前からわかる通り「猿=怒りには空を悟れ」「豚=むさぼりには八つの仏戒を守れ」「河童=愚かさからくる高慢には清らかな心を悟れ」と作者の意図が感じられる。

 そして、それぞれの弟子たちのもともとの出自は、奇跡的な霊物であったり、天界の将軍であったり、天官だったりしたわけで、それぞれが堕落して妖怪化する前は立派な存在だったことも書かれている。

 これも、人間に宿る「仏性(良心・神性)」が堕落して煩悩深き人間になったことをたとえているのだろう。

 現実に玄奘三蔵法師が、こういった妖怪を連れて歩いたわけではない。しかし、三蔵法師の心にも、この三毒があって、それを克服しながらインド天竺に渡り、657部もの大量の経典を唐に持ち帰ったというたとえであろう。

 その経典類は、唐に帰国後、玄奘三蔵法師みずからが翻訳したが、その中でも特に有名なのが「般若心経」である。

 この「般若心経」と私のAC性の発現である青年時代の「強い恐怖心」という症状には、実は密接な関係がある。

 すでにだいぶ前にこのブログで書いたことだが、私が19歳の大学1年のときに、それまで殺意を抱いて憎悪していた祖母を、夢の中で殺して激しい罪悪感を覚え、それまで憎んで敵視していた神に助けを求める回心が起こった。
 それから後は、「いま死んだら、死後は暗黒地獄に落ちる」という強迫的な想いに陥って、私には世俗的な規範を超えるレベルでの「救済」が本当に必要となった。

 その「このままでは地獄行きまちがいなし」という直観は、浪人時代の被害妄想の後遺症だったのかもしれないが、当時の実感としては、それ以外の感覚は持ちえなかった。その感覚と同じ言葉を、のちに再読した親鸞の『歎異抄』に見出して驚いたことがあった。

 親鸞は、「とても地獄は一定すみかぞかし」と書いていて、これは「もはや自分は死んだら地獄行きは一直線で逃れようがない」という意味だ。だからこそ、その地獄行き確定の自分が助かるには「弥陀の請願不思議に助け参らせて」すなわち、「阿弥陀如来の『阿弥陀を信じる者はみな極楽浄土に往生させよう』との御請願の奇跡の御力におすかり申し上げて念仏をお唱え申し上げるしかない」という他力本願の文脈になっている。

 ところが、私は阿弥陀如来ではなく「新約聖書」のキリストに助けを求めた。そして、「地獄行きを避けるには人を愛するという実践をしなければならない」と戦慄しながら認識し、「愛とはどういうことか。愛するとはどういうことか」を必死で知ろうと決意した。それを知らなければ死後に永遠の地獄に落ちてしまうのである。その確信と恐怖は、余人にぬぐいさってもらうのはまず不可能な深刻なものだった。
 つまり私は、19歳で東京に来て大学に入ったが、17歳のときのフラッシュバックの後遺症も手伝って、浪人時代の引きこもり状態から、いまでいう対社会恐怖症に近い状態になっていた。

 浪人時代の最悪の家族や世界や神への憎悪を、大学入学直前の失恋をきっかけに激しく後悔し、高慢に我を張っていた心が砕かれて、一気に無力な虚弱な自分になってしまった。その直後に見たのが、祖母を殺す夢であり、ひどい罪障感であり、回心であり、堕地獄の直観である。そして、人や世間を憎悪することは、自分自身の精神を焼き滅ぼして不毛の焦土と化すことであるという経験をした。その恐ろしさと祖母への共感が、そのあとに連なっていった。

 大学一年の夏休みに、自動車学校に通ったが、教官から「女の子みたいな運転するなあ、もっと床を踏み抜くぐらいペダルを踏みつけるんだ」と注意され、教科の中の無線運転をさせてもらえないくらい、私は痩せてひ弱で猫背のおどおどびくびくしている青年だった。そういう状態で、のちにひどい目にあう新宗教の教祖の書いた本に出会って引き込まれてしまったのだから、弱り目に祟り目の状態だった。

 当時の私の心はまったく打ち砕かれていて、旧約聖書に書かれた戒めの言葉におののき、いつも目にみえない存在が私を見張っているという恐怖心におののき、自分の至らない点が、目に見えない世界から裁かれているという被害妄想的な感情が常にあった。旧約聖書の『箴言』を何が正しいかの規範にしつつ、『般若心経』のちゃんとした解説書も、新聞配達など短期のアルバイトを転々としながら、ページを切り取って持ち歩いていた。

 被害妄想と強迫神経症といってもおかしくない恐怖の中で、それでも「憎悪と地獄行きの自分から変わるんだ」と決意していた。私は変わりたかった。本当に、それまでとはちがう自分になりたかった。私を振った彼女のしめしてくれた友情にこたえるためにも、彼女に振られるにいたった自分の狂った憎悪を繰り返さないためにも、私はちがう人間にならねばならなかった。もし、彼女と再会できるときがあったなら、振られたときとは違う自分になっていようと決意した。私は、彼女を愛して尊敬していたけれど、その彼女に愛されるに値しない憎悪と嫉妬の自分を変えなければ、自分で自分がゆるせなかったのだ。

 もちろん、その自己改変の決意と努力には、大変な苦痛と懊悩と心の病の後遺症がともなったが、私は心底変わることを欲した。そして、別れた彼女の幸福を祈るようになった。自分以外の人の幸せを、自分を度外視して祈れるようになった最初の人が、彼女だったのだ。自分の苦しみしか見えず神と世界を呪っていた少年が、いつしか神に対して他者の幸福を無心に祈れるようになっていた。もちろん、当時は飲酒も喫煙も恋愛依存も母との共依存もあったし抜毛症も治っていなかったけれど、その一方でそういった明白な良い変化も起こっていた。私が、ことあるごとに「本気で変わろうと思えば、どんなに苦労して時間がかかっても、必ず変われる」というのは、そういう自分の実体験があるからだ。

 二十歳代のはじめは、自分を責め裁く心があり、目に見えない世界からもそうされていると思い込む一方で、キリストの「ゆるし」が心にしみた。新宗教の本部に行って講習会で講師に会うと、彼らが人の心を見抜く霊能者だと信じ込んでいたので、自分の醜い心を透視されていると想い、恐怖でがちがちになり冷や汗が出て自縄自縛になった。もちろん、二十年後には、彼らにそんな能力はないとわかったし、逆にこちらが彼らの偽りを見抜いて批判する側になったのだが、その逆転劇が起こる間には、性格改造セミナーにひっかかったり、いろいろと苦しいことが沢山あった。

 そのような出来事にみまわれ傷ついたり傷つけたりしながらも、キリストの言葉は一滴一滴と心にしみこんでいた。
「人を裁く基準で自分を裁くことになる」「人を裁くな、自分が裁かれないために」という言葉が、どれほど役立ったことか。弟子たちに告げたマタイ伝5章13節「汝らは地の塩である」という言葉が胸にたたまれた。「地の塩」になることが「愛の実践」であるという理解で生きてきた。どんな教会ともキリスト教的宗派とも信徒になるような関係をもたず、洗礼も受けることもなく、私は新約聖書と旧約聖書だけを頼りに、19歳のときからキリストに「私淑」する生活をはじめた。いまでもそれは私淑する教えや聖人賢哲の数は増えたが、基本姿勢は変わっていない。

 キリストの言葉はもちろん、それらの教えの数々は、読んで教養にするものではなく、規範なき家庭に育った私にとっては「自分で試して取り入れるもの」だったのだと今はわかる。古代の医師が、自分で草をなめて、どれが薬草でどれが毒草であるかを自らの肉体でためして判別したように、私も様々な「教え」を試してきたといえる。耳には甘く精神には有害な新宗教の毒草の教えで死にかけたこともあれば、聖書を皮切りに神道や仏教や儒教などの薬草によって生き返り、それらの勉強を今でも続けている。

 そして、話しはやっと般若心経につながる。二十歳の私は、自己の内面への恐れと目に見えない世界からの監視の恐怖の中で、般若心経の一節「度一切苦厄(一切の苦しみ災いを救済する)」「無有恐怖(恐怖が存在しない)」「遠離一切顛倒夢想(一切の妄想やまちがった思い込みや執着など真理からみてさかさまな、夢まぼろしの虚しい仮初の想いから遠く離れる)」の境地になりたいと切実に願った。それほど、青年期の私にとって、私自身の内面が恐怖の対象であり、変わることなくして迎えるおのが未来の運命が恐ろしすぎたのだ。

 こうして1年前の座禅の開始から、この二十年以上とまっていた仏教の学習がはじまり、青年時代のそんな出来事が思い出され、そのときの願いが動機も新たに再開されたばかりだ。今度は、青年時代のありもしない「霊界からの裁きと監視」「他者の透視能力」への怯(おび)えと恐怖ではなく、そうしたまちがった妄想の恐怖を捨て去った上で、なお凡夫の自分から執着や我欲のない自分を目指していきたいという気持ちが生まれている。

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                         ラファエロ 「サン・シストの聖母」





# by ecdysis | 2018-01-19 02:55 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

わが憎しみの青春の季節が終わる

 昨年の1月23日から座禅を開始して、短い時間だが、毎晩寝る前に座ってきた。

 この一年の間に、知らない間に変化が起こってきたらしい。私がAC性を発現させて家庭内問題のフラッシュバックを起こし、飲酒をはじめた17歳から18歳にかけての自分が表に現れている。私にとっての神なき時代の病んだもっとも苦しんだ絶望の時代だ。

 19歳で大学に入学し、新約聖書によってキリストの言葉に触れ、自殺を思いとどまった日の前の自分だ。

 もっとも、高校3年の化学の授業で、教諭が周期律表について「自然というのは規則的にできてるんですね」と説明したとき、強い違和感を覚えて「自然じゃなくて神だろ」と心の中で突っ込んだのを思い出す。教諭が、意図的に神という言葉を避けているように思えて、その姑息さが気に入らなかった。何かの具体的な神を信じていたわけでもないのに、なぜかそう感じた。SF小説を夢中で読みふけっていたせいかもしれない。自然の背後に神の意志のような、何かの意識存在がありそうだと思っていたのかもしれない。

 そんな17・18の頃の私の気持ちをはっきりと思い出し、言葉にできるようになった。

 曾祖父の代からアルコール依存症の家系で、祖母も母も依存症者の妻の病理に侵されて、家族関係がめちゃくちゃだった。それを自覚して絶望した17歳の少年だった私は、本当は救いを求めていた。親を含めて大人は、家庭のひどさに傷つき絶望した私を救ってはくれなかった。どこにも、私を救ってくれる存在はいなかった。誰か助けてくれと叫びたくても、それすら許されないし、助けてはくれないだろうと固く思い込んでいた。

 当時は、学校の図書館にあった怪しげな天御中主神の霊言集を読んでがっかりしたり、禅語の本も読んで2~3日自宅で、わけもわからず座禅をした。しかし、期待した効果は感じられずに、すぐにやめてしまった。

 自分が何を求めているのか、何が必要なのか、何も見えず何もわからなかった。浪人時代には、『歎異抄』『正法眼蔵随聞記』も読みましたが、なにがなんだかさっぱりわからなかった。『隋聞記』の方は、40年後の現在、再び、今度は味わいながら読み進めている。
 18歳の当時は、書店で売っている各種の占いにふけるほうが面白かった。易占から西洋占星術、タロットカードにトランプ占い、気学に姓名判断、奇門遁甲に紫微斗数術など、十指に余る占術の入門書を高校・浪人時代に読みふけっていたので、異常な高校生だったのはまちがいない。みじめな運命を変え、何か希望をもたせてくれそうなものが本当に欲しかったのだとわかる。
 占いを自分であれこれやってみてわかったのは、自分の我欲と欲望のために占うことは、ぜんぶはずれるということ。易占に関しては易経という東洋哲学の粋がもとだが、これは儒教の四書五経のひとつなので、儒教を一通り勉強した上でないと、易占をおこなうのは邪道に入ると最近わかった。

 とにかく、18歳の当時は基本的にひどく孤独でひどく鬱々としてひどく惨めだった。
 高校時代から、引きこもり状態に陥った浪人時代にいたる4年間は、ただただ孤独と惨めさに打ちのめされて敗北感に覆われていた。家族への憎しみと鬱屈の泥沼で溺れていた。持前の根拠のない高慢さだけで我慢していましたが、それも破綻して気が狂いそうになった。死にたかったが死ねなかった。そのかわり、タバコを覚えて吸いまくり、18歳の頃には、飲酒してブラックアウトを繰り返すようになった。

 自分が自分であること、自分の意識があること自体が苦痛でならなかった。その自意識の苦しみは、はからずも25年後に、42歳で初めて本気で断酒したときに、予期しなかった「うつ病の発症」という形で再現された。受診した精神科医から「あなたのうつ病は、昨日今日のものではない。ゆるやかに長い時間をかけて発症にいたったものだ」という説明を受けて納得。

 また、2004年にアメリカのアルコール依存症の学会で、3000人のアルコール依存症者の家系の人たちの血液を調べ、「アルコール依存症とうつ病を起こさせる遺伝子は同じもの」という論文が出されていたことをインターネットで知り、私もその一人なのであろうと思うにいたった。

 酒を飲みだした17歳の少年が、本当に欲しかったのは救い、心の救済だった。長男として母や家族の苦しみを救済する役割を押し付けられながら、私は自分の救済を真剣に欲していたのだと、いまはわかる。

 神も目に見えない善なる意志も知らなかった少年の私が、救いを求めたのは恋愛の甘美さにだった。愛される喜びを知りたかったし、好きな少女に愛されることで、自分は救われると信じた。愛されれば救われる。その愛が、どんなものか、現実にはどのようであるかも知らずに、ひたすらそう信じ、愛されることを、どれほど望んだことか。飢えたものが食物を求めるように、渇いたものが水を求めるように、私には愛される感覚が必要だった。しかし、当時の私を癒し救える女性などいるわけがなかった。通常の人間には救済できないレベルの霊的・精神的・道徳的な飢餓だったのだ。当時は、自分の苦しみのありようもわからず、解決法など何も見えず、ただ酒とタバコとロック音楽と恋愛への夢想に逃げ込んで、いつ終わるともしれない無気力な絶望の日々を過ごすだけだった。

 当時は、いまや私にとってなくてはならない神道はおろか、聖書も仏教書も知らず、自分の心が病んでいるとの自覚もなく、ただただ恋愛や結婚こそ、自分の苦しみを救ってくれる手段だと信じた。それ以外、思いつかなかった。まるで深手を負った野獣が、血を流しながら暗い洞窟の奥にうずくまり、交尾の季節に素晴らしいメスに出会えることだけを思い描き、遠い洞窟の入り口からもれる光に、恐れと被害妄想からくるうなり声をあげているようなものだった。

 恋愛と結婚の実態と現実も知らないまま、他に救済の手段らしきものが見いだせないまま、私は恋愛と結婚にたどりつけた人々は、私の両親や祖父母のような人たち以外は、みな「救済された人々」だと思い込んでいた。当時は言葉にならなかったが、いま思い返せば、大多数の恋愛と結婚を実現した人たちに、私は次のような思い込みの目を向けていた。

 恋と結婚に達した人たちは、それぞれにそれまでの苦痛から解放され「救済にあずかって永続する幸福な状態に入っている」と信じた。だからこそ、私もその一群の人々の中に入って同化したかったのだ。

 もちろん、それは少年の無知のせいではあったが、救済を欲している本人にしてみれば、それを既に手に入れている人たちを、どれほど妬ましく羨ましく思ったか知れない。当然のこと、いまはそんな思い込みは持っていない。

 酒も恋愛も、私を救済しなかった。酔わせて快楽を味わわせてくれるもののすべてが、まるで救いを与えるものではなかった。私の中の18歳の少年が、それをやっと認識した。

 その飢えて傷ついた少年が、いまここにいる。58歳になろうとする壮年の男の内側から現れて、ともにおのれの執着と妄想の数々に気づいて、少しずつ変化してゆきつつある。

 ともに行こう。わが内なる少年よ、怒りと憎しみと絶望に傷つき血にまみれた青春の人格よ。
 その傷は癒されて血はぬぐわれる。少年よ、君はうつむいてうなだれて生き、自分の視線の高さの世界しか見てこなかった。
 今こそ天を仰げ、大空に輝く太陽を見よ、夜空の月と星を見上げよ。
 
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# by ecdysis | 2018-01-14 00:14 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

高慢と愛欲と依存症2

 しかし、イグナチオ・デ・ロヨラの『霊操』には「神の慈愛は無償で無条件」と書いてある。

 たいていの霊的なことに盲目な人間は、神の慈愛が太陽の光のように、無条件で無償で与えられている事実を知らないし、認識できない「無知」に覆われている。天照大御神と産土鎮守の神々様のご慈愛もまた無条件で無償なのに、それに気づかない日本人としての「無知」でもある

 自分はすでに真理真実を知っており、人に教えられたり学んだりする必要はない、自分にはそれを知る力と洞察力があるという「高慢」が、そこから生まれる。その根拠のない一人ひとりの、独りよがりの高慢さが、世代を重ねて継承され、子孫に濃縮して注ぎ込まれ、あらゆる機能不全家庭と依存症者出現への広き門となる。有害物質の体内濃縮によって先天性の障害が発生するように、霊的にいえば高慢さの家庭内濃縮によって心の病的問題が発生する。

 私の自覚できなかったレベルからの高慢さは、実は私個人のみならず、先祖累代からの蓄積も重なっている。
 もちろん、良い性質や能力才能も、累代重なっているとは思うが、それを妨げて枯らして、幸福であるはずの生き方を不幸にしてしまう要素の蓄積が、現在の自我という人格的な具象化を遂げたといえるだろう。

 そのような人間に対し、なぜ神々の慈愛が無償で無条件なのだろうか。
 それは、人間は神々に雇われて、お給料をもらえるような状態にはない、いと小さきものたちだからだ。。
 いわば、無知・無力・無能な赤ん坊も同然であり、母親が乳を与えるのに、赤ん坊から料金を支払ってもらうようなことはありえない。神が人間に恵みと喜びを、常に与えて成長させようとされるのに、人間の側から何かお返ししてもらおうなどとは思われていない。

 生前、亡き母がいっていたが、母親にとっては子供の成長そのものが、何よりの楽しみであったという。
 私の好きな落語家の噺の中で知ったことだが、そういう親の心情を吐露した言葉がある。
「這(は)えば立て、立てば歩めの親心」
 四つん這いでハイハイしていた赤ちゃんが、ある日つかまり立ちして立ったら、家族はみなで大喜びして手をたたく。そして、さあタッチができたら次はアンヨだよと、一歩を踏み出すのを期待して見守る。そういう無償で温かい親の心を表現したものだ。歩こうとしてころんだら、赤ちゃんは大声で泣きだすが、親はその子を抱き上げてあやしてハイハイさせ、またタッチしてアンヨをはじめるときを期待して待つのだ。

 だから、神もまた人がそうして成長していくのを、どの人間に対しても期待して見守られていると、私は信じる。信じているが、まだ十分な実感ではない。その「事実であるはずのこと」をわが身、わが心で実感できる境地に達したい。その境地に達してこそ、初めて私は、もはや愛において飢えることのない、どの人間に求めても与えられえなかった慈愛を受け取って、満たされることができるはずだ。

 イエスは、「ヨハネによる福音書」14章18節で、弟子たちにこう語っている。

「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない」

 これは神の人間ひとりひとりに対する親の慈愛を、イエスが代弁した言葉と私は思っている。
 師匠がイエスでも仏陀でも孔子でも、様々な聖人賢者たちでも、真実の道を求めるならば、霊的孤児ではなくなるということを言明している。だから、私も生まれて以降、19歳までの霊的孤児の状態のままにはされなかったのだと、いまやっと思える。

 おそらく前世のどこかで、私と現世で別離した女性たちは、私と高慢さにおいて結びつき長い時を過ごしたのかもしれない。それゆえに、現世ではかつて私たちを結びつけた高慢さによって、今世は別れと分離を繰り返すことになったのだと考えれば筋が通る。
 ゆえに、私は今度は謙虚なものとなり、謙虚さによって結びつく人間関係を求めることにしよう。

 私は、神に告白します。見苦しいことに、私の高慢さは、異性への媚びへつらいの心という変形した現れ方もしてきました。
 高慢さも媚びへつらいも愛ではありません。愛を装った、肉欲の快楽という報いをあてこんだ媚びへつらいを、どうしてこれまで通りに放置しておけるでしょうか。

 神さま、どうか私に新しい人間関係をお与えください。これまでのような私の高慢さによって引き寄せつながりをもつような関わりではなく、私の謙虚さによって引き寄せられる人々とかかわれますように。たとえ、私の謙虚さが、芥子粒ほどの小さな謙虚さでも、神はイエスのいう「善きパン種」として私の生き方の中で何万倍にも膨らませてくださいます。

 高慢という病によって結びつく関わりを解き、謙虚という健康さで結びつく関わりを、どうかお与えください。

 あなたは、さまざまな人間関係を通じて、私に教えてくださいました。「謙虚な人とは、与える喜びを知っている人のことだ」と。「与える喜び」は、与える行為が無償であればあるほど、与え方が相手への配慮に満ちたものであればあるほど、より純粋で質の高いものであることも教えられました。そのような喜びを知っている人たちを友とし、親愛なる知人に求めてゆきます。
 もし、そのような喜びを知らなかった人が、そのような喜びを知って与える人になれたなら、私もともに喜んで友達になりましょう。そして、人から何かしてもらうことの喜びを知っている人ならば、必ず人にしてあげることの喜びも知りうるはずです。

 神さま、私は知っています。たとえどのような極悪人の悪魔のような人間であっても、もし一瞬でも一秒でも、その人の中で真剣で嘘偽りのない後悔と回心の時があったら、あなたは決して見逃されません。ごくごく僅かな瞬間でも、人が本気で生き方を変えたいと願う時があったなら、あなたは必ず答えてくださいます。

 もし、ある人が飲酒中毒になって人生を破滅させて、死の間際に、あるいはその人生のどこかの時点で、「酒を呑まない生き方をしたかった」と一瞬でも後悔し、「もし生まれ変われたら酒を断ってまともに生きたい」と本気で真剣に願ったのなら、あなたはその人の願いを、次の生まれかわった先の人生でかなえられます。

 私は、現世で自助団体などにつながって断酒の生き方をしている人々の心の奥に、そうした過去の「カルマの種」のあることを感じます。私を含めたそういった人々は、前世のどこかで「シラフで生きたい」と、ほんの一瞬でも本気で真剣に願ったはずなのです。たとえ、その後やけになり、もっとひどい状態になって死んだとしても、その後悔と改心の瞬間は、たしかに記録され、その人の魂の額に記されたのです。

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『ヨハネによる福音書』第13章より
弟子の足を洗うイエス

# by ecdysis | 2018-01-07 22:05 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

高慢と愛欲と依存症

 思い返せば、私が好きになり恋をした女性たちは、ほとんどの女性に、なんらかの「嬌慢(きょうまん)さ」の言動があったと気づいた。普段は自他も気づかない、けれども、別離やショックな出来事があった場合に顔を出す、隠し持っていた高慢さの言動を、初めて過去から連続して何人分も思い返した。

 だが、彼女たちどころではない、自分の過去をさかのぼれば、高慢さは祖父も祖母も父や叔父たちにもあらわであった、そして謙虚に見えた母や母方の祖父母にも、実は無知と高慢の刃は世間体の名のもとに存在していたと感じる。

 私の家系と人間関係において、アルコールが重大な病的要素だと、私の中でひとつながりになったように、今度は高慢さという線をたぐると、男女関係の上でこれもひとつながりになる。

 私は、無知と高慢の間に生まれ、無知と高慢とともに育ち、無知と高慢の人々とつきあってきたのに、それに気づかず、何よりも私自身が無知と高慢の宿った人間であることを明確には認識できなかった。

 私のつきあってきた女性たちの多くが、無知と高慢さを持っていた。私は、そういう女性にばかり恋をしてきたのだ。
 私の高慢さと彼女らの高慢さが呼び合い引き合って、男女関係をつくってきたのだ。

すなわち、私の愛欲と高慢さは一枚の合わせ鏡であり、片方が消えればもう片方も消える。

 普遍の真理への無知から来る高慢さは、現実生活の中では怒りと幼い言動となって現れる。怒りと拙劣な言動は、他者との摩擦や不平不満を生み、自分にとって耐えがたい痛みになる。その耐えがたい痛みのゆえに、それをまぎらわせて否認するための愛欲なのだとわかった。心の痛みがなくなれば、酒だろうと薬物だろうと性の快感だろうと、鎮痛剤の役割を果たすものは必要なくなる。

 そのような気づきのためにこそ、彼女たちが私を映す鏡となって、私自身が無知と高慢の人であることを、ここであらわにした。
 実に、私が家庭を持てない真の原因は、おのれの高慢さであって、神様のせいでも人のせいでもなかった。
 たとえ、私がACとなる家庭に生まれて、それゆえに不幸な恋愛しかできず、家庭を持てない人間になっているとしても、そもそもそういう家に生まれたこと自体が、前回以前の人生におけるカルマの結果とみなせる。生まれ変わりを超えたカルマとしての高慢さがあることを証ししつつ生まれてきたとしか思えない。

 私がもっとも望んでいたものが手に入らない原因が、自分の高慢さにあることが明らかにされた。
 カルマのことに触れたが、実感としては先天的か後天的かは問題ではなく、いま自分がそれを持っており、おのれの一部となっていること自体が問題だ。

 私は、自分の高慢さへの戒め(場合によってはほとんど罰ともいいえるが)と償いとして、家庭と無縁な生涯を送りながら、利他の心をもって奉仕してゆかねばならない。

 高慢さとは、次のようにいえるだろう。
 愚かなのに自分は賢いと思い込んでいる。つたないのに自分は上手だと思い込んでいる。できないのに自分はできると思い込んでいる。幼いのに自分は大人だと思い込んでいる。無知なのに自分は有識者であると思い込んでいる。高慢なのに自分は謙虚だと思い込んでいる・・・などなど。

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# by ecdysis | 2018-01-07 12:19 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

イグナチオ・デ・ロヨラの『霊操』を読み始める

 座禅を開始して、もうすぐ1年になる。
 昨年7月から、友人の神秘学講座に参加するようになると同時に、個人的に読むのが止まっていたブラジルの作家・パウロ・コエーリョの『星の巡礼』をやっと読み終わり、キリスト教神秘主義に興味を持つようになった。

『星の巡礼』に、イエズス会の創始者イグナティウス(イグナチオ)・デ・ロヨラの『霊操』について書いてあったように記憶するが、昨年12月に、上智大学の図書館での「心身変容技法研究会」の開催を知人に誘われたので参加した。四谷のイグナチオ教会の名前が、イグナチオ・デ・ロヨラからとられていたことを初めて知った。

 高校2年の一年間だけ寮生活をしたとき、同室になったO君が現役で上智大学に入学したときいたが、良きにつけ悪しきにつけ因縁のあった彼の選んだ大学の構内に、こうして40年過ぎて足を踏み入れるとはやはり何かの因縁だろうか。自助会のミーティングもイグナチオ教会の施設の一角で何年も前からおこなわれ、13年ほど前から、その会場にも時々足を運び続けてきた。

 研究会では、司会者の教授が、『霊操』と『ある巡礼者の記(自叙伝)』に言及していたので、改めて購入して読み始めている。
『霊操』は、翻訳者の解題を読み終えたところだが、まったくすごい本という予感で期待大である。

 翻訳者がいうには、禅と共通するところが多いとのことで、「読む本ではなく実践する本である」とのこと。
 なるほど、実際に座ってみないとわからない座禅と同じことを言っている。

 『霊操』の解題に、聖なるものにイメージを向ける観想で慰めを得るというようなことが書いてあった。
 それを読んで、私は天照大御神に意識を向けて観想することをしてみようと、改めて思った。

 昨年から、性の欲情がつくるイメージの対象の女性から、けがれない思慕の情に転化して、女神をイメージ対象にしたなら、欲情がおさまるのではないかと考えていた。しかし、やりかたがわからなかったが、今度はうまくいくだろうか。

 愛欲と欲情の対象としての異性は、無常で不安定で変わりやすい移ろう条件に流されているけがれのある存在だ。
 ひとことでいえば、彼らの肉体に宿っているのは、汚れた自我に過ぎない。聖なる霊性ではない。

 では、私が観想の対象とすべき神様は、どこに宿っていらっしゃるのか。

 それは、神社のお社である。エゴの宿り場である異性の肉体の妄想に欲情してイメージするのではなく、神々の御宿り場である産土鎮守の神社や伊勢神宮の鳥居や参拝殿などを観想することにしよう。

 読み進めるうちに、仏教や神道の修行との接点も見えてくるにちがいない。
 さまざまな宗教は高い山々の頂と私は信じている。高山がヒマラヤであろうと、アンデスであろうとロッキーであろぅとキリマンジャロであろうと、それらの山頂はすべて同じ天、同じ太陽に照らされている。だから、それらの山頂から見える太陽がひとつであることを、私は実感したいのだ。


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# by ecdysis | 2018-01-07 05:17 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

明るく和んで自分を大切に生きていきたい

 新年あけましておめでとうございます。

 あと3年で還暦の赤いチャンチャンコの年齢なのですが、私は実は意外に可愛いもの好きです。
 小学校4年の時に、祖母がきまぐれに大きな熊のぬいぐるみを買ってくれたときは、妹よりも私の方がとてもうれしがりました。
 近年のマイブームは「リラックマ」「チェブラーシカ」「やんやんマチコ」の三大なごみキャラです。
 タオルやレターセットやクリアファイルなどを独りで買っては喜んでいます。

 リラックマ
 http://www.san-x.co.jp/rilakkuma/

 チェブラーシカ
 http://www.cheb-project.com/

 やんやんマチコ
 http://yanyan-machiko.com/

 そして、先月、運命的な出会いを果たし、すっかりぞっこんになったのが「鳴く縁起豚ぶーとん(大)」
 https://zigsow.jp/item/293081/review/274999
 (↑このサイトの方は30センチぐらいと書いてますが、実際の身長は20センチに少し足りないぐらいです。)
 売っているのはこちら↓ですがAMAZONでもちょっと割高ですが買えます。
 https://www.okinawaya.co.jp/item/IS00073N06025.html
 ちなみに、ぶーとん(小)という半分サイズの子豚みたいのも入手しましたが、こちらは鳴き声が軽くてかん高くてイマイチです。

 ぶーとんは、お腹を押すとぶぅぶぅいうのですが、楽しすぎて和みすぎて、もう手離せません。
 先月、あるイルミネーションイベントの土産物売り場で見つけたのです。
 自宅に置いて和み、また一頭購入して職場に置いて疲れをいやし、さらにこういうのが好きそうな知人のために3頭目を購入して贈ったらすごく喜んでもらえたのでめでたしめでたし。
 ありがとう、ぶーとん。

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# by ecdysis | 2018-01-01 23:11 | 趣味・私的生活 | Trackback | Comments(0)

不特定多数の異性とセックスすることの危険性

 愛のないセックスはしたくないと書いたが、それはよく知らない相手とセックスすることの危険性も感じるからだ。

 男性でも女性でも、見ず知らずの人とセックスすれば、その分性病をもらう危険性が高くなる。女性が男性を相手にするときは、相手の男性から予期せぬ暴力を受けたり、薬物を射たれたりすることもあるから物騒である。

 出会い系で会ったり、デリバリーヘルスなどを利用する場合は、客になる方はともかく、風俗嬢の方がひどい目に会いやすい。

 酔っ払って愛のない相手と愛のないセックスをして、気がついたら性病やエイズをうつされていたり、殴打されてあざだらけになるなんてケースもある。最悪、殺人事件にまきこまれることだってある。

 愛のないセックスは、私からいわせれば、自分を粗末にする行為の筆頭といってもいいくらいだ。

 医学的にくわしく証明されたわけではないらしいが、若年時から不特定多数との性交渉をもった女性は、婦人科系の癌や重病になりやすく寿命が短いという。つまり、不特定多数の女性と交渉した男性の側が、婦人科系の病気をもたらす病原体のキャリアとなって、性交渉を通じて自覚せぬまま病原体をばらまいているという。

 また、たくさんの女性と性交渉している浮気な男の妻には、やはり婦人科系の癌になる人が多く、子宮や卵巣を摘出する人が多いそうだ。旦那の方が不特定多数の女たちのだれかから、性交渉によってウィルスをうつされ、それを妻に感染させるというパターンだ。

 まったく、もうすぐおめでたいお正月だというのに、縁起でもないことばかり書いておりますね。

 さて、今年もいろいろありましたが、閲覧者のみなさまには、いつもお読みくださり、まことにありがとうございます。
 年明けてからも、よろしくごひいきにお願い申し上げます。

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# by ecdysis | 2017-12-31 22:52 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

愛とセックスと利他の心


 20歳のころ新約聖書に書いてある「愛」がわからなくて、そこから男女の愛を主軸とした「愛の感覚」をなんとか獲得したいと、もがき格闘しはじめた。以来40年以上経って、相手への愛おしさや慈しみを学んできたし、耐えることも学んだ。裏切ったり裏切られる痛みも知ったし、幻滅や失望や嫉妬の苦しみも大いに味わった。

 恋愛といえば、セックスの話題は避けられないけれども、そこに共依存や恋愛依存の要素はあったにせよ、愛のないセックスはなかった。私にとってセックスは、相手を好きになった証拠の行動であると信じているからだ。

 相手への愛情の表現のひとつとして性交を認めていたし、それが貧しい表現方法だったとしても、嫌がる相手をむりやりとかはなかった。相手が性的トラウマを持っていたり私を男性として見ていない場合には、好きになったとしても、当然のことだが握手以外は触れたことはない。

 だから、同性でもよくいるが、風俗店にすすんで入ったり、買春したり、行きずりの女性と交わったりしたこともない。出会い系を利用したこともない。風俗店や呼び込み嬢を見ると、ついふらふらと入ったり、出会い系やテレクラ等を利用して相手を物色する人の気持ちもわからない。

 私は愛のないセックスはしたくなかった。昨日今日あったばかりのよく知らない異性とセックスするなど想像できない。二十歳代前半の頃の記憶だが、風俗店を利用した経験のある先輩が「風俗で性欲処理するのは、相手がいるだけの自慰行為と同じだぜ」と教えてくれた。そのひとことで、行ったこともない風俗店の中の寒々とした感じが伝わってきて、行くべき場所ではないと即座に思った。

 だから、逆に性依存、セックス依存症になった人たちが、どれほど寒々とした荒涼たる性のツンドラに凍えかじかんでいるか、想像するだに身も震える。

 私にとって、照れくさい言い方だが、セックスは愛の証であり、快楽をむさぼる方法ではなかった。
 24歳で生まれて初めてセックスしたとき、相手がどれだけ気持ちよくなれているだろうかと、とても気にしていたのを覚えている。自分だけ気持ちよくなることが申し訳なかった。自己犠牲にも似た感情で、相手にも気持ちよくなってほしいと心から念じた。興奮しながらも、女性の裸身とは、こんなに美しいものなのかと感激したし、愛する女性とのセックスとはこんなに素晴らしいものなのかと感動した。童貞としての私は幸運だったといえる。

 だから、ACの人たちの中に、肉体的には十分に成熟しているのに、「異性を好きになるということが、どういうことかわからない」という人を初めて見かけたときは、最初は呆気にとられ、次には気の毒になった。異性愛というもっとも顕著な愛情を、自分のこととして感じられないというのは、非常に不幸なことだと思えたからだ。

 私がかつてうつ病で診察を受けた精神科医は、患者たちに「人生の豊かさは失恋回数の多さで決まる。」といっていたが、確かに「愛」について学ぶにも恋愛が早道なのは否定できない。いわば、失恋は「愛の鬼コーチ」なのだと今は思える。

 振り返れば、恋愛は相手のあることなので、自分が思う通りにはものごとが運ばないし、相手を変えたり動かしたりするにも限界がある「ありのままの現実」を学ぶ機会だと思える。もしかしたら結婚や子育ても、その「愛の学び」のひとつなのかもしれない。

 そして「愛」の本源は「利他・奉仕」にあると今は思っている。理想をいえば自分のためを度外視して「世のため人のため」という情熱と意志を持てれば、それは大きな尊い「愛」といえるだろうと思う。キリスト教、仏教、儒教、神道、みな自分を後にして人やまわりへの配慮を優先することを徳目としている。自分の分は後回しにして、まず相手や周囲の人たちに茶菓や料理を配るというような配慮も、もとをただせば利他心に起源を発する。人に対して、何かをして差し上げる喜びは、自分中心の欲望が満たされる喜びとはまったく異質なもので、何度思い返してもその喜びが薄れることはない。自分中心の欲望が満たされた喜びは、時間とともに薄れて、次の欲望によって次第に消されてゆくものではないだろうか。

 よく「人の為と書いて偽りと読む」という、私から言わせれば無知な俗説があるが、「偽」とは「人為・作為」の意味であって「人が意図的に為すこと」というのが漢字の意味である。「人の為」と称して実は自分の利益しか考えておらず、他人をだます輩が絶えないから、そんな俗説も生まれたのだろうとは思うが、「利他・奉仕」の尊さを貶(おとし)められているようで見るたび不愉快になる。

 もちろん、やみくもに「利他」を主張して、心ないエゴイストどもの食い物になれといっているのではない。こちらの利他心を利用されないようにする賢さが必要になる。知識も勉強も経験もいる。自分がだまされて被害をこうむれば、自分だけのことではすまないし、まわりにも心配をかけ迷惑をかける。だから、だまされないようにすることも、自分と関係する人たちへの「利他」の行為といえる。

 こうした「利他心・奉仕心」は、自分以外の人たちのために、多くの人たちから成る「全体」を意識した上で行使しないと空回りになる。その利他・奉仕の心が、「だれに対し、どのように、どんな目的で」向かっているのかという自覚がいる。また、自分の利他の行為によって何か問題が起こった場合、その責任をも受けとるという気持ちも必要になる。

 そして、自分がどういう場面でどういう言動・思考・感情をもつ人間なのか、自分の心身の現実化のパターンの認知が不可欠だ。さらに、それが良心に従っているか反しているかという判断を、機会あるたびに自分の中でチェックする「内省」が必要だ。

 そのような注意点はあるものの、基本的に利他と奉仕の心は、無限大に広げようと思えば広げられると信じる。
 それは、生別や死別した相手であっても、その人たちの幸福を祈り続けられる事実にも現れる。
 過去に別れた相手でも、失恋した相手でも、傷つけたり傷つけられた相手でも、遠い空の下から、いまこのときに「その人」の幸福と回復を祈れるなら、それは「その人」への愛の証であると、神様はきっと認めてくださると信じる。

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                    『少年アシベ』より
 

 



# by ecdysis | 2017-12-28 16:56 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

心を病んだ女性とお付き合いするということ~一人の男として

 病んだACの女性たちとつきあってきたことでわかったことがある。
 それは、彼女ら自身と彼女らの持っている病人の部分と、体はひとつでも、二人の人と同時につきあっている感覚にさせられたということ。

 彼女たちは、自分で自分のことをなんとかしようと悪戦苦闘するけれど、すでに病んでいる部分がそうさせていることに気づかないことがほとんどだった。他者の助けを借りたり頼ったり、十分かつ長い休養期間をもたないといけないのに、自立を焦り、回復を焦り、人並みになることを焦り、有力感を持とうと焦り、そして最悪、別れたり、ひどい場合はどうにもならなくなって自殺したりした。

 病んでいる真っ最中の人に、いろいろ提案したり、本を勧めたり、こうしたらああしたらとアドバイスもしたが、聞き入れられない経験も繰り返された。彼女らは、病気に対して無力を認めていないので「自分でなんとかする」ことに固執して症状をより悪化させる。口では回復したようなことをいうけれど、行動が追いついていない。

 私に見せるのは「いい子の部分」で、病んだ陰の部分は見せるまいとして、ますます症状が重くなる。いい子の部分だけ見せられれば、私も「この人は回復している」としか思えない。見抜けない私が愚かなのだろう。私への見せかけと実際にやっていることの差を知って、めまいがするような想いになり、ほんとに落胆して、自分の今まで助力してきたつもりの日々はいったいなんだったのかと、みぞおちに一発食らったような気がした。

 また、彼女たちの多くは好奇心や知識欲の幅が非常に狭く、ものごとを面白がる感性の低い人がほとんどだった。心を病んでいるのだから、それも当然といえるし、抑うつがあるのでコミュニケーション能力も、それに準じて低かった。彼女らの多くは、なんらかのコミュニケーション障害や人格障害や、人によっては発達障害をもっているのに無自覚だったりする人が多かったように思う。

 だが、私自身が、彼女らに対して無力を本当には認めていなかったのかもしれない。

 普通の恋人どうしの普通の会話、普通のデート、普通の旅行、普通の親密なセックスなどなど、当たり前のことがどれほど欠落していたことか。つきあってはみたものの、あれもダメ、これもダメ、具合が悪いのゴメンね、の繰り返しになる。そもそも「親密になる」ことに難儀な状態なのだから、もとより望むべくもなかったが。

 しかし、そういう失望や悲嘆の繰り返しは、このくらいにしよう。私に与えられた男女の縁が、このようなものだったというだけのことなのだ。

 どんなに相手をかわいそうにおもっても、なんとかしてあげたくても、彼女たちが私のこの想いを、本当に受け止めてくれていたかどうか、ひどく暗澹たる想いにさせられる。もちろん、例外的にちゃんと回復して、好奇心も知識欲も旺盛で、面白がりで会話もメールも電話もお互いに弾んで笑い声が絶えないような人もいる。でも、そういう人はごくごく少数派だ。

 こういうときこそ、自助団体のスローガンの「3つのC」を適用しよう。

 彼女らが、そういう病気になった原因(cause)は私ではない。
 彼女らの病気を私はコントロール(control)できない。
 彼女らの病気を私は治せない(cure)。

 全面降伏である。泣きたくなるが、「あんたにゃムリ」という教訓をいただいたほかは、ぜんぶ無駄だったというわけだ。
 
 そして、祈ることしかできない。

 彼女たちの人生に、それぞれ神様の御意志が成りますように。
 彼女たちと私の間に、神様の御意志が成りますように。
 私の意志ではなく、神様の御意志が成りますように。


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# by ecdysis | 2017-12-27 05:16 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

皇室はどうやって家を存続させてきたか

 2012年の6月はじめに薨去された「ヒゲの殿下」で有名な三笠宮寛仁親王殿下(みかさのみやともひとしんのうでんか)が、アルコール依存症であったことは、殿下御自身のカミングアウトで明らかになった。妃殿下も、殿下のお酒のことでは大変に悩まれ苦しまれたという記述を見た記憶がある。

 皇室のようなやんごとない御血筋でも、こうした依存症が発現するし、ご家族も苦しまれるし、家庭で起こるトラブルには皇族といえどもご苦労を免れることはできないと思い知らされる。

 だから、家柄が高貴であることが、ただちに何もかも恵まれた環境であることを意味しないとわかるし、完全無欠な方々の御一統でないこともわかる。人として生まれた以上、伊勢神宮の大神であらせられる天照大御神の御子孫と日本神話に記述された皇族の方々にしても、やはり人間であることの悩みがおありなのだと感じられる。皇族という分秒刻みの公務をこなす日本最高の「公務員」のお立場を離れれば、プライベートでは私たち一般国民と同様のご家族の問題に悩まれているのだろうと思われる。

 古事記・日本書紀に記録されただけでも歴代天皇と皇族の一族内の抗争と悲劇は、その規模と影響力の大きさを除けば、親子喧嘩・兄弟喧嘩・異母兄弟姉妹の葛藤、本家分家や跡継ぎ問題など、どこの家系でも起こる血縁ゆえのトラブルとみて取れる。ことに跡継ぎ問題などは、うちはそんなに大した家系じゃないと思われるかもしれないが、一般庶民の家系では「遺産相続問題」という形で頻繁に起こっているので無縁ではありえない。

 こうした家族や家庭の問題を歴史的に各世代で経験してきたのにも関わらず、天皇・皇族は初代の神武天皇から現代の今上陛下まで125代、古事記・日本書紀に記すところに従えば、2677年間も「皇紀」として続いてきたことになる。

 第25代の武烈天皇のときにいったん直系の系譜が途絶え、第15代の応神天皇の五世孫(五代目の子孫)である男大迹王(をほどのおおきみ)が、当時の重臣らの懇請によって第26代の天皇として立たれた。また、第118代の後桃園天皇の崩御後、跡継ぎがましまさず、第113代の東山天皇の皇子を当主として、新井白石が建言して新設した「閑院宮家」の三代目当主が、第119代光格天皇となられた。現在の皇室は、そこから続いており、継体天皇と光格天皇の場合を除けば、前代の天皇から見て五等親内の誰かに皇位が受け継がれ、何代も前の天皇のご子孫が即位されるということはなかった。ちなみに、光格天皇の御父上は、宮様でいらしたが山陰の町医者の娘・岩室磐代をめとって後の光格天皇を儲けられた。したがって、現在の皇室には、岩室氏からも民間の女性の血筋が交わっていることになる。

 つまり、どう見ても少なくとも100代近く同系で続いてきたことになる。天皇・皇室の歴史は、すなわち日本の歴史でもあるわけで、歴史の教科書に載っている歴史的大事件の数々は、天皇・皇室ぬきでは語れない。

 では、125代、もしくは100代も続いてこられた原動力は何か、といえば、答えは非常に簡潔な表現で済む。
「敬神崇祖」(けいしんすうそ)の一語に尽きる。文字通り「神々を敬い祖先先祖代々を崇める」ということだ。
 現代の私たちでいえば、神棚や神社参拝を怠らず、仏壇と墓のお参りや年忌供養をしっかり行うということ。

 具体的に皇室神事や歴代天皇への祖先崇敬の儀式のことを書くと、優に一冊の本になってしまう。

 一例だけあげれば、皇居内には「宮中三殿」という天照大御神と八百万の神々と歴代天皇の霊をお祀りする神社があり、そこには毎朝、一日も欠かさずに専属の神職(掌典)と侍従が天皇に代わって「毎朝御代拝」という儀式と拝礼を行っている。一般の家庭でいえば、毎朝、お水とお塩とお米をお供えし、燈明をつけて神棚を拝むのといっしょだ。

 これ以上の例は書かないが、とにかく少なくとも無神論や唯物主義ではありえないということだ。

 私の家系のアルコール依存症で無神論・唯物論者の父方の祖父や父たちとは、その点だけでも大違いだ。

 目に見えない神や霊的な存在の実在を認めて信じ、崇敬感謝の念を忘れず、参拝・仏事をきちんと行うのをまねることが、自分の家を滅ぼさない方法なのだと思わざるをえない。たとえ、自分の直系の子孫はいなくとも、私の甥たちや従兄弟たちの子孫が絶えることは防ぐことができると信じている。

 また、天皇・皇族は、歴代「国民の平安と繁栄」を第一義に考え、自分一身のことや自分の家系さえよければよいという考え方はほとんど見られない。一般庶民なら、「わが身わが家さえよければよい」という個人エゴ・家族エゴむき出しで周囲とトラブル続きの人たちがいたりするが、皇室にはそういうことはありえない。

 たとえば、武家政権になってから長い間、天皇・皇室は武家政権とその一党に圧伏されてメンツをつぶされ続けたが、南北朝時代を除けば、どの天皇も政権奪取のための戦争を起こしたりはしなかった。やろうと思えばできたのだが、大多数の天皇は、武家政権とぶつかるたびに「ここで対決をしてしまえば世は戦乱となり国民が苦しむことになる」という判断のもと、穏便な形での和解や譲歩を繰り返した。その意味で明治維新は、まったくもって歴史上の大転換として起こるべくして起こったというほかはない。

 聖徳太子の時代から、天皇家が仏法に深く帰依していったのも、それが争いや対決とは逆の心を持つことを勧める道であるからだし、儒教を重んじたのも理想の君主のありかたを勧める学問であるからだ。男系皇族の方々のお名前に「仁」の文字が必ず入るのはその反映だ。「仁」とは儒教で非常に大切にされる言葉のひとつで、「愛・真心・誠意・素直・正直」という五つの単語の意味を同時に含んだ概念である。

 このように「国民第一」に考え、個人や家系のエゴから離れた「利他」の精神を実践してこられたのが天皇・皇室なのだ。
 だから、「敬神崇祖」「利他行」こそ、天皇皇室が国民から愛され尊ばれて百代以上も存続してきた理由なのだとわかる。

 今上天皇・皇后両陛下が、近年相次ぐ震災や暴風雨の被災者のところへおもむかれ、手をとって励ましと慰めのお言葉をかけられている御姿にこそ、皇室伝統の「国民のための利他行」の実践が証明されている。

 さらには、昭和天皇の逸話として、食事のたびに小皿にご飯をひとつまみとって、成仏できないでいる霊たちを施餓鬼供養する「生飯(さば)」という行為を行っていたという。これは、禅宗の儀式でもあるが、私も神仙道という江戸末期の国学から伝わる神道の一派の教えでこれを知り、まねするようになった。しかし、最初は禅宗の儀式であることを知らず、ましてや昭和陛下がなさっているなど、まったく知らなかった。

 やりかたは簡単で、朝晩、ごはんをひとつまみ小皿にとって捧げもち、「先祖代々の諸霊はじめ有縁無縁の霊たちにお捧げいたします。みなさまで分けあって仲良くお召し上がりください」と祈念をこらし、お膳の隅に置いて、八百万の神に感謝してから自分の食事を食べ、終わったら小皿のものを自分の椀に戻していただくという簡単な作法である。

 この「さば」には、「自分の家の先祖の霊だけでなく、有縁の霊ばかりでなく、無縁となったさまよえる霊たちをも供養する」という霊的な意味があり、先祖代々・有縁・無縁の諸霊への利他行のひとつとして実践されている。

 おそらく、今上陛下もこれを実践されていらっしゃるであろうし、他にもさまざまな日常的な供養の利他行をなさっていると考えるのが自然だろう。こうした目に見えない存在への利他行もふくめてこそ、「利他行」といえるわけで、目に見える苦しんでいる人たちだけを助けられればよいというものではないことを、私ははからずも皇室から学ばせていただいている。


# by ecdysis | 2017-12-22 22:44 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com または ecdysis@excite.co.jp