私は、アディクションに走らずにはいられない激しいストレスが起こったとき、アディクションに走ってもいいという、ちゃんと言い訳を用意しているのがわかった。
 ほかに健全なストレス解消法はいくつか知っているのに、あえてそれを選ばずにアディクションによる解消を選ぶ。
 その道筋が見えた。

 要するに、私は健全な生活というものを信じていない。人間とはすべて不健康で不健全なものであり、健康な生活をしているように見える人たちも、一皮むけば不健康な悪癖を持っているはずだと思っているのだ。幸福そうに見える人たちも、何か大きなストレスや問題があれば、酒やギャンブルや暴力や、そのほか不健全で人道にもとるようなことをやっているはずだと思っている。

 人間なんて一皮むけば、何かあれば悪質で偽善者でエゴイズムむき出しの存在になるのだから、健全さだの善性だの、そんなものはうわべだけだと思い込んでいる。
 健全さなど表面的なものだから、そんな偽善的な方法ではなく、自分の欲望に忠実なアディクションの方が正直だと思っている自分がいる。しかし、そのアディクションは正直というよりは、ぶざまでみっともなく、あさましくてしかもエゴイズムむき出しの恥ずかしい行為なのだから、健全な方法を否定したからといって何もよくならない。

 いや、自分がアディクションの原因となるストレスを健全な方法で解消できるということ自体を信じていないのだ。
つまり、アディクションに関して健全になる気がないし、あきらめている。

 掘り下げれば、ものごとを健全に正常に保とうとする人間を信じていないし、世界を信じていないし、神を信じていない。

 少なくとも自分に激しいトラウマを与えた家族たちやまわりの大人たちの姿を理由に、人も世間も世界も神も信じるに値しないと思っている。健全で健康で幸せそうな光景なんて、うそっぱちのニセモノだ、そんな見た通りの幸福や健全さなんてあるわけがない。
 そう。それは正しい。私が育った環境はまさにそうだったから、信じられないのは当然だ。

 しかし、自分が体験していないからといって、「無い」と断定するのは傲慢だ。

 そして、私に欠落しているのは、「健全な生活の実現を信じること」であり、なによりも「健全な生活に敬意をはらう」ということだ。頭から否定して「あるわけない」と切り捨てるのではなく、「あるかもしれない。それを信じて実現に向けて敬意をはらってやってみようじゃないか」という姿勢に切り替えよう。

 信じるということは、敬意を払うということだ。私の父方の祖父母や父親たちも、健全な生活を信じなかったし敬意をはらうことがなかった。いわば性悪説で生きていた。

 だが、トラウマで激しく傷ついた子供の私は、彼らにこう問いかけている。

「人間って、そんなに悪いものなの? 世界ってそんなに悪いものなの? 神様って信じちゃいけないの?」

 私の内なる子供が、内なる祖父母に問いかける。真顔で問いかける子供のまっすぐな問いに、祖父母は赤面するにちがいない。
 そう思えば、私の中に家族がいて、生まれた家のいざこざをそのまま温存しているようだ。さまざまな性悪説を信じる父方の大人たちのキャラクターと、母方の祖父母のような性善説を信じるキャラクターたちが、両方、私の中にいる。

 その意味では、私は実は私という一個人ではなく、父方・母方双方の家族の遺志というか複数の家族の人格の複合体ということもできる。私は、私であって、同時に父方の人々でもあり母方の人々でもある。

 それらの、相矛盾した統合困難な複数の人格が同時に存在して、一個の個人の形をとっている私が、心の病におちいったのは当然であると改めて思う。

 だから、とにかく真理真実に敬意をはらい、世界を世界たらしめ、人類を人類として存続せしめている大いなる人知を超えた力を信じよう。お互いを傷つけあい恨んだり憎んだり妬んだりしかできなかった内なる性悪説の人格たちに、「お互いの欠点ばかり見るのはやめましょう。長所もよいところもあるのですから、ちゃんと見ましょう。自分に見えないからといって無いと思い込むのはまちがっています。それは不幸なことです。健全で幸せな暮らしもあるのだと認めましょう」と告げてみよう。
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# by ecdysis | 2017-10-23 04:05 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)
 なんということだろう。恋愛ははかなくその喜びも短いと知ったばかりだというのに、私はそれが結婚生活や家庭生活の喜びについても同じであると気づいてしまった。

 恋の喜びは短くはかないが、結婚の喜びは長く確かなものだと信じた。恋愛は仮初(かりそめ)だが、結婚は堅実安定なものだと信じた。
 しかし、それは事実ではなかった。結婚も子育ても家庭の維持も、その喜びも、過ぎてしまえばみなはかなく仮初に過ぎない。

 恋にも結婚にも、永遠なるもの不壊(ふえ)の安定はないと知った。うらやましがるべき素晴らしい安定と快楽などというものは無いのだ。いかなる恋の喜びも結婚の快楽も、みな過ぎ去って消えてゆき、生老病死を免れることはできない。

 結婚にこそ、真の安定と永遠に続く善きものがあると信じた。だが、それらは幻想だった。まったく妄想であり事実ではなかった。
 
 永遠の安定など、この世のどこにもないのだ。有るのは変化だけである。時の流れになすすべなく運ばれているのに、幸だ不幸だととらわれて右往左往しているうちに、人生は良い想い出も悪い想い出も等しく過去になって終わってしまうのだ。

 完全な安定という妄想に気付いた私は、頭を抱えてうめきうろたえるしかない。言葉にならないうめき声をあげて、体を折り曲げて部屋の中をうろつき、悲鳴をあげる。自分があるべきものとして信じた「永遠の安定」は、この世のどこにもないという事実を、認めたくなくて私はひとりめまいを覚えて悲鳴をあげている。

 わかっている。これはどうしても私が通過せねばならない現世の事実の受容なのだ。わかっている。どうしてもこれを受け入れなければ先には進めない。わかっている。しかし、悲鳴をあげさせてほしい。泣きはしないが衝撃が私の心にひびを入れる。

 人生で十数回目の脱皮の痛みと苦しみだ。これも長くないのはわかっている。ひとしきり悲鳴をあげてよろめき、うめいて身をよじらせる時がすぎれば、これまでと同じように私はまた変わるであろう。毎度のことながら、全く楽なことじゃない。

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# by ecdysis | 2017-10-19 00:33 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)
 人間には、通常、「知情意」といって知性・感情・意志がそなわっている。この三つは哲学者カントが唱えたらしいが、健康でバランスのとれた知情意によって健康な生き方が保たれることは容易に推測がつく。

 嗜癖をやめるとき、知識と分析、よくなりたいという願いと意志が必要だが、なかなかやめられないのはなぜかと悩んできた。
 嗜癖はよくないしどうなるかの知識はある、感情的にも痛みや苦しみに嫌気がさしている。やめたいという意志もある。なのになぜやめられないのかと考えたとき、やはりACは「意志」が知性と感情を結ぶものとして、うまく機能していないのではないかと感じる。
 私がかつて受診したある精神科医は、ACの人たちにこういっていた。

「みなさんは、おとなになりなさい。おとなであるということは、自分は〇〇したいというふうに、自分の欲求をきちんと表現できるということです」

 もちろん、嗜癖を続けたいとか、強迫的な行動ではなく、健康になりたいとか、自分は本当はこうなりたかったとか、本当はこうしたいとか、自分に正直に欲求表現ができるという意味だ。これが、簡潔にして要を得た「健康な意志のありよう」だと思う。

 それで、思いついたのが、かのリンカーン大統領のゲティスバーグ演説のもじりだ。リンカーンは「人民の人民による人民のための政治」といったが、ACは「自分の自分による自分のための人生」を取り戻さねばならない。「自分は〇〇をしたい」という明確な欲求をためらうことなしにはっきり他者に伝えられるためには、健康な意味での「自分」がなければ不可能だからだ。

 たとえば、私のACとしての人生は「母の自分による母のための人生」だったといえる。自分の人生が自分のものでなく、母のものであったということだ。母の願いを自分の願いとし、母の価値観を自分の価値観にすることが生き方だった。これはもちろん、振り返れば共依存そのものなのだが、母の価値観の範囲を超えたり母と違っていることを、無自覚に否認していた。もともとの自分がないということに、まったく気づかなかったのだ。

 それでも、もともとの自分の欲求や価値観を全否定しているのだから、どうしても母の生き方との違いが息苦しさや窮屈さや生きづらさとなって現れる。たとえていえば、母から「この服と靴がおまえに似合うから身につけなさい」といわれて、首まわりも足も窮屈な服と靴を、自分には最適だと信じ込んで生活するようなものだった。ゆえに、首はきつくていつも息苦しく、足もしめつけと靴擦れでいつも痛くて歩くのがつらい。

 つまり、母が私に着けるようにあてがった服も靴も、私には不似合いで窮屈だったのに、私は母を正しいと信じ込んで、そのままいいなりになっていたのだ。そこまで母に支配されていたのだし、母も息子を支配している自覚はなかったであろう。

 私は、依存症や嗜癖やうつ病を通じて、母の私への服と靴の選択と指示は間違いで、別に自分に適した服と靴があることを、まず知らねばならなかった。
 だからこそ、泣くこと怒ることなどの感情表現からはじめて、「自分の欲求をはっきり表す」ということが大事になってくる。親や家族や世間の評価に支配され、自分は本当はどんな服と靴を着けたいのか、まるでわからなくなっている。そんなACに対して、先の精神科医が「おとなになりなさい。欲求を表現しなさい」といったのは至当だ。「体は大人でも価値観が子供のままで親に支配されっぱなし」のACには、適切すぎるほど適切なアドバイスだとわかる。

 自分を取り戻さなければ、本当の健康な意味で自分を大事にすることはできない。

 最近、やっとわかったが、私のようなACは、「自分を粗末にする」という行動で、親や世間の評価に支配されている自分を維持しようとする。無意識に出てくる「親の支配に服さない自分」「親の価値観に合致しない自分」に罪悪感を感じ、自分らしい自分の発現を抑制し、封じ込めるために「自分をいじめ、痛めつけ、卑下する」のである。

 私の場合は、それがアルコール依存はじめ、さまざまな嗜癖、特に抜毛症(トリコチロマニア)に現れた。

 だから、私はもう自分を卑下しなくていいし、いじめなくていいし、自分で自分に苦痛を与えることをしなくていいと、自分を許し続けることを継続してゆく。

 好きなことは好きといい、嫌いなことは嫌いといい、やりたいことはやりたいといい、やりたくないことはやりたくないといい、異議があれば異議ありといい、疑問があれば疑問だという。そんな当たり前のことさえ、否認し否定し抑圧し、母の前で世間の前で「いい子」を演じなければならなかったのだから、病的依存や嗜癖に走らない方がどうかしている。

 ACから健康な生き方に戻すために、私は自分に向かっていう。
「自分の自分による自分のための人生を取り戻そう」

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# by ecdysis | 2017-10-04 03:24 | Trackback | Comments(0)
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 私が依存した恋愛はじめさまざまな願望と欲望の達成を期待する気持ちは、心をうずうずさせ興奮させるものだった。その情動は、「刺激」そのものだった。だから、その「刺激」を楽しみ、心踊らせる生き方がこれまでの生き方だった。もちろん、現実には何も得られず、何の成果もない妄想だったのだが、とにかくそれを思い描くだけで気持ちよくなり、やる気と活気がでたのだから、その「刺激」に依存していたのはまちがいない。
「刺激=楽しみ」だったのだから、刺激的なものや自分を駆り立て興奮させてくれるものだけにしか「楽しみ」を感じられなかったわけだ。

 しかし、仏教の言葉の中に「寂滅(じゃくめつ)をもって楽しみと為す」という言葉があって、これを繰り返し思い返しているうちに、はたと思い当たった。
 寂滅というのは「煩悩を消し去った静けさの境地」ということだ。この「静けさ」を「楽しみと為す」というのは、私のような「刺激をもって楽しみと為す」ことしかしてこなかった人間には、最初はまったく理解できなかった。平安や静けさに感じるのは「安心」であって「楽しみ」などではないし、悟りを開かない限りその境地はまったく手の届かないものだろうと思っていた。

 しかし、今日おもったのは、「刺激以外の平安と静寂に楽しみを見いだす生き方を選んでもいいのではないか」ということだ。私のような悟りにはほど遠い人間であっても、「刺激に依存しない生き方を選んでいけるのではないか」という気持ちになった。

 では、「刺激に依存する」という生き方は、どうしてできたのか。結論をいえば、劣悪な家庭環境下の様々な虐待や、破壊的暴力的な家族関係への恐怖や不安という悪質な「刺激」にさらされ続けてきたからだ。たとえてみれば、毎日のように耐え難い量の香辛料をかけた食事を与えられて育ったようなもので、もはや香辛料のような強い刺激物がないと食事として認識できない味覚麻痺状態になっている。
 だから、激辛香辛料がなくなっても、舌は同様の過度の刺激しか感じられないから、甘みは激甘、塩味は塩が強すぎるものなどなど、ふつうの味覚の人たちが驚くような刺激を必要とするようになる。これが各種の依存症の状態となる。
 つまり、刺激の質が問題なのではなく、量と強さが問題なのだ。

 しかし、もともとの舌の器官と味覚は本来ふつうなのだから、強すぎる刺激のくり返しは、やがて心身を病気にしてしまう。
 そして、そうなって初めて刺激を求め続ければ死ぬとわかって、生き方を変えようと試み始める。これが自助団体に参加して回復してゆく人たちの代表的なパターンだ。

 回復に向かうには、まず依存の対象である物質や行動をやめてゆくことが最初だが、すぐに正常・健全になるわけではない。まずは、それをやめていくうちに次第に、別の嗜癖と依存の対象に移っていくことが多い。
 飲酒や薬物などの酔いをもたらす刺激物刺激から、食べ吐きやギャンブルなどの自分で自分を刺激する行為刺激にスライドすることが多く、これは回復したとは呼べない。刺激への渇望がまったく止んでいない状態だからだ。

 刺激への渇望を止めるというのは、回復の大きな転回点で、いいかえれば刺激への依存をやめるということだ。
 しかし、刺激の種類は、アルコールや薬物や行動依存だけではない。最近、私が実感したところでは、いわゆる「感情の酔い」と呼ばれる、「しつこい手放せない怒り」もまた依存症の変形した嗜癖となっている。怒っても仕方のないことで、繰り返し怒りを感じる。些細な他人の行動に目くじらたてて、心の中ででも責め裁く。もうとっくに過去のことなのに、発作的に思い出して怒りが止まらなくなるなど、そういう現象に見舞われる自分は「感情刺激への依存症状」が現れていると自覚せざるをえない。

 酒だろうと恋愛感情だろうと妄想でしかない夢想願望であろうと、あるいは怒りであろうと、それが自分の内面を刺激するものである以上、その刺激に反応する感覚に依存している限り、それを正常な状態とみなすことはできない。

 過敏に怒りを感じ続け、怒りを発散することに依存する嗜癖が存在する。これは、ほかの感情に転じれば、不安にならなくてもいいことで不安を感じ、恐れる必要のないことに恐れを感じる場合、それは不安や恐れの感情刺激に依存し、習慣化しているとも言い得る。

 こうした恋愛感情や幻想願望の「刺激」を楽しみにし期待し心躍らせ興奮したり、感情刺激への反応をもって活力とするような生き方から、別の生き方に移るべきときがきたようだ。落ち着きや静けさや不動なるものへの一体化という「静寂」を楽しむ生き方に変えてゆく時期が来たのかもしれない。

 思い返せば、私は実家の父母はもちろん、祖父母や叔父叔母たちからも「平安」「静けさ」を学ぶことができなかった。母方の祖父母だけが、それらの大切さを言葉にならない背中で見せてくれたように思う。それをのぞけば、私のまわりは、常に怒りと憎しみと恐怖と不安の叫びと悪態と泣き声しかなかったように思う。いったい、そんな環境のどこに平安や静寂を見いだす余地があっただろうか。

 だから、私は親たちも知らなかったことを会得して行こう。わが生家の一族がだれもしない祈りと座禅をもって、獲得できなかった平安と落ち着きを、生きているうちに身につけて生きていこう。


# by ecdysis | 2017-10-02 04:56 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

長男なんかやめた

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 私の中の親に虐待されたトラウマを持つ子供は、もうぼろの姿ではなくなった。彼は、自分の本当の親が神であり、肉親の両親は魂・精神の親ではないことを知るにいたった。今は、もしあのとき虐待を受けなかったら、あるいは受けるような環境でなかったら、どういう自分でいたかったか、どういう自分になりたかったのか、何を本当はしたかったのかを、想定しなおすところにきている。

 今の私の自我の振り返りの中での焦点は、中学校から高校にかけての頃の自分だ。思春期の自分は、本当に女性に愛されたかったのだと感じる。異性に愛されることで、自分が存在していていい、生きていていいという承認をもらおうと渇望していたことを思い出す。逆にいえば、異性に恋されない自分は無意味な生きる価値のない存在だと思い込んでいた。どうしてそんな風に思うようになったかの理由や原因はともかく、そういう自分がいたことは事実だし、それが今にいたる自分に影を落としている自我だ。

 愛には恋愛という刺激的な一種類しかないと信じ込んでいた中学生には、それ以外の愛の選択肢はなかった。

 西洋の愛の定義では、「恋愛(エロス)」「友愛(フィリア)」「神への愛(アガペー)」とあるが、中学生の私はエロスしか認識できなかった。仲の良い夫婦であれば、若い頃の「エロス」は、年齢とともに「フィリア」に代わってゆくそうだけれど、私のようなAC家庭の両親たちは、病的な共依存と支配・服従・報復の連鎖があるだけで、健康なエロスすら存在しなかったといっていい。

 だから、私の求めた恋愛は、男女間だけのものではなかった。実は、家族や知人の間にあるべき健康な肉親の愛情をも、そこに求めていたのだと今はわかる。だからこそ、執着も激しいし渇望も強く繰り返される。
 それにしても、なんと大きくなんと深いところまで、私は恋愛に求めすぎていたことか。ほかの同級生たちには、私のような境遇でない限り、まったく理解できない精神状態だっただろうと思う。

 私が求めたほとんど万能薬のような恋愛は、存在しない。いまはそうわかるが、中学生のころにはわからないことだった。
 少なくとも、中学生の自分には、その恋愛幻想が支えであったし、それなしには過酷な家庭環境で精神を保つことはとうていできなかった。
 そうなった原因の大きなひとつは、母親をはじめとした家族の「長男としての役割の強制」がある。

 妹が生まれた3歳のときに、母親から正座させられて、「お兄さんになるんだから、これから、私のことを、かあちゃんではなく、おかあさんと呼びなさい」と命令された時から、私は長男への期待と依存を陰に陽に受け続け、幼児の甘えも子供らしい依存心も、相当に制限されて我慢し、なおかつ精神に異常をきたした祖母や酒乱の祖父や父親など、理不尽な大人たちへの恐怖・不安にも適応していかねばならなかった。幼児には過酷すぎるストレスにさらされ続け、それがどれほど異常で病的なことか、自覚できなまま育ってしまった。
 それらが、たまりにたまって、高校2年のときにフラッシュバックを起こして、一挙にアルコール依存はじめ、各種の依存と対人恐怖と被害妄想、引きこもりに陥った。

 だから、最も古いトラウマ記憶は「3歳のときに課せられた長男の義務」であって、これが私の心の病気のもっとも中心の根であることがやっと見えてきた。

 もちろん、中学生や三歳の自分に対し、今の自分が親になるのは無理だ。むしろ、私は過去の自我意識のそれぞれに対して、もっとも親しい友人として臨もうと思っている。たとえていえば、過去現在の自分を、ひとつの人体であるとする。その五体の諸器官が、それぞれ独立した自意識をもっていると仮定しよう。そこで、内臓でも肢体でも感覚器官でもどこでもいいが、過去のトラウマを受けた意識を、病んだり麻痺したりしている体の部分だとしよう。

 たとえば、今の私を右手だとする。障害がほとんどなく、ちゃんと動ける肢体の一部だ。私の中学生意識や三歳児意識を、病んで麻痺した左手と右足首だとしよう。凍傷にかかったり刃物でひどく切り裂かれた左手と右足首だ。麻痺と苦痛とで、私は右足を引きずりながら左手をぶらぶらさせながら生きてきた。
 その傷と障害を、右手である自分が癒すということだ。同じ体の一部が、ほかの体の一部を治すように手伝うということにほかならない。だから、現在の私は、過去の私に対しては親でも先輩でも教師でもない。救急箱を下げて手当しようとする友達にほかならない。もっとも親身になってケアしてくれる同級生のようなものだ。そういう姿勢で、過去の自分に臨むのが、私の場合はもっとも適しているようだ。

 そして、私が高校入学と同時に感じだした異様な孤独感や寂寥感や深刻な喪失感もまた、「長男・家督の役割だけを唯一の生き方」と思い込まされてきたことに起因すると思い至った。家庭を持つ人々も恋愛中の人たちも、外見ほどいつでも幸福なわけでもなければ問題がないわけでもなく、不安定で変化に見舞われ続けていることを想えば、彼らを羨むことはまちがっている。独身だろうと既婚だろうと子供がいようといまいと、人にはそれぞれの苦楽があり問題があり悩みがあって、それらから解放されている人は、悟りでも開かない限りは皆無なのだ。それでも、嫉妬や羨望を感じて落ち込んできたのは、彼らの姿が「あるべき長男としての自分が達成できたであろう形」に見えるからだ。もともと自分もそうなれたはずなのに、なれなかった自分への責めと罪悪感こそ、商店街にひとり買い物に出たときに感じる落ち込みや抑うつの原因なのだと、やっと理解できた。

 根本は、「長男の役割を果たせ」という親からの命令で、それを金科玉条としてきた、幼年・少年・青年前期のすべての「過去の自我意識」が、現在の私の病的な意識の構成要素となっている。その複合した自我意識に、「命令解除」を告げて自由にしてあげるのが、私の役割なのだと思う。

 もう二十年以上前に、自分で自分に向かって「長男やめた」とつぶやいてみたら、なんだかすごく解放感を覚えたことがある。それだけでも、相当に自分は呪縛されているのだと感じたが、それを明確に自覚して解除するところまでは思い至らなかった。
 しかし、やっとその時がきたようだ。もちろん、目に見えない大いなる力に祈っておこなうことが不可欠だ。

 もう罪悪感を覚える必要はない。母の私への「長男たれ、生まれた家を立ち直らせ、繁栄させよ」という要求は、無理だったのだ。
 環境的に無理だったし、私個人の資質としても無理だった。「かあちゃん、ごめん。おれには無理。長男できないから。この家系は、だれが長男やっても再興は無理だし、そもそもおれはそれ以外にやることあるから、おことわりします」と三歳のときにいえなかったことを、いまあえて言葉にしてみる。これは、私の中の長男義務の圧迫を受け続けてすべての過去自我の声の代表でもあるのだ。

 母は不可能と知らずに婚家の回復と繁栄を志し、息子の私は不可能に挑戦することを義務づけられて心を病んでしまった。
 原因がわかったら、それは手放さないと生き延びられない。

 私は、自分で自分の縛りを解いてゆこう。次のようなアファメーションを自分で自部に対して繰り返そう。

「長男やめた。家をなんとかしようなんてことは、すっかりやめた。生まれた家のことは手放す。なぜなら、生まれた家の問題は、私のせいで起こったことじゃない。すでにいた家族のみなさんの問題だから、私のとりくむべき問題じゃない」


 


# by ecdysis | 2017-09-28 22:26 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)
 これまで、思春期の頃から私の中に住み着いて断つことが困難だった習慣は「寂しかったり孤独だったりするときは恋愛をしろ」「恋愛・性愛の対象を思い浮かべよ」ということだった。それが、まさか「依存症」の症状であるとも気づかず、中学校以来、40年近くも変えることができなかった。

 しかし、座禅をはじめて、いかなる異性であろうといかなる恋愛であろうと、相手が生身の人間である限り、私も相手も無常の波間に浮き沈みする変わりやすい汚れやすい傷つきやすい脆弱な存在でしかないと知った。

 普通の健康なレベルならともかく、過剰で病的なレベルの「依存」では、私は救われないと悟った。

 素敵な異性へのあこがれもまた幻想であったし、有限かつ無常な生身の女性の中に、だれかロマンチックな「運命の人」がいるに違いないと、書くだに気恥かしいことを十三年前に飲酒をやめるまで信じていたが、それも幻想だとはっきりわかった。

 これほど異性と性愛と欲情のイメージにとらわれ依存していたのに、女性たちはまるで油に近寄られてはじかれる水のように、次々と私から離れて他の男性とつきあい、あるいは結婚していった。単に私が男性として魅力がなくて振られ続けただけとも思えない。なぜなら、私が結婚を意識する相手であればあるほど、それが何かの法則への違反であるかのように罰や懲らしめのようにひどい結末を迎えることがとても多かったからだ。

 なぜですかと、何度も何度も、神に、あるいは目に見えない私を導いているであろう善き存在に尋ねた。しかし、はっきりした答えはなかった。こんなことが繰り返されるのはなぜですか。私はまちがったことを願い求めているのでしょうかと、この30年以上、どれほど回答を求めたことだろう。

 昨年あたりから、その答えが少しずつ与えられはじめているようだ。
 最近になって、やっと言葉になったことが一つある。それは、「おまえは結婚して家庭を持つ必要はないのだ」という回答だ。
 結婚できないこと、家庭を持てないことが、私にはどうしても一人前になれない未熟の証拠であるような気がしてならなかった。結婚していく人々や既婚の人たちを見て、長い間、妬ましくもあり人後におちる取り残された人間である証拠のようでくやしかった。「恋愛結婚=幸福」という子供っぽい幻想を、アルコール依存に陥った母親の酔っ払った幻想とも知らず真に受けていたからだ。

 結婚と家庭建設は、幸福でなければならず、バラ色でなければならないという、きわめて現実ばなれした妄想を大事に抱えてきてしまったのだ。

 今は、はっきり幻想とわかる。まわりの既婚者である一定の年数を経たご夫婦ご家庭が、どこもバラ色の幸福に包まれているとはとても思えない。みな大変でつらい目にもあい、独身だろうと既婚だろうとシングルマザー&ファザーであろうと、立場や環境がちがえど苦労が絶えないのが人生だとわかったからだ。

 結婚して家庭を営むということは、異なる生まれと環境で育った男女が、子育てもし職業生活もしながら、両家の家族親戚との関係も保ちながら、ともに生きて行かねばならない「修行」にほかならない。そして、世の中にこれほどの各種依存症者やアダルトチルドレンがいる以上、その発生源である各家庭にいかに多くの「修行に耐えきれない」機能不全家族がいるかという証左でもある。バラ色の結婚などどんでもないことだ。

 私は、もちろん既婚者の苦労を当事者として知ることはない。だが、独身のACの苦しみはとっくりと知っているつもりだ。以前、アルバイト先の正社員の既婚の年長のおじさんが、私をふくめた独身のアルバイターたちに「あんたたち独身者は気楽でいいな、気楽でいいよな」と何度も愚痴っていたが、彼もまた「独身者は気楽でいい」という幻想を信じているだけなのだ。隣の芝生は青く見えるのは世の常で、当事者になってみれば「なあんだ、こんなもんか」と幻滅するのが普通だ。

「侍従に英雄なし」という言葉があるが、英雄と呼ばれる人間に日常的にかかわってお世話する召使いや執事には、英雄が世間のあこがれや評価通りではないということがわかっているという意味だ。

 当事者になってみれば、外見ほどではない。それが真実のようだ。マスコミを騒がせている芸能人や政治家や著名人のスキャンダル報道を見るだけでも、人間はカネも名声も地位も、一般の人たちがうらやむような境遇を得ても、静かな落ち着いた幸福を得ることはできないのだと思い知らされる。

 自分が真実に幸福になるために必要なものは何か、また不必要なことは何か。それさえわからないままで順境を得ても、人は幸福にはなれないということをスキャンダル報道の数々が教えてくれる。

「お金さえあれば」「地位さえあれば」「名声さえあれば」「いい人と結婚さえすれば」と「これさえあれば幸せになれる」と信じて努力して、それらを獲得しても、なぜだろう、虚しさや違和感や満たされない想いや不全感が消えない。平穏無事であってほしいのに、予想もしない家族の病気や死去、事故、詐欺や暴行などの犯罪被害、訴訟沙汰の勃発、そして、やってはいけないことをやってしまい、結局、醜い不幸せなさらし者を演じてしまう。

 いまさらながら驚く私も私だが、なんということだろう。地位も名誉も財産も、ほどよくあればよいけれど、多くを持てる者にとっては、それはそっくりそのまま試練や災いやなんらかの被害の原因になるといっても過言ではないようだ。

 依存症の業界では、回復の必須条件として「天狗心」「傲慢」「思い上がり」をなくしていくことがあげられる。
 恐ろしいことに、順境や恵まれた境遇は、実はその人間のもともと持っている天狗心や高慢心を発現させ、あぶりだしてその欠点を徹底的に思い知らせるという試練になることが非常に多い。

 世間的に高く評価される名声や地位や財産を得たら、むしろそれは困難な試練を与えられたと思ったほうがよいと感じられてならない。

 神は、人間ひとりひとりを全裸の存在としてごらんになられる。どんな衣服やアクセサリを身につけているかとか、どんな家に住んでいるかとか、どんな車に乗っているかとか、どれだけ土地・建物を保有しているか、どれだけ良い学校を出たかどか、大企業に勤めたか、賞や勲章をもらったかなど、まったく無視される。

 私もあなたもあの人もこの人も、神の前にはいつでもどこでも、生まれてから死ぬまで、身も心もまっぱだかの存在である。
「汝に結婚の要なし」とされた私にとって、神仏の前に、どれだけまっぱだかでいられるかということが、新しい「幸福」の定義になりそうな予感がしている。

 まっぱだかであることを、驚く必要もない。人間以外の生きとし生けるものは、動物・植物はもちろん微生物にいたるまで、全員が常にまっぱだかで生きている。


# by ecdysis | 2017-09-21 03:53 | Trackback | Comments(0)

川の流れを見て笑う

 朝の出勤のとき、いつものように電車の窓から隅田川が見えた。

 ブラジルの作家、コエーリョの『アルケミスト』を車中で読んでいたせいもあるだろうが、その濁った川の軟体動物の波打つ表面のような広い水の流れを見ているうちに、なんだか自分やまわりの人々の日常のこまごましたことや悩みや、過去のとらわれこだわりが、急にばかばかしく思えて笑いたくなった。こんな感覚は生まれて初めてだ。

 私がどう変わろうと変わるまいと、世の中がどうなろうと、この川の流れは変わらないのだ。

 たとえ、人間が土木工事によって流路を変えたり川幅を変えたり護岸したりしなかったりしても、風雨降雪があるかぎり、水は上流から下流にそして海へと流れ続ける。川の流路を変えることはできても、陸地から海へ流れる水そのものを変えることはできない。途中の流路を変えることはできても、重力に従って集まり川となって流れくだるという水の性質を変えることは人間にはできないのだ。

 自分や人類文明がどうであろうと、川の水は過去も現在も未来も変わらずに、海に向かって流れ下る。

 普遍の自然現象は、こんなにゆったりと雄大なのに、私をふくめた人間のなんとせせこましく気ぜわしいことよと、笑いが胸からこぼれてしまった。自然現象と人間生活のあまりの落差が可笑しくなったのだ。

 まるで山岳や大陸規模の巨大なカタツムリかナメクジの表皮の上で、文明を築いてえらそうにし喜怒哀楽を繰り返す寄生生物のようで、なんだか可笑しくなった。この大自然に寄生しているだけの人間に、いったいなんの偉さがあるだろうかと、ユーモアというかギャグに近いものを感じた。

 関西人なら「アホやなあ・・・」とつぶやいて笑うところなのかもしれない。




# by ecdysis | 2017-09-21 01:26 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)
 このごろ、思春期から青年期にかけての自分の記憶と意識が活性化している。
 ひょっこり思い出すことや切ない感情や、当時の激しい欲望などがまざまざとよみがえってくる。
 実は、神様にむかって、思春期や青年期の心をどうか癒してください、その傷を治してくださいと祈ってからこうなった。

 それにしても、中学2年の頃から、二十歳代の半ばまで、私はなんと愛に飢え渇いていたことだろうかと思う。

 神の愛や友愛は、あるらしいがどういうことかわからなかったし実感できなかった。

 肉欲をともなう異性愛しか見えなかったし目がくらんでもいた。ひどく狭い危うい愛に、それとは知らずに自分の未来と希望を賭けていたといっていい。
 愛されたかった。猛烈に愛されたかった。だが、それを表現するすべがなかった。好きになった相手に告白しても、突然すぎて相手を面食らわせることばかりだったように思う。なにげなくデートに誘うとかできなかったし思いつかなかった。

 自分はどこへゆけばいいのか、なにをなすべきなのか、何もわからない彷徨の渦中で、同じく渦に巻き込まれる異性がいるにはいたが、そういう人が精神的情緒的に健全であるはずもなかった。
 愛と信じた欲情の渦は短く、すぐに消えてしまい、すぐに他人になる。

 だが、愛されたくて愛されたくて、たまらなかった私は、異性に惚れられさえすれば自分は幸せになるのだという呪文を信じていた。それしか思いつかなったのだ。新約聖書を読んでキリストの説く愛とはどういうことか知るための試行錯誤ははじまっていたが、青年の実感できる愛は、やはり恋愛しかなかった。
 どれほど望んだだろうか、激しく熱く濃厚に愛されることを。その異性愛の飢餓は、思春期と青年期を通じてずっと私の中で猛りほえていたのだ。
 熾烈な情欲と禁欲志向との葛藤は、その頃から始まっている。
 それは、青年の孤独と劣等感と低すぎる自己評価が原因だった。

 恋愛にも結婚にも、すなわち異性愛に対しては、過剰な期待と希望を抱きすぎて、それはついに妄想のレベルにまで達していたということだろう。

 それにしても、なんという胸苦しい記憶であることか。恋愛も結婚も変化のひとつに過ぎず、無常の現象のひとつでしかないと認識できるようになったからいいものの、そうでなければこの煩悩は出口を失ったままだったろう。
 私は、自分が何を求めているのかまったくわからず、肉体と自我の欲望だけを基準に愛をもとめてしまったのだ。

 だが、この年になってやっと自分が求めている愛がなにものであるか、輪郭が見えるようになってきた。
 それは「変わらない愛」「別離のない愛」である。「永遠の愛」といってもいい。それは、どんな恋愛にも結婚にも家族関係にも人間関係にも存在しない愛だ。どんなに深く愛し合っても、やがて死が二人を分かつ。結婚式でよく「永遠の愛」「二人の愛だけが真実」という言葉や歌がお祝いとして放たれるが、それはありえない不真実である。

 そして、やっと最近、この「永遠の愛」に属する愛は、肉欲とは異なる次元に意識を向けなければ感知できないのだと悟った。
 それは、目に見えない次元では、「すでに永遠の愛につながっている」というのが事実ではないかと思えているからだ。

 愛する異性とセックスしたり結婚したり交際しないと、それは愛し合っているとはいえないと、普通は思う。
 だが、そうではない。神や目に見えない大いなる意志を意識し、相手の幸福を祈り願うという次元において、すでに私とその相手の人は縁ができており、肉欲や恋愛を介していない分だけ、友情や家族愛に似た親密感が永続する。よしんば、それが恋愛に移行したとしても、根底には「永遠」があるから病的な依存にはならない。

 男女の間に友情は成立しないとよくいわれる。恋愛中心で考えれば、それは事実だろう。
 しかし、霊的な意味においては男女間でも友情は成立する。

 そして、私は以前は肉欲とその快楽の結果は、いわゆる「絶頂感」だと信じた。それは昇りつめるものだと信じていた。
 しかし、実際は違うと悟った。肉欲の結果は絶頂でも昇天でもない。むしろ、地下トンネルを疾走し、しまいには行きどまりにつきあたるものなのだと知った。行きどまりの限界のある、それ以上は望んでもありえない感覚でしかないのだ。

 青年時代の私にとって「愛している」は「セックスしたい」の別表現であった。それが偽らざるところだ。
 それは、異性が恋愛・肉欲の対象としか考えられなかったからだし、男性としてそれが当たり前だと思い込んでいたからだ。

 だが、いまはちがう。もっと広く永遠に近い愛を持ちたいと思う。
 愛されたいという飢餓状態は、人のために祈ることを覚え、できる限り無償で人のために役だとうと思うようになってから、私の中から少しずつ消えていったように思う。
 そういう傾向が強くなってから、私の中からいつしかわいてきた言葉が、私に永遠の愛を探求することを促し続ける。

「あなたはすでに愛されている。それに気づかないでいるだけだ」

 この言葉が、私の人生の大きな謎となり、その謎を少しずつ解くたびに、私は自分を縛ってきたものがはずれて自由になっていくのを感じる。

 その解けた答えのひとつは「空気を吸えていること、水を飲んで渇きをいやせること、地面に立っていられること。この三つだけでも愛されている証拠」ということだ。

「存在していること、すなわち愛されていること」ということを、もっと徹底して悟ることを要求されているのかもしれない。


# by ecdysis | 2017-09-19 08:06 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)
 過酷な家庭環境において、そのひどい家族間の緊張と病的ストレスから自らを解放するために、アルコールや薬物や摂食拒食や性陶酔に逃避するのは、当然すぎるほど当然の行為だ。こういう依存の問題に走らざるをえないACの問題を、当事者として解決を試行錯誤しながら思うのは、「酔いと陶酔」が最後の逃げ場になるという共通項だ。

 酔いは、もちろん個人レベルだけでなく、群衆心理や大衆(特定のものごとへのファンなど)の熱狂にもみられる。健康なレベルの酔いは、そういう一過性のもので、特にそれが毎日ないと生きていけないというようなものではない。
 だが、ACの依存においては、それは生存のための道具なのだ。
 もちろん、心の病気といわずとも、身体の病気で、どうしても特定の処方薬を毎日飲まないといけないという患者が世の中にはたくさんいる。私のように目の病気になって、進行を止めるために毎日目薬を点眼する必要があるような人も、中高年になれば普通にいる。

 ACの病的依存は、それとはちがう。自己治癒・自己解放の手段としての酒や薬物の依存、ギャンブルや食べ吐きや万引き、セックスの快感への依存は、医療行為でもなければ健康な手段でもない。

 そして、普通の治癒・医療行為ともっとも異なるのは、その依存の行為に「罪悪感」があるということだ。
 依存行為にひたっているうちは、罪悪感はないとしても、それをやめようと決めて、いざ禁断生活に入ってみると、これがものすごい苦痛と忍耐と我慢と、そのほか、もろもろの感情的肉体的異変に襲われて、あえなくスリップを繰り返す。そのプロセスで自己嫌悪に陥り、人前ではなんでもないような顔をしていても、心の中や人目のないところでは依存行為を繰り返す。そして、そんな自分を自分で偽善者だと罵り、自分は人間失格だと責める。これは、私もさんざん繰り返してきたし、今でもそう思うことが多い。あさましい自分の一面がクローズアップされて目を覆いたくなる。

 努力はしてるんだ。でもダメなんだ。やめたいけどやめられないんだと、何度、心に叫んできたことか。
 わかっている。いつかやめられるのはわかっている。やめたいという意志と、やめられるタイミングが合えば、ほとんどの依存行為は、何年かかろうともやめられるときが必ずくる。それだけは、しつこく信じている。あきらめはしない。
「求めよされば与えられん、叩けよされば開かれん」とキリストはいった。それが真実だと信じている。

 依存症との格闘の中で、私はこの言葉の意味が、「求め続けよ、そうすればいつか与えられる」ということだとわかってきた。あきらめるなとキリストは教えている。依存行為から解放された自分を求め続けよ、そうすればそういう状態が必ず与えられる。「パンを求める子供に蛇を与える親がいるだろうか」と、子供である人間と親である神の関係をたとえて、求めれば神様は必ず与えてくださると確言している。

 人間であるACの親の多くは、子供がパンを求めても、蛇どころか、泥や石や腐ったものを与え続ける毒親だが、神様だけは違う。人間の親が与えてくれなかったものでも、求め続ければ神は必ず与えてくださる。私は、親が与えてくれなかったものを、自分で学んだり、ご縁のある人たちに教えてもらったりしながら、たしかに身に着けてきた。酒やたばこのやめ方を親や親戚が教えてくれたわけでは決してない。占い依存をやめて、目に見えない世界を聖者覚者たちの記録を読むことで、認識し信じるようになったのも、親や親族から教わったわけではない。

 こうして文章を書いて自分を表し気持ちを伝える技術を獲得したのも、親や親戚から手ほどきされたわけではまったくない。

 細かいとろでは、これまで病的な女性たちとばかりつきあってきたが、彼女たちとは悲劇的なことだけがあったわけではない。少しすつ、ひとりずつ、つきあった女性たちは、みな私のようなしつけのなっていない世間知に疎い独身男に、生活上のこまごました「暮らし方」を教えてくれた。

 ある女性は、寝ぐせのついた髪の毛を朝、どうやって直すかを教えてくれた。別の女性は家の中の日用品の整理の仕方を教えてくれた。床を磨いてくれたり、部屋じゅうのほこりを掃除機でていねいに吸い取ってくれた人もいた。毛先の開いた歯ブラシをいつまでも使っていてはだめだと教えてくれた女性もいた。全自動洗濯機がいいということや、靴下の干し方や洗剤の使い方を教えてくれた人もいた。そのほか、数えきれないほど、多くを少しずつ別々の女性たちから教えてもらって今の生活がある。

 また、衣服や雑貨など、さまざまな物品もプレゼントされたし、それらの多くは別れても、できるだけ大事に使わせてもらっている。恋愛が終わると、相手のくれたものを全部捨ててしまうという人もいるが、私は未練たらしいのか、捨てることができない。いま振り返れば、やはり結末はよくなかったとしても、それをくれた時の相手の気持ちを考えると、とても捨てられない。

 私の部屋には、そういう女性たちとのおつきあいの名残の品々があって、それらをみるたびに彼女たちのことを思い返す。中には自殺した人もいる。あのときは、あんまり辛くて、ぜんぶ捨てようとしたこともあったが、なぜだか彼女のことを忘れてしまうことはできないと思って、思いとどまった。こうしてみると、私は彼女たちひとりひとりに深く感謝しているし、その感謝の現れとして使わせていただいている。それを想うと、自分は何をお返しできただろうかと、さびしい情けない気持ちになる。

 私のことを、友人知人もふくめた女性たちは「クマのプーさん」や「パンダ」「こぶた」にたとえるし「癒し系のおじさん」といってくれたりもするけれど、短くはかない数々の恋の形見に囲まれて生活している自分をふりかえって、ついつい涙ぐみたくもなってくる。ときどき、御神前に、私が恋したすべての女性たちの幸福を祈ることがあるけれど、センチメンタルな気持ちにならないようにするのは、結構つらいものがある。いいおじさんが、これであるのだから、青年気分のぬけない壮年独身男は困ったもんだと自分で思う。

 ただ、ひとつほっとするのは、つきあった女性たちの幾人かが、私とつきあっている最中、「すごく面白いひと、これまでの人生でこんなに笑ったことはなかったわ」と異口同音に言ってくれたことだ。

 これまで、短い失敗だらけの恋ばかりだと思ってきて、「思い出なんか振り返らない」と信じてきたが、年齢のせいか最近、やたらと思い出す。振り返らなくとも、思い出は常にそこにあって、振り返ればいつでもよみがえるものなのだと悟った。

 以上のように、私もひどいぐちゃぐちゃな家庭で育って、本来なら母親や奥さんから教わるようなことを、代わりに複数の女性たちから、それぞれに一部ずつ教わった。

「家庭的なるもの」を私は激しく求めてきたのだが、それに対する、神からのひとつの答えが、この振り返りなのかもしれない。
 そして、キリストにならってこう言おう。
「求めよ、求め続けよ。そうすれば与えられる。ただし、自分が望んだ通りのやりかたで、とは限らないけれど」



# by ecdysis | 2017-09-14 08:06 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)
 寮生活をはじめた高校2年のときに学校のプールサイドで、家庭環境で受け続けてきたひどい過去体験のフラッシュバックを起こして、それとは気づかずに精神的に病気を発症した。

 しかし、最近、思い返すのは、さらにさかのぼる1年前、高校に入学した頃に汽車通学していたころ、私はひどい憂鬱と悲哀の感覚に襲われ続けていたことだ。当時、自分ではセンチメンタルな性格が過度に表れているとしか思えなかったし、最近まで、それも思春期鬱の症状がはじまっていたと解釈していた。

 しかし、座禅をしながら、私はその「悲哀」が、もっと自分の人生そのものの本質を感じ取っていたのではないかと考えなおしている。
 とにかく、ひどい悲哀だった。何が原因かもわからなかった。ものに感じやすいといったレベルではなかったように思う。
 毎朝、明るくさわやかなはずの東北の春景色の菜の花や桜や水田の早苗の光景の中を、汽車にゆられて通学しながら、私は理由なき悲哀にうちのめされていた。
 菜の花も桜も初夏の緑も、何もかも悲しかった。見るもの触れるもののほとんどが、私に悲哀を起こさせた。それが学校の古典で平家物語や方丈記を読むにおよび、その無常観に涙した。
 けれども、それこそ少年のセンチメンタリズムであって、無常ということが本当にわかっていたわけではない。

 いずれにせよ、私はすでに十五歳にして「自分は何もかもなくした」という根拠のない悲哀と挫折感にとりつかれ、それを振り払うすべさえなかった。これから大人になって、いろいろなものを得ていくべき少年が、「もうすべては失われてしまった」というまるで老人のような喪失感と挫折感の悲哀に染め上げられていた。
 もちろん、ひどい家庭環境によって絶望感を与えられ続けてきたことも、大きな原因だったと思う。

 しかし、あれから四十年以上をけみして、改めて振り返って感じるのは、私はこの世界が自分の願っている世界とはまったく異なる異世界であり、これからずっとその違和感を抱きながら、異邦人としてしか生きられないということを予感してしまったのではないかということだ。

 この「異邦人感覚」は、アダルトチャイルドによくある「人と自分はちがっている」という感覚でもある。
 ただ、私と同じく発達障害をもった親に育てられた知人によれば、主治医の診断の中で、発達障害のある親に育てられた子供は、こうした「異邦人感覚」が特に強いのだという。

 原因はいかであれ、当時の私の悲哀と挫折感は本物であり、手の施しようがないものだった。
 その悲哀と異邦人感覚をなんとかするために、私は飲酒と恋愛・性愛依存に陥っていった。
 悲哀と違和感を埋め溶かしてくれるための酔いと快楽が必要だったし、酔いと快楽においては他者と同しであると感じたかったし信じたかったのだ。

 しかし、やがてそれも普通の人たちは酔いや快楽を、逃避や否認や麻痺のために病的なまでに求めることはしないということがわかって、結局、同じにはなれないのだと知るにいたった。
 その病的依存のもととなった「快楽」について、この10年の間に、私は「快楽=善、苦痛=悪」という二元論で生きてきたことにやっと気づくことができた。さらには「絶頂感・陶酔感」こそ、あらゆる依存症者の求める究極点であることに気づいた。

 この絶頂感をほかの言葉でいえば「何もかも忘れられる快楽」ということになるだろう。

 実は、アルコール依存はとまっているがギャンブル依存のとまっていない知り合いが、「パチンコしているとなにもかも忘れられる」といっていたことから、「依存症者の求める絶頂感は、何もかも忘れられる状態になることを意味する」と学んだ。
 そして、この「何もかも忘れられる」ということこそが、依存の原因と動機であり、最近ではそれは「何もかも忘れられるという幻想」に過ぎないと感じられる。

 なぜ「何もかも忘れられる」ことが幻想かというと、「何もかも忘れるのは一瞬であり、それが過ぎれば、絶頂に達する前にもっていたあらゆる悩み苦しみこだわりととらわれがそっくり戻ってくる。絶頂が過ぎれば、何も解決しておらず、再度それを忘れようとして絶頂感を求めることを何度も繰り返す」だけだからだ。

「何もかも忘れられる絶頂感」など「ほんとうは無い」のだ。あると思い込み信じ込んでいるから、何度でも一瞬の絶頂を求めるが「100%の快楽」「完全無欠の快感」など、この世に存在しないと最近、やっとわかってきたからだ。
 泥酔したり麻薬などを使っていれば、一瞬よりは長い時間、何もかも忘れた時間を過ごせるかもしれないが、それは問題を先延ばしにしているだけで、事態をより悪くすることはあっても善い方に変えることはありえない。
 つまり、一定の時間の範囲で見れば、「何もかも忘れられる快楽」というのは一瞬以外にはないわけで、それ以上の絶頂時間の長さを求めることは不自然であり、結局、不快で病的な反動が起こって台無しになる。

 たとえば、淫らな欲情を煽る小説やマンガやアニメやアダルト動画では、あたかも性的快楽の絶頂を長続きさせるテクニックや方法があるように描写しているが、いまさらいうまでもないが、そんなものはつくりごとのまったくのフィクション、うそっぱちである。
 酒や薬物やギャンブルでも「(本人にも周囲の人たちにも何の悪影響もなく純粋に)何もかも忘れられる」というのは、まったく同じ「つくりごと」「うそっぱち」である。

 よくいわれるが、夫婦恋人間の普通の性行為においても、女性の方が「感じているふり」をして男性のプライドが傷つかないようにするとか、性的な絶頂感を感じたことのない主婦も予想外に多くいるという。
 普通の正当な性行為の関係においてすら、このような「演技」が必要だとしたら、それを見抜けず自分はセックスが強いと思って喜んでいる夫や男性群は、おおまぬけのおめでたい人々だということになる。

 私は、いっさいの心配ごとやひっかかりや不安や気づかいなしに浸れる「快楽」があると思い込んできた。それこそ、「純度100%の何もかも忘れられる快楽」があると信じて疑わなかった。
 だが、正常で健康な生活・健全な人間関係の中では、そういう快楽はないのが普通だし、そういうものを求める必要もない。

 たとえ、セックスの最中であっても、酒盛りの間でも、人はそこで感じる快感だけに没頭できるものではないのが普通だ。
 愛する異性とキスしながらも、乾杯の歓談の時を過ごしながらも、頭の隅では、何かを考え何か快感以外のことを感じ、相手やまわりの人を気づかい、観察したり判断したり、八割は行為に集中していたとしても、残り二割はそうではない。その二割を雑念と呼ぶ人はいるであろうか?
 しかし、依存症者は「100%の快楽と陶酔で何もかも忘れる」ことが目的なので、八割では満足できない。二割を他の感覚に割くことは排除すべき「雑念」となる。
 そういう依存症者を、そうではない人たちはどう見るかといえば「自分のことしか考えていない」と映る。
 当然のことだが、100%の陶酔には、他人のことを気つかうとか配慮とかの感情は無用であり、むしろ邪魔であるのだから、純粋に自分のことしか考えないという姿勢でなければ「何もかも忘れられる」状態にはなれない。
 その結果、依存症者はエゴイストという結論になる。自分にとっての純粋な快楽を求めれば求めるほど、それはエゴイストの度合いを強めていくのだ。

 つまり、何が悪いかといえば、私もそうだが「完全無欠の幸福感」「純粋な陶酔感」「100%の絶頂感」があると信じて、それを繰り返し味わおうとすることが問題なのである。

 事実は、そういう完全な快感は、この世にないということであり、それがあるというのは偽りで作り事で、それが体験できたとしてもその代償は恐ろしく高くつくし最期は破滅にいたる悪魔の罠にほかならない。



# by ecdysis | 2017-09-09 21:31 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com または ecdysis@excite.co.jp 


by 心炎