仏教の経典で釈迦が指摘している驚くべきアルコール依存の諸症状
2017年 04月 20日
最近は座禅をきっかけに仏教関連の書籍も読み漁っています。
それで、意外なところに意外な記述があったりするので、ご紹介します。以下は、仏教の禁酒の戒律が定められた理由としてお釈迦様が説法されたことの記述です。
お釈迦様は今から2500年ほど前の方です。古代よりアルコール依存の問題には深刻なものがあったようです。
(以下の引用につきましては読み仮名・現代語訳・※の注記ともに心炎によります。もしお気づきの点がありましたら、心炎のメアドまでどうぞ)
引用元「仏教経典を中心とした釈迦の医学」
(服部敏良/黎明書房/昭和57年11月第一刷)73~77ページより
『大智度論(だいちどろん)※』(※出典の経典名)
原文1
「酒は覚知の相を失ふ。身心濁って悪しく、智心動じて乱る。慚愧(ざんき)已(すで)に劫(うご)かされ、念を失して瞋心(しんしん)を増し、観を失して宗族(そうぞく)を毀(やぶ)る。是(かく)の如きを飲と名づくと雖(いえど)も、実に飲は死毒たり。瞋(いか)るぺからずして瞋り、笑ふべからずして笑ひ、哭(こく)すべからずして哭し、打つべからずして打ち、語るべからずして語り、狂人と異なる無く諸(もろもろ)の善功徳(ぜんくどく)を奪ふ。愧(はじ)を知るものは飲まず」
現代語訳1
「酒は認知認識能力を失わせます。身も心も濁って働きが悪くなり、知性も判断力もどこかへいって乱れてしまいます。恥も外聞もどこかへとんで、自制心もなくなって怒りの心が増し、まわりを見て判断することも忘れて家族親族を傷つけます。こういう状態を飲酒と名付けていますが、実に飲酒というのは死をもたらす毒です。怒るべきでないのに怒り、笑うべきでないのに笑い、泣き叫ぶべきでないのに泣き叫び、殴るべきでないのに殴り、語るべきでないのに語り、気の狂った人とちがうところがなく、それまで積んできた様々な善行の功徳も奪われます。恥を知る人は飲酒しないものです」
原文2
「酒は身を益すること甚(はなは)だ少なくして、損する所甚だ多し。是(こ)の故に飲むべからず」
現代語訳2
「酒は自身にとって利益になることが非常に少なく、損失になることが非常に多いのです。そういうわけなので、飲酒してはなりません」
原文3(心炎注:以下は箇条書きの項目多数ですので、それぞれの箇条の下の【 】内に現代語訳を付します)
「一には現在世に財物虚しく竭(つ)く。何んとなれば人酒飲んで酔へば心に節限なく、用を費やすこと度なきを以てなり」
【(酒害のリストとして、)一には現世での財産を浪費して枯渇してしまいます。どうしてかといえば、酒を飲んで酔っ払ってしまえば節度も自制心もなくなり、浪費に歯止めがかからなくなるからです】
二には衆病の門なり。【二つには万病のもとです】
三には闘諍(とうじょう)の本なり。【三つには喧嘩口論暴力沙汰のもとです】
四には裸露わにして恥なし。【四つには裸をあらわにして恥じることがありません】
五には醜名悪声にして人の敬はざる所なり。
【五つには、みっともない人として名を覚えられ悪評が立つので尊敬されません】
六には智慧を覆ひ没す。【六つには知恵の働きが覆われて埋もれてしまいます】
七には応(まさ)に得らるべき物を得ず、已(すで)に得る所の物は散佚(さんいつ)す。
【七つには、酔っていなければ当然得られるはずのものが得られず、すでに得ていた物まで散って無くなります】
八には伏匿(ふくとく)の事を、尽(ことごと)く人に向って説く。
【八つには内密の話や内緒ごとも、ぜんぶ人にばらしてしまいます】
九には種々の事業廃して成弁(せいべん)せず。【九つには様々な事業も放棄するので成功しません】
十には酔は愁(うれい)の本と為(な)る。何となれほ酔の中には失すること多く、醒め已(おわ)って慚愧(ざんき)憂愁すればなり。
【十には酔いは憂鬱の原因となります。なぜかといえば、酔っ払っている最中は失敗が多いので、酒がさめてから恥じ入って憂鬱になるからです】
十-には身力(しんりき)転(うた)た少なし。【十一には体力が非常に弱くなります】
十二には身色壌(みだ)る。【十二には体も外見もだらしなくなります】
十三には父を敬ふことを知らず。【十三には父を敬いません】
十四には母を敬ふことを知らず。【十四には母を敬いません】
十五には沙門(さもん)を敬はず。【十五には修行者を敬いません】
十六には婆羅門(ばらもん)を敬はず。【十六にはバラモン※を敬いません】
※ヒンズーのカーストで最高位の宗教指導階級
十七には伯叔(はくしゅく)及び尊長を敬はず、何となれば酔悶恍惚(すいもんこうこつ)として別(わか)つ所なきを以てなり。
【十七には、父母の兄弟姉妹や親族の年長者を敬いません。なぜならば、酔って正気をなくして溺れており、目の前にあるものや人を区別することができないからです。】
十八には仏を尊敬せず。【十八には仏を敬いません】
十九には法を敬はず。【十九には法※を敬いません】
※ダルマともいう。仏教における「真理」「道理」「森羅万象を貫く大原理」のこと
二十には僧を敬はず。【二十には僧侶を敬いません】
二十一には悪人と朋党す。【二十一には悪人と仲間になって徒党を組みます】
二十二には賢善を疎遠す。【二十二には賢者や善人を疎んじ遠ざけます】
二十三には破戒の人と作(な)る。【二十三には僧侶が守るべき戒めを破る人となります】
二十四には無慚無愧(むざんむき)なり。【二十四には恥知らずになり人から咎められても意に介しません】
二十五には六情を守らず。【二十五には喜・怒・哀・楽・愛・悪※の六つの感情を適切に表現することができなくなります】
※にくみきらうこと
二十六には色を縦(ほしいまま)にして放逸(ほういつ)なり。
【二十六には色欲に節度がなくやりたい放題になります】
二十七には人の憎悪する所にして、之(これ)を見ることを喜ばず。
【二十七には人に憎み嫌われ、だれもがその姿を見て喜びません】
二十八には貴重の親属及び諸の知識の共に擯棄(ひんき)する所なり。
【二十八には一族から重んじられている親族も、さまざまな知り合いたちも、ともに斥けて見捨てます】
二十九には不善の法を行ず。【二十九には悪い行動を基本とするようになります】
三十には善法を棄捨(きしゃ)す。【三十には善なる行動に従うことを捨ててしまいます】
三十一には明人智士(めいじんちし)の信用せざる所なり、何となれば酒は放逸なるを以てなり。
【三十一には道理をわきまえた人、賢い立派な人は、酔う者を信用しません。なぜなら、酔っている者はやりたいほうだいだからです。】
三十二には涅槃(ねはん)を遠離す。【三十二には悟りから離れ遠ざかります】
三十三には狂癡(きょうち)の因縁を種(う)う。【三十三には狂人愚者となる因縁をつくります】
三十四には身破れ、命終りて悪名泥犂(でいり)の中に堕(お)つ。
【三十四には破産し健康をそこなったあげく、死後も悪名が残って泥まみれになってしまう】
三十五には若(も)し人と為(な)ることを得ては、所生の処常に当(まさ)に狂シ(シ=馬偏に矣[イ])なるべし。
【三十五には、もし来世に人として生まれることができても、どんな生まれであろうと常に狂気や愚かさを免れない人になります】
是(かく)の如き等の種々(しゅじゅ)の過失あり。是の故に飲まず
【このような種々の過失があります。それゆえに飲酒をしません】」
『四分律※』(※律とは戒律のこと)
原文4
「凡(およ)そ洒を飲む者に十の過失あり、何等(いずれ)か十なる。
【おおむね酒を飲む者には十の過失があります。それはどういった十であろうか。】
一には顔色悪し【一つには顔の色が不健康です】
二にはカ少なし【二つには体力がありません】
三には眼視明かならず【三つには、ものをはっきり視認できません】
四には瞋恚(しんい)の相を現す【四つには怒りをむき出しにします】
五には因業資生(いんごうしせい)の法を壊す
【五つには善い因縁を重ねて人生を良くしていく生き方を破壊します】
六には疾病を増発す【六つには持病は悪化し新しい病気が増えます】
七には闘訟を益す【七つにはもめごとやいざこざが増えます】
八には名称なくして悪名流布す【八つにはいいことでは知られず、悪名ばかり広まります】
九には智恵減少す【九つには賢さが減少します】
十には身壌命終(しんじょうめいしゅう)して三悪道に堕す
【十には体が墓に埋められて命が終わったあと、魂が地獄道、餓鬼道、畜生道の三つの悪しき世界に落ちます。】
阿難(あなん)、是(こ)れを酒を飲むものに十過失ありと謂(い)ふ
【アーナンダよ※、以上を酒を飲む者の十の過失があるといいます】」
(※釈迦の高弟にして従兄弟)
以上が、仏典に書かれている酒害の数々です。
『大智度論』の内容といい、『四分律』の説法といい、ほとんどが現代のアルコールの依存問題に当てはまっています。
2500年前に説法されたことですから、驚きを覚えずにはいられません。