ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com または ecdysis@excite.co.jp(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となります)


by 心炎
 神は超えられない試練を与え給わないと、よくいわれる。
 その意味は、ただそういうものであると思っていた。
 しかし、より深く考えれば、試練とはなんだろうか。
 それはテストと言い換えられる。
 つまり、乗り越えられるかどうか、自ら志願してこの世に生まれて試験を受けていることになる。

 試練となる逆境や事件事故は、いってみれば、それを乗り越えられれば、そのレベルまで人生学習が進んだということではなかろうか。
 まるで棒高跳び競技のようだ。そのバーの高さを超えられれば、そこまで実力がついたことになるし、超えられなければ、超えられるまで練習しなければならない。だから、同じ高さのバー、つまり同じ試練を超えられず、何度も失敗し挑戦を繰り返すのは当然のことだ。この高さは無理だとあきらめたら、成長とその先にある新しい予想もしなかった素晴らしい人生の景色を体験することはできなくなる。

 与えられた試練は、一度や二度の挑戦で超えられるようなものではない。むしろ、何度も失敗し、それでもあきらめすしつこく練習をかねて挑戦し続ければ、必ずいつか乗り越えられるからやりつづけなさいと、神様が監督コーチをなさっているのだと思う。

 だから、どんなアディクションも、何十回何百回とスリップしても、いつか必ずやめられると信じることが大事だ。
 まず、いつかかならずやめられると信じ、やめたいという意志を持ち続けること。
 そして、その意志を放棄さえしなければ、必ず何年後か何十年後か、いつになるかはともかく自然に肩に力を入れることもなく、やめられるタイミングが与えられる。

 つづめていうと、「やめたいという意志を持ち続ける」「やめられるタイミングが必ず与えられると信じる」という二つの教訓だ。

 私は、高校時代に覚えたタバコを、7年がかりのスリップの悪戦苦闘のあげく27歳でやめることができた。
 そのときに得たのが、この二つの教訓だった。だから、それから15年後に酒をやめるときも、うつ病になったりはしたものの、やめること自体は、タバコのときほど苦しみ悩まないで済んだ。

 何度スリップしても、再発しても、自己嫌悪に陥ることなく、自分を責めることなく、「いつかやめられるときが必ず来る」と信じ続けること。

 回復にとって、自己嫌悪も自己卑下も自責も、いずれも有害無益な感情だから、持つ必要はまったくない。
 持ったところで回復の足をひっぱることはあっても役立つことはない。まったくの時間の無駄である。これも、私が体験上、身をもってわかったことだ。

 やめられない自分を正当化したり、責めたり、恥じ入るのではなく、やめたいという願いを持ち続けることである。だいたい、自責も自己嫌悪も、根底には「人に責められる前に、あらかじめ自分で自分を責めておく」という無益な自己防衛がある。人に見せるために回復するのではないのだから、そんなことをする必要はないのだ。

 自分のための回復であると覚悟すれば、スリップしたとて誰にそれを恥じることがあろうか。責めるものには、責めさせておけばよい。やめる努力をあきらめなければよいのだ。

 試練は「超えられるから超えてみよ」という神のコーチであるし、「そこまで成長している」という人生学習の里程標でもある。

 アディクションは、私個人に現れているが、実は自分自身だけが原因の症状ではない。私個人と私の父方・母方・祖父母以前の各方を問わない、先祖代々の自我の弱点の集積した現れが、今のアディクションだとしか思えない。

 心理学者ユングは、現在の肉体をもった一個人は、それぞれの過去の祖先たちの一族の集合体の先端の一点であると説明している。民俗学的な言い方をすれば、祖先霊集団が全体で一本の鉛筆をなしているとすると、私はその鉛筆の芯の先端であるということのようだ。

 生身の本人はまったく自覚がないけれど、実は一個の肉体人の背後には、何百何千人もの血のつながった祖先の人々の存在と経験が、個人の肉体という形をとって現存し支え、あるいは足をひっぱっている。祖先の人々は遠い離れた場所のだれかではない。今現在も、私の遺伝子の一部を構成して、この肉体とともに生きているのだ。遺伝子には、肉体的に特定の病気になりやすいなどの傾向が記録されているだけではない。医学的に証明されたわけではないが、各祖先の人生経験の痕跡ともいうべき霊的・想念的なものも記録されているはずだと、私は信じている。

 ゆえにアディクションに陥って苦しんだ祖先たちの経験も、そこには現存している。

 家族や親戚や一族の問題行動や事件を過去数代にさかのぼって記録し、俯瞰して治療に役立てる「ジェノグラム」を作成してみても、そのことが感じられると思う。

 私は、それを超えて回復すべき試練を与えられたのだと、最近は思う。

 酒や異性やギャンブルやいろいろな依存を止められなかった先祖累代・親戚一統の業(ごう・カルマ)を、自分が敢えて引き受けて解消する役割をもって生まれてきたとしか思えない。先祖が、アディクションによって繰り返したであろう、自責、自己嫌悪、自己卑下、自己正当化、羞恥の感情の罠にとらわれなければ、必ず回復できる。

 もうすぐ新盆だが、それこそが、真の「先祖供養」というものだろうと思ったりする。

 キリストも次のようにいっている。

「マタイによる福音書」 7章 7節-12節

「求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。
あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。
魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。
このように、あなたがたは悪い者※でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。
まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
これこそ律法と預言者である。」

※心炎注:「悪い者」とは、道徳的に悪い、まちがっている、というほどの意味。

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# by ecdysis | 2018-07-13 00:56 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(2)
 友人と電話でアディクション(嗜癖)と瞑想について語り合っているうちに気づいた。
 瞑想に対して理解も興味も持たなかった、かつての私のような人は、瞑想する人の姿に何も刺激を感じられず、効果のほども即効でみえるわけではないので、興味が持てなかったのだと。

 アルコールへの依存等、嗜癖を持っている人は、自分の記憶やトラウマや感情的な本音に向き合わないために、常に新しい刺激を求めている人種だから、刺激なしに生きていける時間を経験したことがない。
 それらの刺激の大方は、飲酒や薬物、ギャンブルや買い物・万引き、食べ吐きに自傷行為、異性依存や共依存などの対人依存、怒りや否認行動への依存などのどれかにふくまれる。
 だから、そういう刺激を与えてくれない瞑想に、興味がわかないのも当然だった。

 たとえ、平安や落ち着きが欲しいと思っても、「平安」も「落ち着き」も、そういう別の刺激があるのだと思い込んでいた。
 言葉を変えると、平安や安心も、どこか「刺激がないことは退屈なこと」と思い込んでいて、平安な状態が永続するとはまったく信じられなかった。平安と退屈の区別がつかなかった。だから、酒とか異性に依存したりカルト教祖を盲信したりもしたわけだ。

 刺激から離れないと平安は得られないということは、このブログの2017年10月2日の記事でも、自分が刺激に依存していたという気づきを書かせていただいた。
 最近、そこからさらに深い気づきがあった。

 刺激を離れる行動のひとつとして座禅を始めたが、いざ継続してみて、はっきり実感したのは「平安とは、刺激を離れたときに自分の心に初めて起こってくる」という事実だ。やはり平安は、嗜癖と刺激から離れたところにしかない。「落ち着き」も、刺激に逃げたり紛らわせることをやめ、あるがままを受け入れようと思えたときに生まれると実感できた。
 平安と落ち着きを得るには、刺激を求めるのをやめること。一分でも二分でもいいから、一日に一回は、座禅でも瞑想でもヨガでもやって、刺激を求める以外の自分と出会い続けること。

 そのような「刺激から離れて得る平安」をちょっとずつでも感じ続けた結果、自分が本当は何を求めていたのかを知った。まるで忘れていたことを思い出したかのようだ。今までの自分は、本当に求めていたことが見えなくなり、感覚が刺激で麻痺して、自分の本心にさえ盲目だったことに気づかされた。

 それは、一か月ほど前に座禅中に訪れた。
 その晩も、毎晩のように行う座禅を行った。
 そのとき、いつも公案がわりに心に繰り返す偈(げ=仏教で唱える教えの詩句)があるので、それを心に繰り返した。

雪山偈(せっせんげ)
「諸行無常」(しょぎょうむじょう)
「是生滅法」(ぜしょうめつほう)
「生滅滅已」(しょうめつめつい)
「寂滅為楽」(じゃくめついらく)

 意味は後述するが、この偈は仏典にある以下の挿話(心炎が適宜に要約)にもとづいている。
 雪山はヒマラヤ山脈のこと。そこで修行していた菩薩の名が雪山童子。童子は、お釈迦様の前世の一人物である。
 ちなみに「菩薩」とは、「ボーディー・サットゥーバー」の漢訳語で、「多くの人を救おうと誓って修行する者」というほどの意味。 自分さえ悟れればよいとする自我の残った小乗的な修行者よりも霊性の進んだ、無私無欲・利他・自己犠牲に徹した修行者のこと。
 その童子が、ヒマラヤ山中で悟りを求めて修行しているとき、山蔭で「諸行無常 是生滅法」と美しい声で歌っているものがいた。だれかと思ってたずねてみれば恐ろしい姿の鬼だった。
 雪山童子は「おまえがいまうたっていた偈は素晴らしい。だが、まだ続きがあるはずだ。どうか教えてほしい。悟りのために重要なことにちがいない。その続きがどうしても知りたい、教えてほしい」と懇願する。
 すると、鬼は「教えてもいいが、わしは腹が減ってたまらぬ。お前を食わせてくれるなら教えよう」と迫る。童子は覚悟を決めて、「わかった。教えてくれたら、誓って私の身をおまえに差しだそう。決して嘘はつかない。ただ、教えてくれる偈を私ひとりが聴きっぱなしでは勿体なさすぎる。後の者たちに書き残す時間を少しくれ」
 鬼は了承して、続きを「生滅滅已 寂滅為楽」と教える。
 童子は、これこそ悟りの言葉だと喜び、偈を書き残そうとするが墨も筆も書くものが何もない。そこで童子は自分の体を傷つけて血を出させ、血を指に塗りつけて、そこらじゅうの木や石や岩に、いくつもいくつも同じ偈を血書し、きっとだれかがこれらのうちのひとつでも他に伝えてくれることを願った。
「さあ、鬼よ、私はなすべきことをなした。これからお前に身をささげるために、この崖から身をなげる。わが肉体を食すがよい」というや、谷底へ身を躍らせた。
 次の瞬間、鬼は梵天(ブラフマー)に姿を変え、その正体を現して手のひらに童子の体を受け止め、童子の行いをほめたたえたという。

 この鬼を装った梵天の教えの偈の意味は、現代日本語では以下になる。

雪山童子の偈
(心炎の私訳)

諸々の行は常無きものにして
(あらゆる現象は常無く変化をとめることはない)
 
是れ生じ滅するは法なり
(このような現れては消え、消えては現れるように見える森羅万象の現象は仏の普遍の法則に従っている)

生じ滅するを滅し終われば
(生じた滅びた、現れた消えたという目に見える現象へのとらわれを、すっかりなくしてしまえば)

寂滅をもって楽と為さん
(永遠の静けさを楽しみと為す境地に達して、二度と元に戻ることはなく、この世に生まれかわることもない)

心炎注:「生滅」の「滅」は、「本当は変化するだけなのに消滅したかのように見えて心にとらわれとなる現象」をいう。
「滅已」と「寂滅」の「滅」は、煩悩を滅ぼして二度とかき乱されることがないという意味。「寂」は、そうして初めて味わえる永遠の静けさを意味し、「為楽」はそれを楽しめるようになるの意。「滅已」の「滅」も、逆行したり元に戻ったりしない、完全な止滅をいう)

「永遠の静けさ」という訳語が、座禅中に思い浮かんだ瞬間、それこそが私の求めてきたものだったと気づいた。
 本当に私が欲しかったのは、それだったのだと、座禅しながら感きわまり嗚咽してしまった。

「永遠の静けさ」とは「永遠の安らぎ」「永遠の喜び」をも意味し、それは「肉体は死んでも魂は不死である」という意味での「永遠の命」をも暗黙の前提として包含する。

 物質的刺激や自我の刺激を離れて、より霊的な平安の世界を求めている自分の深奥の心を発見し、そこに落ち着こうとすることが大事なのだと、改めて気づかせてもらった瞬間だった。

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# by ecdysis | 2018-07-11 22:43 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)
 最近、やっと言葉になったのだが、よくアルコール依存症者は孤独だといわれる。

 その理由が、はっきりわかった。これは、ほかのアディクションや共依存症の人も同じだと思う。

 お酒をやめて、私自身が自助団体で、少しずつ回復をもらってきたおかげで、15年がかりで明確になったことがある。
 それは、飲酒していたころ、私は孤独であったということだ。外面的には、そうは見えなくとも、原家族のことで悩み事が絶えず、経済的にも不安定さがひどかったし、なにより本当の意味での「相談相手」がいなかった。

 お酒をやめて、友人ができて初めてわかった。私には酒を飲みながら、心から相談できる相手も、悩みを打ち明けて共感できる相手もいなかった。もちろん、善意と好意と愛情をよせてくれる友人たちはいたが、その人たちは依存症者ではなかった。自分の病的な心について共感できる相手がいなかった。

 たとえば、自分の書いた本を出版して印税が入ってファンがつくなど、世俗的な成功や高評価を得ているところがあっても、その孤独と不安はなくならなかった。

 世俗的な名声や評価は、自己評価の低さという病的な心を一時は癒してくれるものの、根底の部分では安心には結びつかない。それは、あるがままの自分を受け入れてもらっているわけではないからだ。

 ひとことでいえば「いざとなったときに心おきなく相談できる相手」「愚痴をこぼせる対等な会話の成立する相手」を持たない限り、どんなに地位や名声や財産があっても、その人は孤独なのだ。

 テレビやマスコミで大スターと呼ばれた人たちが、酒や麻薬が原因で死んでいくのは、そのせいだとわかった。
 著名人になるということは、優越感や有力感を得られて良いように思えるが、それはいつ終わるかわからない不安定なものだ。人気商売はかっこ悪いところは見せられない。その見せられないところを見せてもよい相手がいるかいないかで、孤独地獄に苦しむかどうかが決まる。

 依存症でない人でも、なんでも話せる家族や友人知己を、何かのきっかけでなくして、うつ病になる人は多い。人はとにかく対等に話したり愚痴をいいあったり遊んだりする相手が必要なのだ。

 なぜなら、血のつながりの有無を問わず、それこそが「家族」だからだ。情緒的な意味での「家族・親戚」をもっていなければ誰でも孤独になる。家族のいない子供は「孤児」という。現実に肉親がいても、情緒的に安心してかかわれなければ、その人は情緒的に「孤児」である。育った家がアルコホーリクと精神疾患の家系である私もそうだった。

 対等に話のできる習慣をつけると、相手との相性にもよるが、私のような50歳代の男でも、こちらが偉ぶったり大人らしくふるまわなければという虚栄心を持たなければ、小学生と友達になることだってできるのだ。

 そして、「上下関係なく対等に語り合う相手」「隠したり恥ずかしがったりせずに相談できる相手」を得られなくするのが「高慢さ」なのだということもわかってきた。

「おれさま・あたくしさまは偉い。私は正しい。みんな従え」という、うぬぼれと尊大さが心にあるかぎり、情緒的家族はいつまで経ってもできはしない。こんな高慢さによって、自分のまわりの人すべてが、気軽に悩みや愚痴をうちあけられない「他人ばかり」になったら、だれが孤独にならずにいられよう。著名人たちが、カルト宗教や占い師や霊能者などにいれあげてマスコミに取沙汰されるのも、すべて「相談相手のいない孤独」が原因とみてよい。

 もちろん、「高慢さ」は劣等感と自己評価の低さの裏返しではある。「大物ぶりたい」「称賛されたい」という「欲望」と、「低くみられたくない」「傷つけられたくない」という「恐れ」が原因で、無自覚のうちに「高慢さ」を身に着けてしまうのだ。

 世俗的に成功しようとそうでなかろうと、変わらずに対等にかかわれる友人・家族がいる人こそ幸福な人だと断言できる。
 たとえ、王様や大統領になれたとしても、国民が心服し支持しなければ、彼は裸の王様に過ぎない。
「裸の王様」・・・なんと寂しい寒い孤独な言葉であろうか。

 私たちは、大勢の人々の一部であり、全体に支えられて生かされている一部にすぎない。すなわち、人類76億人のうちの1人でしかないが、そういう私もかけがえのない76億分の一だと信じよう。

 そのことに気づかない、あるいは気づこうとしない、信じない、信じようとしない人たちが、孤独な人たちなのだ。

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# by ecdysis | 2018-06-07 01:16 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)
 パワハラ・モラハラ・セクハラが、マスコミを通じて政治家やスポーツ選手の世界でかまびすしいが、それらを他人事だとは思っていない。

 なぜなら、そこに横たわる加害者側の精神は一様に「おごり・高慢・たかぶり」に侵されているからだ。

 もし、自分が加害者たちと同じ立場と境遇に置かれたら、同じことをしないとは断言できないし、未遂だったとしても心に誘惑や欲望を感じないでいられるという人がどれだけいるだろうか。私は、「そんなことはしないし、思いもしないはずだ」とは、とても断言できない。

「おごり・たかぶり」の問題は、私にとって小学校四年生ごろから発現していたからだ。

 以前、ブログで父の起こした刑事事件について、同級生にののしられて、ひどく傷ついたことを書いたが、そのののしりを誘発したのは、実は私のたかぶりだった。

 小学校四年のときに、学校で映画教室があって集会室に暗幕を張り、アニメか何かの映画を上映した。
 その休憩時間に、さほど仲のよいわけでもない同級生で元気のいいリーダー格のS君が、窓際の椅子に腕組みして偉そうに座っていた。
 それを見て、私はなんだか、むらむらとちょっかいを出したい衝動に襲われた。なぜ、そんな気持ちになったのか、いまだにわからないが、突然に前ぶれもなく衝動に駆られた。S君がふだんいばっているのが気に食わない気持ちもわいたし、ねたましくもあったので、つい意地悪をしてやろうと衝動につかれた。
 それで、普段は決してやりたいとも思わないようなことをやった。
 椅子に座って腕組みしていたS君の頭を上から右手でつかみ「おっす!」と声をかけた。
 S君は驚き、ついで上目遣いににらみ「なにすんだ、てめー」と怒り、続いて「おまえのオヤジきちがいオヤジ!」というトラウマとなった罵り言葉が飛び出したのだ。

 もちろん、私が普段やらないようなことを、なぜその瞬間だけやる気になったのか、明快にはわからないが、当時は私自身、それまであまり目立たない子供だったのが、成績がよくなってだんだん人気者になってきていたので、そのおごりや高ぶりが、そうさせたのだと思う。父母も祖父母も、父方は子供のそういった社交性における問題点を指摘したり叱ったりできる状況にはなかった。私のおごりと高ぶりは、母方の祖父母に預けられるまで野放しだった。

 もうひとつの高ぶりは、中学3年のときに起こった。当時、わけもわからず生徒会の会長に選出されたが、苦しくて辛くて仕方なかった。それなのに、アルコール依存症の父母はもちろん、生徒会顧問の教諭にも担任にも、だれにも相談せず打ち明けもしないのだから苦しいのは当然だった。

 ACの特徴の「話さない、信じない、感じない」少年になっていた。怒り、悲しみ、恨み、憎しみ、嫉妬など、あらゆるネガティブな感情を「あってはならない」ものとして「否認」して生きるようになり、高校時代には、どんどん心が硬化して冷酷になっていった。

 その前段階だったのだろう。中学三年生だった私は、ある日、生徒会の何かの会議で、参加者が少ないことにいらだち放送室にとびこみ、全校マイクで各クラスの委員たちによびかけた。
「これから○○委員会を開きます。委員はただちに生徒会質に集まりなさい!」
 われながら教師のような嫌な上から目線の言い方だと心が痛んだが、口をついてでたのはそのような命令だった。後から、その放送をきいた仲のいいクラスメートから「あの言い方はまずい。あんな言い方はすべきじゃなかった」とたしなめられたが、その通りだと思った。

 なぜあのとき、あんな高ぶった言い方をしたのか、はっきりとはわからない。しかし、今思えば、自分の中にためこまれたストレスと孤独感と悪感情が表にでたのだろうと思える。

 抑鬱を自覚しはじめた高校一年になる前に、すでに私は十二分にACとしての症状を発生させていたのだ。

 当時の苦悩と悲痛さと孤独感を思うといたたまれない気持ちになる。今、当時の私と同じ精神状態にある少年少女たちが目の前にいたら、「私はきみたちの味方だ、きみたちの苦しみがわがことのようにわかる」と教えてあげたい位だ。

 この内なる中学生の自分こそ、もっとしっかりと癒して救われるべき心なのだと、ようやく見えてきた。

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# by ecdysis | 2018-06-04 21:41 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

母の願いから離れる

 母の日が過ぎたばかりだが、亡くなって12年になる母が、私に望み実現を願ったことが、私にとっては大きな呪縛であったことが、仏典や曹洞宗の書物を読むことでわかってきた。

 中学が最終学歴で、父もそうだが、家が貧乏だったために高校に行くのを泣く泣くあきらめた母だったから、願望や期待はいたって世俗的なものだった。
 両親とも私を大学まで入れてくれたのは、そういう自分たちの想いがあったからだと、ありがたいと言葉にするのも簡単すぎる、胸にしみいる気持ちが起こる。飲酒問題の自助団体で知り合った、やはり中卒の先輩が、「あなたは大学まで入れてもらってうらやましいよ」と語っていた意味がわかってくる。

 私は、昭和三十年代の半ば生まれだから、高度経済成長のとばくちで、父母から叔父たちも似たような環境で、たいがいが集団就職したという苦労話をきかされて育った。大衆も大衆、高度経済成長を支えた無数の中学卒業の人たちの子弟として私は育った。
 三十年代当時、高校生活を歌った流行歌がいくつか大ヒットしていたが、地方の高校への進学率は低く、貧しい家庭が多かったので、歌のような青春を謳歌できる人は、現在では想像もつかないほど少なかった。その意味で、高校生活が憧れの青春のシンボルとして大ヒットした時代は、逆にそのような青春を送れない人たちがいかに多かったかを裏書きする。

 そういう大衆の一人だった母が、私に願ったものも実に大衆的なものだったし、学歴にかかわらずたいていの人々が、求めることに何の抵抗ももたない事柄を、私にも当然求めた。
 ひとことでいえば「地位・名誉・財産」である。人から称賛される名誉と地位を私が得ることを、母は夢見るように望んだ。
 私が人前に出して恥ずかしくない妻を持ち、安定した職業につき、健康な孫をなすことを、母は自分の人生の最終目標として私に望み期待し続けた。これは、世俗的にはまったく非難されるところのない願いであるし、私もそれを実現したいと痛切に願ってきた。

 しかし、基本的に生家がひどいアルコール依存症の家系だったことが、大きな災いの原因となった。

 母の人生も、私の半生も、自分自身のことよりも「家・家族」をなんとかしようという意欲についやされた。

 健康な意味での「自分」を喪失した状況で人生が進んでいったのだ。

 目の前の家族や親族の問題で忙しく、自分を振り返ることができない。自分がなにもので、どこからきて、どこへいくのか、死んだらどうなるのか。そういった根本問題についても、通俗的なテレビの特集程度の認識しかなかった。そういう人たちは、母に限らず非常に多いだろうと思う。

 人生の根本問題に気づいて知ろうとする人は、いつの時代も少数派だ。自助団体の回復のための基本理念も、つきつめれば人生の根本問題とその回答に至る道筋を明示しているが、そのことに気づく人はもっと少ない。酒や薬物やギャンブルや依存行為が止まったら、それでOKというわけにはいかない。その先にある「生き方の病」に気づいて「精神的・霊的に成長する」ことが必要となる。

 聖書はもちろん、仏典も神道も、いわゆる「回復のプログラム(12のステップと12の伝長)」と矛盾するものではない。むしろエッセンスといってもいい。修行法は、各宗教で異なるが、どれも手抜きはよろしくない。回復のプログラムもその通りで、やらないままでいいというステップはない。自分に都合のいいところだけですまそうという怠慢は、実は高慢の変化した感情である。自分の問題点や欠点の否認と見て見ぬふりは、大きなおできを抱えて生きているようなものだ。文字通り腫物にさわるように避けてはいても、いつかはひどい痛みとともに膿を出さねばならない。おできのできている証拠は、孤独感の苦しみである。

 こうした心と霊的領域の勉強に、この年になって取り組めるようになったことを、目に見えない大いなる力である神に、祖先たちに、世界中の賢人聖者に感謝せずにはいられない。そして、私のこの学びが、亡き母にも弟にも祖父母にも、霊前への供養となると信じている。
 また、このような姿勢は、古代から日本人の民衆に伝承された「世のため人のため、社会のために善事(陰徳積善)を為すことが最高の先祖供養と罪滅ぼし」という伝統にも合致する。

 もはや、父母兄弟姉妹・親戚たちが信じている世俗的な、「この現世でさえ楽に生きられれば、都合よく生きられれば」という欲望にそった生き方は、私にはできない。私が、このような生き方に変化した原因は、私の意志というよりは、私の現住所と出生地の神社の神様のみそなわすところであり、また母や弟や祖父母だけでなく、世俗的に無我夢中で生きざるをえなかった先祖代々の祖霊たちの、目に見えない世界からの集団的な願いが、深く関与していると思わざるを得ない。

 彼らが生前にやりたくてもできなかったこと、学びたくても学べなかったことを、あの世から私に託していると思わざるをえない。
 昔から仏教の世界では「一人、出家すれば、七代前までの祖先が救われる」といわれている。その伝承が、どうやら本当のことをいっているのではないかと、しきりに思われる。

 母や母方の祖父の死因となった糖尿病に私も罹患し、先月より薬をのみはじめている。
 すでに「老・病」の段階に入り、あと残りどれだけ生きられるかという考え方に、私も視野を改めている。
「いかに生きるか」よりも「いかに死ぬか」という方に、自分の思考のウェイトが大きくなってくる。

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# by ecdysis | 2018-05-17 21:33 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)
 たぶん、アダルトチャイルドどうしの男女や友人たちは、その心の奥にいる泣いている子供、おびえている子供、パニックになっている子供の気持ちでつながっている。

 皇帝ペンギンの雛たちは、親たちが海まで何週間も餌をとりに出かけている間、おしくらまんじゅう状態で密集の群れをつくる。厳寒の中で雛たちは、密集団の内側から外側へ渦状に順繰りに移動し、もっとも外側で一番寒い状態をひとまわり受け持つと、内側にまた巻き込まれて中心に向かう。この絶え間ない渦巻き運動によって維持される雛の密集団を「クレイシ」という。

 この親のいない状態での雛たちの自衛共存のための「クレイシ」を思うたびに、私は各種の自助団体を連想する。

 雛たちが親鳥の帰還を空腹と寒さに耐えて待つように、自助団体のメンバーも愛の飢餓と心の寒さに耐えて、ハイヤーパワーが自分のところに「帰還」してくるのを待っている。

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# by ecdysis | 2018-04-28 00:23 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

無常の詩(うた)

無常の詩

私はこの人生において知った。
愛するものも愛されるものも消え去ることを。
愛さないものも愛されないものも消え去ることを。
愛したものも愛されたものも消え去ることを。
愛さなかったものも愛されなかったものも消え去ることを。
好きなものも嫌いなものも消え去る。
甘いものも苦いものも消え去る。
加害者も被害者も消え去る。
善人も悪人も消え去る。

およそ生じたもので滅せぬものはなく、現れたもので消えないものはない。
すべては変化し移りゆき、永遠に安定したもの固定したもの不動のものは何ひとつない。
万物流転の変動変遷のうちに変わらぬものは、
ただ森羅万象の無常の法則とおのれの行いの報いはおのれが得るという因果の法則のみ。

人類がいようといまいと大地は地震に震え、
海は波打ち川は流れ雨雪は降り、
火山は火を噴き野火と山火事に草木は燃え、
風は吹きわたり台風も竜巻も回転して荒れ狂い、
日月は変わらず天にあり、
晴れた日の空は青い。

人間がこの地上に一人もいなくなったとしても、大自然の営みは何も変わらない。
私がいてもいなくても、
あの人がいてもいなくても、
彼ら彼女らがいてもいなくても、
山河海陸気候天文の現象にはいっさい関係ないのである。

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# by ecdysis | 2018-04-07 22:01 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)
 以前、私の家庭願望は、マッチ売りの少女が売り物のマッチをすってその炎のあがる間だけ見える幻影のようなものだと、このブログにも書いた。その原因が、酔っ払った母親の妄想の言葉を真に受けたせいであったこともわかった。

 その母の妄想を基準にしていたがために、私は悲惨な地獄のような家庭環境を、自分の努力で天国に変えようと生きる目標にした。 18歳のその決意は、その後の恋愛や結婚についての考え方に、夢想癖に等しい非現実性を与えることになった。 まさに実在しない蜃気楼のオアシスを実在すると信じて歩き出してしまった。

 だからこそ、カルト宗教の地上天国・ユートピアを実現するという教義にひきつけられたのだし、自分の家庭を小天国にすれば、やがては全家庭も天国になって、全世界が地上天国になるという空想を実現可能だと思い込んだ。
 そのくせ、いつまでたっても実現できなかったし、むしろどんどん遠ざかってゆき、事態は悪くなることはあってもよくなることはなかった。

 今にして思えば、発端から目標まで、すべて空想妄想だったのだから、当然である。
 だが、それを空想妄想と思わないできたことが、私の失敗というか不明というか試練というか、とにかく現実・事実・真実に至らせない自家製障壁となった。 しかし、それもぜんぶムダだった。ムダだったという気づきが得られた以外は、みなムダな苦労だった。

 ユートピアという言葉は、16世紀の英国の思想家トマス・モアの著書に出てくる虚構の国家名だが、そのもとはギリシャ語の「ウ・トポス」すなわち「無の場所」ひらたくいえば「どこにもない場所」ということになる。

 なんたることだろうか。虚偽というものは百万回繰り返しても、真実を一粒も生み出さない。塩を百万回なめても決して砂糖にはならない。
 最初から最期まで、私の家庭願望は、アニメやドラマの世界、空想と妄想の中にしかない「どこにも無い場所」の虚構でしかなかった。
 さあ、茫然とするが涙を流す気にもなれない。洟をかんで欠伸をして背伸びをしてうなだれて「は~ぁ」とためいきついて、これからどうしたらいいか考える、一個のおじさんの姿をしたアダルトチャイルドになるのだ。


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# by ecdysis | 2018-04-01 00:27 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)
 繰り返しになるが、私は中学2年の頃から、45年もの間、酔った母のひとこと、「サザエさんやホームドラマのような家庭をつくりたい」という妄想を、実在するものと信じて生きてきてしまった。偽りを真実と思い込んで生きてきたのだから、実のある幸せなど手に入るわけがなかったのだ。

 これが、どんなにおかしなことだったか、別の表現もできると思いついた。

 『サザエさん』ではないが『天才バカボン』のアニメでたとえれば、もっとその変さがわかると思う。

 私は二十歳代から『天才バカボン』大好き人間で、マンガもアニメも、なかばマニアックに見てきた。なので、ハジメちゃん同様の天才神童だったバカボンパパが、どうして今のようなタリラリランなひとになったのか。どうしてママと結婚できたのか。ホンカンさんは東大卒の超エリート警察官僚になるはずが、どうして今のような下品でいい加減なおまわりさんになってしまったのか。レレレのおじさんは、なぜいつもホーキで掃いているのか。私は、みーんな知っているのだ。

 作者の故・赤塚不二夫さんはアルコール中毒者で有名だったが、バカボンパパの名セリフ「これでいいのだ」は、中年になってからは、何事がおこっても大肯定できる悟りの境地のシンボルとして、私の中で不動の地位を占めている。

 その『天才バカボン』のアニメの次回予告で、私がよくみていたシリーズでは、バカボンパパの声優さんが「来週も見ないやつは死刑なのだ」とか「見ないと逮捕なのだ」と視聴者にアピールしていた。

「次週も見ないと逮捕・死刑」などもちろんきついジョークで宣伝文句に決まっているが、もしこれを額面通りに受け取って、本気で「来週も見ないと法的に重罪になる」と信じた視聴者がいたとしたら、どうであろうか? 毎週、バカボンの放送回には番組を見るようにスケジュールを組み、どうしてもだめなときは録画して視聴し、それが事実である証明書を発行してもらわねばと考える。どうしても見ることができなければ、死刑になるから逃亡するか、いさぎよく自首するしかない。あるいは、弁護士を立てて法廷で争わねばと、もろもろの強迫的行動を日常化させねばならなくなる。

『サザエさん』を実在の家庭と信じた私は、バカボンパパの次週予告を本気にする、この気の毒な視聴者とまったく同類で、笑うことなどできないのである。

 書いていて気づいたが、いわゆる「強迫観念」「強迫行動」は、かなりの程度「虚偽を事実と信じこんでいる」ことが原因なのではないかと思う。実現できないことを実現できると思い込んで行動すると、どうしても「ねばならない」思考が病的に進行するようだ。

 私の場合は、「恋愛せねばならない」「結婚せねばならない」「子供をつくって母親に抱かせねばならない」などなど、普通はなりゆきにまかせて自然にそうなっていくことも、すべて「そうあらねばならない」という義務的な強迫観念に裏打ちされていたとわかる。
 それは、「信じた目標の完璧な実現」にとらわれているために、些細な落ち度や不完全さも見逃せず、わずかなキズでも目標を頓挫させる恐るべき過失に感じられてしまうのだ。

 ありえない状態を、ありえる状態と信じて生きるということは、かくも苦しくかくも切なくかくも不毛なものだと言わざるをえない。

 そして、事実ではないことを事実と思い込んで、精神的に野垂れ死に寸前までいった私は、今朝、久しぶりに手に取った原始仏典の釈迦の言葉に愕然とさせられ、胸がつまった。

「まことではないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことではないと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実(まこと※)に達しない。
 まことであるものを、まことであると見なし、まことではないものを、まことではないと見なす人は、正しき思いに従って、ついに真実(まこと※)に達する。」(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元/岩波文庫所収:「真理のことば(ダンマパダ)」第1章 第11~12節)
 [※心炎注:この「真実」とは「仏の法」「悟り」を意味する]

 般若心経の「遠離一切顛倒夢想(おんりいっさいてんどうむそう)」も思い起こされる。
「顛倒」とは「ひっくりかえっていること」を意味する。
 虚構を現実と見なすほど「ひっくりかえった」事柄もあるまい。
 痛切きわまる想いと共に涙が出そうになる。
 私は、そうして45年間を顛倒夢想の中に生きてきたのである。

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# by ecdysis | 2018-03-28 20:12 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)
 私がひどいACとして生きざるをえなくなった証拠は、原家族との関係が不健全であったことと、自分が継続的に親密な男女関係を維持できずに結婚にすら至れなかったことであると、これまで何度も書いてきた。
 私が、「結婚」というものにとらわれて執着し、それが実現できないことに罪悪感を抱いてうつ病になったのは、母親ゆえであったことも書いてきた。それが、特に「恋愛結婚でなければならない」という思い込みをともなったもので、私が中学生のときにアルコール依存に陥った母が繰り返していた呪縛だったことも書いた。

 だが、最近、当時、夕食のあとに酔った母がためいきとともに、次のようにいっていたことを思い出した。

「わたしは、『サザエさん』やホームドラマのような家庭をつくりたいんだ」

 実は、この言葉こそが、その後の私の恋愛観や結婚観に、深刻な誤りをもたらしAC性を悪化させていったのだと、最近、やっと得心した。
 キリストの言葉に触れる五年も前に、この母の言葉が私の心に植え付けられ、信じ込んだために、その後の人生に詐欺や偽りとの出会いが、より招来されやすくなったのだと、やっとわかった。

『サザエさん』は、漫画・アニメであり、ホームドラマもTVの中の脚本にもとづく劇であり、どちらも「フィクション」だ。
 今でこそ、「フィクションで現実ではない」「読者・視聴者の願望を代弁して人気を博した虚構」と言い切ることができる。
 だが、まだ世間知らずの中学生で、母親の希望を叶えることだけを自分の使命と思い込んでいた少年にとって、彼女の一言は重大なミッションと受け止めるほかなかった。今なら、酔った母の気晴らしの言葉だったといえるが、当時はそんなことまで思い及ばない。アルコール依存症者の酔った上での一言は、幼い家族がいる家庭ではきわめて重大なのだ。

 私の弟も、弟が小学生の頃、酔っぱらった父親が「人を殺して肉を食ってみたい」といったのを信じ込み、いつか自分は父親に殺されて肉を食われるにちがいないと恐怖感を抱いた。それ以降、弟は父親を恐れ憎むようになり、いつか父親に殺されるという妄想を肥大させ、アルコール依存になり、父親と酔って喧嘩を繰り返しながら三十三歳で死んでしまった。
 私も酔って弟を傷つけるようなことを言ったり、喧嘩して蹴りを入れたりしたこともあるので、アルコール依存者は、家族を傷つけないためには酒をやめるしかないと思う。

 酔って覚えていない自分の暴言で、家族が傷ついてどれだけ恨み憎んでいるか。そこに自覚のないアルコール依存症者が、断酒できたからといって簡単に埋め合わせできるわけがないということが、私の家族の例だけでも証明される。

 それはさておき、酔った母親のひとことを信じた私は、それをどう受け止めたか。
 簡単にいうと「そうでなければならない」と思い込んでしまったのだ。虚構であるものを、そうとは思わず「現実化すべき目標」とみなしてしまった。それは、今にして思えば、蜃気楼のオアシスを実在すると信じて砂漠に歩みだすような愚行であった。

 緑と水の豊かなオアシスにきっとたどり着けると思いきや、いつまでたっても近づかない。中学以来、四十五年もさまよい続け渇き続けて、やっと得た結論が「オアシスは幻影であり実在しないものだった」。愕然とする結論である。酔っ払いの一言に重大な罪ありである。
 いつまでも眼前に浮かび続けるオアシスの幻影を実在と信じ、それが見えるがためにこそ、辛い渇きの砂漠も歩いて来られた。
 しかし、もうだめだ。もう偽りを目標とすることはできない。

 偽りのオアシス像を信じ込んでいた人間だったからこそ、詐欺師やだます者たちが、腐ったものに蠅がたかるようにやってきたのだ。
 私が信じ込んできた「偽りの生き方」の腐臭に引き寄せられて、偽り者たちがまわりに集まった。
 それこそが、私の人生に最初に現れた真理真実らしきものが虚偽・偽善・詐欺だった理由である。

 詐欺師は、人の欲望という弱点をつくのが得意だから、私も母の願いをかなえんとする欲望につけこまれた

 人生最初のまっとうな規範は旧新約聖書であったけれども、私の規範探しは、神道・国学へと広がり、仏教・儒教・道教へと学びの対象を広げ続けている。それらを長年にわたって学んで自助会にも通って、これまでの経験と知識と洞察力を総合的に動員して自己省察した結果、やっと「母の一言に縛られた自分の生き方」に気づくことができた。

 だが、この気づきは、私の力によるものではない。神々の導きと偉大な先達の教えと、かかわってくれた多くの老若男女の友人知己たちのお陰である。自分の生き方に変化が生じるような大きな気づきを、自力独力で得ることなど誰にもできはしない。気づきの天使が心のドアをたたいてくれる音に気づくまで、霊的難聴に陥っている私たちは、だれしも実に多くの条件と積み重ねが必要なのだ。

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# by ecdysis | 2018-03-27 02:09 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)