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虚空に絶望のためいきを 太陽に希望の叫びを(AC-アダルトチルドレンのブログ)

無常の詩(うた)

無常の詩

私はこの人生において知った。
愛するものも愛されるものも消え去ることを。
愛さないものも愛されないものも消え去ることを。
愛したものも愛されたものも消え去ることを。
愛さなかったものも愛されなかったものも消え去ることを。
好きなものも嫌いなものも消え去る。
甘いものも苦いものも消え去る。
加害者も被害者も消え去る。
善人も悪人も消え去る。

およそ生じたもので滅せぬものはなく、現れたもので消えないものはない。
すべては変化し移りゆき、永遠に安定したもの固定したもの不動のものは何ひとつない。
万物流転の変動変遷のうちに変わらぬものは、
ただ森羅万象の無常の法則とおのれの行いの報いはおのれが得るという因果の法則のみ。

人類がいようといまいと大地は地震に震え、
海は波打ち川は流れ雨雪は降り、
火山は火を噴き野火と山火事に草木は燃え、
風は吹きわたり台風も竜巻も回転して荒れ狂い、
日月は変わらず天にあり、
晴れた日の空は青い。

人間がこの地上に一人もいなくなったとしても、大自然の営みは何も変わらない。
私がいてもいなくても、
あの人がいてもいなくても、
彼ら彼女らがいてもいなくても、
山河海陸気候天文の現象にはいっさい関係ないのである。

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# by ecdysis | 2018-04-07 22:01 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

 以前、私の家庭願望は、マッチ売りの少女が売り物のマッチをすってその炎のあがる間だけ見える幻影のようなものだと、このブログにも書いた。その原因が、酔っ払った母親の妄想の言葉を真に受けたせいであったこともわかった。

 その母の妄想を基準にしていたがために、私は悲惨な地獄のような家庭環境を、自分の努力で天国に変えようと生きる目標にした。 18歳のその決意は、その後の恋愛や結婚についての考え方に、夢想癖に等しい非現実性を与えることになった。 まさに実在しない蜃気楼のオアシスを実在すると信じて歩き出してしまった。

 だからこそ、カルト宗教の地上天国・ユートピアを実現するという教義にひきつけられたのだし、自分の家庭を小天国にすれば、やがては全家庭も天国になって、全世界が地上天国になるという空想を実現可能だと思い込んだ。
 そのくせ、いつまでたっても実現できなかったし、むしろどんどん遠ざかってゆき、事態は悪くなることはあってもよくなることはなかった。

 今にして思えば、発端から目標まで、すべて空想妄想だったのだから、当然である。
 だが、それを空想妄想と思わないできたことが、私の失敗というか不明というか試練というか、とにかく現実・事実・真実に至らせない自家製障壁となった。 しかし、それもぜんぶムダだった。ムダだったという気づきが得られた以外は、みなムダな苦労だった。

 ユートピアという言葉は、16世紀の英国の思想家トマス・モアの著書に出てくる虚構の国家名だが、そのもとはギリシャ語の「ウ・トポス」すなわち「無の場所」ひらたくいえば「どこにもない場所」ということになる。

 なんたることだろうか。虚偽というものは百万回繰り返しても、真実を一粒も生み出さない。塩を百万回なめても決して砂糖にはならない。
 最初から最期まで、私の家庭願望は、アニメやドラマの世界、空想と妄想の中にしかない「どこにも無い場所」の虚構でしかなかった。
 さあ、茫然とするが涙を流す気にもなれない。洟をかんで欠伸をして背伸びをしてうなだれて「は~ぁ」とためいきついて、これからどうしたらいいか考える、一個のおじさんの姿をしたアダルトチャイルドになるのだ。


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# by ecdysis | 2018-04-01 00:27 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

 繰り返しになるが、私は中学2年の頃から、45年もの間、酔った母のひとこと、「サザエさんやホームドラマのような家庭をつくりたい」という妄想を、実在するものと信じて生きてきてしまった。偽りを真実と思い込んで生きてきたのだから、実のある幸せなど手に入るわけがなかったのだ。

 これが、どんなにおかしなことだったか、別の表現もできると思いついた。

 『サザエさん』ではないが『天才バカボン』のアニメでたとえれば、もっとその変さがわかると思う。

 私は二十歳代から『天才バカボン』大好き人間で、マンガもアニメも、なかばマニアックに見てきた。なので、ハジメちゃん同様の天才神童だったバカボンパパが、どうして今のようなタリラリランなひとになったのか。どうしてママと結婚できたのか。ホンカンさんは東大卒の超エリート警察官僚になるはずが、どうして今のような下品でいい加減なおまわりさんになってしまったのか。レレレのおじさんは、なぜいつもホーキで掃いているのか。私は、みーんな知っているのだ。

 作者の故・赤塚不二夫さんはアルコール中毒者で有名だったが、バカボンパパの名セリフ「これでいいのだ」は、中年になってからは、何事がおこっても大肯定できる悟りの境地のシンボルとして、私の中で不動の地位を占めている。

 その『天才バカボン』のアニメの次回予告で、私がよくみていたシリーズでは、バカボンパパの声優さんが「来週も見ないやつは死刑なのだ」とか「見ないと逮捕なのだ」と視聴者にアピールしていた。

「次週も見ないと逮捕・死刑」などもちろんきついジョークで宣伝文句に決まっているが、もしこれを額面通りに受け取って、本気で「来週も見ないと法的に重罪になる」と信じた視聴者がいたとしたら、どうであろうか? 毎週、バカボンの放送回には番組を見るようにスケジュールを組み、どうしてもだめなときは録画して視聴し、それが事実である証明書を発行してもらわねばと考える。どうしても見ることができなければ、死刑になるから逃亡するか、いさぎよく自首するしかない。あるいは、弁護士を立てて法廷で争わねばと、もろもろの強迫的行動を日常化させねばならなくなる。

『サザエさん』を実在の家庭と信じた私は、バカボンパパの次週予告を本気にする、この気の毒な視聴者とまったく同類で、笑うことなどできないのである。

 書いていて気づいたが、いわゆる「強迫観念」「強迫行動」は、かなりの程度「虚偽を事実と信じこんでいる」ことが原因なのではないかと思う。実現できないことを実現できると思い込んで行動すると、どうしても「ねばならない」思考が病的に進行するようだ。

 私の場合は、「恋愛せねばならない」「結婚せねばならない」「子供をつくって母親に抱かせねばならない」などなど、普通はなりゆきにまかせて自然にそうなっていくことも、すべて「そうあらねばならない」という義務的な強迫観念に裏打ちされていたとわかる。
 それは、「信じた目標の完璧な実現」にとらわれているために、些細な落ち度や不完全さも見逃せず、わずかなキズでも目標を頓挫させる恐るべき過失に感じられてしまうのだ。

 ありえない状態を、ありえる状態と信じて生きるということは、かくも苦しくかくも切なくかくも不毛なものだと言わざるをえない。

 そして、事実ではないことを事実と思い込んで、精神的に野垂れ死に寸前までいった私は、今朝、久しぶりに手に取った原始仏典の釈迦の言葉に愕然とさせられ、胸がつまった。

「まことではないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことではないと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実(まこと※)に達しない。
 まことであるものを、まことであると見なし、まことではないものを、まことではないと見なす人は、正しき思いに従って、ついに真実(まこと※)に達する。」(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元/岩波文庫所収:「真理のことば(ダンマパダ)」第1章 第11~12節)
 [※心炎注:この「真実」とは「仏の法」「悟り」を意味する]

 般若心経の「遠離一切顛倒夢想(おんりいっさいてんどうむそう)」も思い起こされる。
「顛倒」とは「ひっくりかえっていること」を意味する。
 虚構を現実と見なすほど「ひっくりかえった」事柄もあるまい。
 痛切きわまる想いと共に涙が出そうになる。
 私は、そうして45年間を顛倒夢想の中に生きてきたのである。

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# by ecdysis | 2018-03-28 20:12 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 私がひどいACとして生きざるをえなくなった証拠は、原家族との関係が不健全であったことと、自分が継続的に親密な男女関係を維持できずに結婚にすら至れなかったことであると、これまで何度も書いてきた。
 私が、「結婚」というものにとらわれて執着し、それが実現できないことに罪悪感を抱いてうつ病になったのは、母親ゆえであったことも書いてきた。それが、特に「恋愛結婚でなければならない」という思い込みをともなったもので、私が中学生のときにアルコール依存に陥った母が繰り返していた呪縛だったことも書いた。

 だが、最近、当時、夕食のあとに酔った母がためいきとともに、次のようにいっていたことを思い出した。

「わたしは、『サザエさん』やホームドラマのような家庭をつくりたいんだ」

 実は、この言葉こそが、その後の私の恋愛観や結婚観に、深刻な誤りをもたらしAC性を悪化させていったのだと、最近、やっと得心した。
 キリストの言葉に触れる五年も前に、この母の言葉が私の心に植え付けられ、信じ込んだために、その後の人生に詐欺や偽りとの出会いが、より招来されやすくなったのだと、やっとわかった。

『サザエさん』は、漫画・アニメであり、ホームドラマもTVの中の脚本にもとづく劇であり、どちらも「フィクション」だ。
 今でこそ、「フィクションで現実ではない」「読者・視聴者の願望を代弁して人気を博した虚構」と言い切ることができる。
 だが、まだ世間知らずの中学生で、母親の希望を叶えることだけを自分の使命と思い込んでいた少年にとって、彼女の一言は重大なミッションと受け止めるほかなかった。今なら、酔った母の気晴らしの言葉だったといえるが、当時はそんなことまで思い及ばない。アルコール依存症者の酔った上での一言は、幼い家族がいる家庭ではきわめて重大なのだ。

 私の弟も、弟が小学生の頃、酔っぱらった父親が「人を殺して肉を食ってみたい」といったのを信じ込み、いつか自分は父親に殺されて肉を食われるにちがいないと恐怖感を抱いた。それ以降、弟は父親を恐れ憎むようになり、いつか父親に殺されるという妄想を肥大させ、アルコール依存になり、父親と酔って喧嘩を繰り返しながら三十三歳で死んでしまった。
 私も酔って弟を傷つけるようなことを言ったり、喧嘩して蹴りを入れたりしたこともあるので、アルコール依存者は、家族を傷つけないためには酒をやめるしかないと思う。

 酔って覚えていない自分の暴言で、家族が傷ついてどれだけ恨み憎んでいるか。そこに自覚のないアルコール依存症者が、断酒できたからといって簡単に埋め合わせできるわけがないということが、私の家族の例だけでも証明される。

 それはさておき、酔った母親のひとことを信じた私は、それをどう受け止めたか。
 簡単にいうと「そうでなければならない」と思い込んでしまったのだ。虚構であるものを、そうとは思わず「現実化すべき目標」とみなしてしまった。それは、今にして思えば、蜃気楼のオアシスを実在すると信じて砂漠に歩みだすような愚行であった。

 緑と水の豊かなオアシスにきっとたどり着けると思いきや、いつまでたっても近づかない。中学以来、四十五年もさまよい続け渇き続けて、やっと得た結論が「オアシスは幻影であり実在しないものだった」。愕然とする結論である。酔っ払いの一言に重大な罪ありである。
 いつまでも眼前に浮かび続けるオアシスの幻影を実在と信じ、それが見えるがためにこそ、辛い渇きの砂漠も歩いて来られた。
 しかし、もうだめだ。もう偽りを目標とすることはできない。

 偽りのオアシス像を信じ込んでいた人間だったからこそ、詐欺師やだます者たちが、腐ったものに蠅がたかるようにやってきたのだ。
 私が信じ込んできた「偽りの生き方」の腐臭に引き寄せられて、偽り者たちがまわりに集まった。
 それこそが、私の人生に最初に現れた真理真実らしきものが虚偽・偽善・詐欺だった理由である。

 詐欺師は、人の欲望という弱点をつくのが得意だから、私も母の願いをかなえんとする欲望につけこまれた

 人生最初のまっとうな規範は旧新約聖書であったけれども、私の規範探しは、神道・国学へと広がり、仏教・儒教・道教へと学びの対象を広げ続けている。それらを長年にわたって学んで自助会にも通って、これまでの経験と知識と洞察力を総合的に動員して自己省察した結果、やっと「母の一言に縛られた自分の生き方」に気づくことができた。

 だが、この気づきは、私の力によるものではない。神々の導きと偉大な先達の教えと、かかわってくれた多くの老若男女の友人知己たちのお陰である。自分の生き方に変化が生じるような大きな気づきを、自力独力で得ることなど誰にもできはしない。気づきの天使が心のドアをたたいてくれる音に気づくまで、霊的難聴に陥っている私たちは、だれしも実に多くの条件と積み重ねが必要なのだ。

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# by ecdysis | 2018-03-27 02:09 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 19歳の時に読んだカルト教祖の新書本全3巻の中で、たった一行、それについてだけは感謝できる文章があった。
 新書3冊の中で役立った言葉が一行しかないというのも驚くべき無駄本だと思うし、その一行もほかの宗教や道徳の本を読めば、どこにでも書いてあるようなことなので、その本の著者名の教祖が格別すぐれていたなどということでは決してない。
 それはともかく、私が衝撃を受けたのは「自分が生きているということと、生かされているということの間には大変な差がある」という一文だった。

 それを目にしたとき、「生かされている」という、これまで知らなかった自分のありようを、生まれて初めて知り心の何かが開けた気がした。

 それまで「自分は生きている」とばかり思っていた私にとって、「生かされている」という言葉は、世界が違ってみえるほどの新鮮な感動をもたらした。
 そして、自分は地獄に落ちる寸前のダメ人間と思っていた19歳の青年は、これも初めてのなにものかに包まれ抱かれるような大きな安堵を感じた。

「自分は生きている」と思っている間、私はずっと「生きねばならない」と肩肘張って身を固くして息をつめて生きていた。
 自分の人生は自分が中心で、自分が全責任を負い、幸不幸は自分の努力次第だと信じていたし、それ以外の発想はまったくなかった。
 ごちごちのごりごりの絶対自力思考だった。

 そこに初めて「受け身の立場である自分」の自覚が生じて、ほとんど瞬間的に、両親や祖父母や学校の教諭たちや給食のおばちゃんたちなど、自分を「食べさせてくれた人たち」がいることを洞察し、衣食住すべてにおいて、縫ったり調理したり建てたりする人たちがいて、日夜活動してくれているので、自分は生きていられるのだとわかった。

 視界と心を覆っていたカーテンのようなものが開かれたような気がした。

 なにもかも限りなく独力自力でやらねばならないと頭から思い込んでいた青年にとって、「自分はたくさんの人たちに生かされてきたし、今も生かされている」という自覚は、はかりしれない変化を心の中に起こした。
「生かされているという事実」の生まれて初めての認識は、孤独と恐れと緊張とでパニック寸前の眼玉ギョロギョロ状態だった私にとって、どれほどの安心感を与えてくれたことか。

 それは、その頃「自分のことしか考えていなかったエゴイスト」の自分を自覚したばかりでもあった私に、人間社会というものが自分という個人を支えてくれているだけでなく、お互いに支えあっているという事実をも認識させた。

 森羅万象によって自分は生かされているし、天地自然万物を生みなし育てる神に生かされているのだと思い至ったとき、私の中からパニック障害がみるみる離れていった。自分は、神という目に見えない大いなる存在に生かされているという言葉にならない感覚は、内面的に地獄の谷の崖上にいた私の恐怖感の深刻さをもごく短期間で消失させてしまった。

 その後、発作的に恐怖感が強まったりパニックになりそうなときは「自分は生かされている。生きているのではない。生かされている」と心に念じるだけで、不思議な安堵感がわいて落ち着けるようになった。

 当時、読み始めた新約聖書のキリストやパウロの言葉の影響が大きかったおかげもあり、「生かされている」と思うだけで、私は緊張と恐れに強く握りしめていた手を開き、肩の力がぬけ、森羅万象に支えられて助けられているような気になってほっとした。私を生かしている神と自然と人々は、決して私を殺すために活動しているのではなく、私をふくめたほかの人たちを生かすために活動していると信じられる。
「生かされている」という認識は「生かしている神」を認めて信じることにもつながった。

 今にして思えば、無自覚ながら「神の愛」を「生かされている」という事実の向こうに感じ取っていたのだとわかる。
 私にとって「生かされている」ということは「神に(あるいは目に見えない大いなる意志に)愛されている」ということだったのだ。
 言葉にこそならなかったが、「生かされている」=「愛されている」という感覚にほかならなかった。

 生かされているということは、愛されているということであり、愛されているということは「辛いことがあってもあきらめないで幸せになるんだよ」と慈悲深い励ましと見守りを頂いていることだった。
 生かされていると感じるとき、私は同時になにものかが、私に「幸せになってほしい」という親心をもって見守り、呼びかけてくださっているのを、どこかで感じていた。

 しかし、そういう重要な気づきの感覚があったのにもかかわらず、その後、私はカルト教祖にだまされたり性格改造セミナーに巻き込まれたり、アルコールへの依存が進んだり、原家族との共依存に四苦八苦したりと、幸せになりなさいと励まされていたのに、なぜかそれと遠ざかることばかりが続いた。
 生かしてくださっているはずの神が、なぜ私にカルトや詐欺師や偽りの教えなどにばかり出会わせるのか、さっぱりわけがわからなかった。

 この30年間というもの「人生で最初にぶつかったのが、なぜ詐欺やニセモノなどの偽りばかりなのか。なぜ、最初から正直で真実なものに出会えないのか」と、新約聖書のキリストの言葉との出会いもすっかり忘れて、ひそかに悩み続けてきた。
 キリストの言葉も、その後に出会った詐欺師どもにだまされるのを防いではくれなかったし、うつ病になったときも、さしものキリストの言葉も回復に効き目がないと逆恨みしたほどだった。
 そして、その悩みに最近、答えが与えられた。30年間の問いかけに明白な回答が与えられた。

 その回答は、きわめてAC的な原因によると判明したので、それについては次の投稿で改めて記したい。

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# by ecdysis | 2018-03-25 01:50 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

 18歳の私は、無知による反発と反逆で神に歯向かい、自他への破壊行為ばかりを志す、仏教でいえば阿修羅のごとき安らぎなき少年だった。ふりかえれば、それはまさに、聖書の一節にある次のような言葉に合致するものだった。

旧約聖書 「詩篇」第73章21節
「わたしは心が騒ぎ はらわたの裂ける思いがする。
 わたしは愚かで知識がなく あなた(神)に対して獣のようにふるまっていた」

 そして、19歳のとき祖母と世界と神への憎悪において底つきし、心が焼野原となった状態で、完全に降伏した。
 それによって、それまで神を否定して認めない、かたくなだった心が砕け、認めるようになった。
 すなわち、聖書的にいえば「霊が砕かれた」のだった。 

旧約聖書 「イザヤ書」66章2節
「わたし(神)が顧みるのは 苦しむ人、霊の砕かれた人。わたしの言葉におののく人。」

「霊が砕かれた」というのは、自助会の人たちの言葉でいえば「底つきした」という意味に当たる。
 聖書的な表現で出てくる「霊」とは、「神を意識し、神を認め、神の目にかなうものになろうとする心」というほどの意味あいだ。
 その「神」を「ハイヤーパワー」や、神道の「神々」や、仏教の「仏・仏性」といってもいいし、あるいは「アッラー」といってもかまわないだろう。各人種・民族によって「自分を超える偉大な力」の表現はさまざまなので、正統なものであればどう表現してもよいだろう。

 そんな「目に見えないものを信じる心=霊」が砕かれていなかった頃の私には、聖書で神や預言者やキリストが語られる言葉は、命令口調の偉そうな、上から目線の断定の言葉にしか感じられず、意味もわからなかった。「あんたにそんな風に命令される筋合いはない」というような反発しか感じなかった。しかし、19歳のときに霊が砕かれてから、私は聖書の中の神や預言者やキリストの言葉を素直に受け入れ、誤った反発なしに読めるようになった。それがはじまりで、ほかのさまざまな聖典類にも、いろんな神仏の命令というか教えや諭しが書いてあったが、どれも反発することなしに読めている。

 そういう「霊の砕かれた人」あるいは「目に見えない力を畏敬するようになった人」または「人知を超えた目に見えない大いなる存在に祈れるようになった人」を、「神がかえりみられる」というのは、心の不信のバリアを砕けば、神の光が自然にさしこんでくるということのたとえだろうと思える。

 すでに救いの手はさしのべられているのに、それを救いと認識できないのが、人の愚かさというもので、目をつぶっていながら「世界はまっくらで恐ろしい、歩けない」と叫んでいるようなものではなかろうか。自分が目を閉じているのに気づかないか、あるいは度の濃すぎるサングラスをかけているのに、気づかないでいるようなものだろう。それは、自分の盲目さに無自覚なことに由来する。

すでにそのことも、旧約聖書に載っていた。

「イザヤ書」第59章 1~2節
「主(神)の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。
むしろお前たち(人間)の悪が 神とお前たちとの間を隔て
お前たちの罪が神の御顔を隠させ
お前たちに耳を傾けられるのを妨げているのだ。」

 すでに救いは用意され、手はさしのべられ、導く声もかけ続けられている。
 それなのに、私は自分の自我の欲望や願望や幼稚な感情生活や、そうした目に見えるものだけを信じて、とらわれてこだわり続けることばかりしてきた。 それこそが、神の救いをみずから遠ざける「罪悪」というか「障害」なのだ。
 外はいいお天気なのに、自分は暗くて寒い部屋にひきこもって、暗いよ寒いよ怖いよといって、だれか温めてくれと泣いているようなものだった。

 それに気づくには、激痛をともなう経験を繰り返してやっと自覚するしかなかった。そして「自分はまだまだ真実が見えていないし、きわめてもいない」という謙虚な自己認識が不可欠だった。

 だからこそ、今自分が学んでいることで、「私はすでに知っているので、これ以上、学ぶ必要はない」といってはならないし、すでに知っていると思っても、その先に見落としたり見逃したり、意外な追加事項があったりするので、学ぶ機会を自ら拒否しない方がいい。私は宗教や教えの学習分野ではいつも、「知っている」という言葉を使うことを警戒する。「ほんとに知っているのか? 完全に理解したのか?」と突っ込まれたら、それを証明できないからだ。いつも、「わかったつもり」「ここまでしか知らない」という姿勢がないと、学びは長くは続けられない。高慢をもって心の門扉を閉ざせば、心の中には何も取り入れることはできない。

 神に顧みられたいと願うのなら、良い学びと気づきの成果を取り入れ、自分の心の蔵を豊かにしておく必要がある。
 キリストがいうように、自分の心の蔵に良いものがあれば、取り出して人に良いものを与えることができる。
 逆に、自分の心に無知や高慢の悪いものがあれば、取り出して人に与えようとしても拒まれ嫌われるばかりとなる。

 私なども、書棚に10年以上眠っていた積ん読の本を、ある日突然、手に取る気になって、読んでみたら新しい変化のきっかけになったということも、たびたびある。いつどこでだれによって、変化がもたらされるかわからない。あとからふりかえれば、タイミングが合いすぎるほど合っていて、それを「神の計画」と呼んでも差し支えないと思う。

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# by ecdysis | 2018-03-11 00:55 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

 私の劣等感やひがみ根性の根底にあるのは「ほんとは、俺様はエリートなんだぞ」という根拠のない高慢な思い込みだ。

 これは、アルコール依存者だった祖父も「おれは他の連中とはちがう。おれはやってやるんだ」と酔っ払って叫んでいたというし、祖母も自分は本当は大物になるべき人間なのだと、子供の頃の私につぶやいたこともあるし、父もそういう思い込みがあるし、まったくもって家族の病にすっかり伝染している。

 私が目指すべきなのは、そうではなく、これほど惨めでぶざまで劣弱な自分でも、神様は生かしてくださるという事実を素直に受け入れて感謝申し上げることだ。

 こうして、高慢さからくる欠点に向き合うと、どこからともなく「高慢の病にかかっている者をこそ、神様はもっとも憐れんでいらっしゃる」という気持ちがわいてくるのが不思議だ。

 それは、2000年前のユダヤの民に、キリストが現れたことでも証明されている。当時のユダヤ民族は自分たちの聖書とその戒律によって、非常に高慢になっていた。ローマ帝国の二級の属国となることでも、歴史的に高慢さへの罰が与えられていたのに、それでも自分たちの高慢さに気づくことはなかった。そんな状態を憐れんでキリストがつかわされた。

 高慢の病こそ、もっとも重く救いがたい病気なのだと思わざるをえない。高慢の病を治すためなら、キリストの言葉ではないが、目をえぐり腕を断ち落としてでもという、手段を選んでいられない緊急の非常事態という切迫感を感じる。

 私ひとりが、この肉体を維持するために、神の御意志はもちろん、どれほど多くの空気と水と日光、食料・ガス・電気・燃料が供給されたことか。どれほどの多くの牛・豚・鶏・魚・穀物・野菜たちが、その命を捧げてくれたかを考えると身が縮む。衣食住の物品ひとつとってみても、それの原料を山や木や地下から取り出し、形にし、運搬し、加工し、店舗や営業所に並べ、顧客に渡すまでのプロセスに、いったいどれだけの人々の手数がかかっているかを思えば、自分は決してひとりぼっちなのではないと感じられる。

 割り箸ひとつにも、木を植える人、伐採する人、運搬する人、工場で加工する人たちがおり、その工場もまた建物の材料を供給した人たちがおり、建設した設計者や建設業者たちがおり、建設資金を融通した銀行の人たちがおり、木材を加工する機械を製作した人たちがおり、それを搬入・据付した業者がおり、割り箸をつくって送り出す労働者の人たちがおり、受け取った割り箸を店舗に卸す業者がおり、店舗の店員さんたちがおり・・・というように、どこまでも細かく追っていけば、ほとんど無限にひとしいような連携・連鎖とともに、無数の人たちの手数と労働によって、私の生活は成立させていただいているというのが事実なのだ。

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捨てられていたのをひろって育て、
4年かかって、最近咲いたシンビジウム


# by ecdysis | 2018-02-21 00:55 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 自分や原家族の高慢心のことを考えているうちに、依存症の業界でいう「他者への有力感」は、言い換えれば「他者への高慢心」であると気づいた。自分の劣等感や自己評価の低さを見たくないために、自分が支配しやすい、より弱い相手や病的な異性に惹きつけられるという特徴だ。

 これは「有力感」という名前の「高慢心」が発現しているためだとわかった。つまり、他者への有力感を感じることで生き延びてきた依存症者は、自分を高慢心によって、生きる意味を感じ活性化し元気づけることをしてきたといえる。 

 自分が、ただここにいてよいという自己承認が自分でできないために、だれか自分を必要とする子供や家族や病人や弱いものがまわりにいないと、途方にくれて生きてはゆけない。自分を必要とする、自分がコントロールする側にいつも立っていられるような相手と関わっていないと、生きている気がしないのだ。

 こうした「有力感への依存」があるかどうかは、ある一定の期間を関わり続ければすぐにわかる。

 それは、自分が世話をし優位に立っていた相手が、回復して、あるいは成長して、世話焼きを必要としなくなった時に証拠が現れる。相手が自分を必要としなくなったとたん、自分が感情的になり、怒り、相手が自分を裏切ったかのように感じ、当たり散らしてケンカになる。

 男女関係でも親子関係でも、この「有力感への依存」という病的な感情で生きてきた人は、相手が成長し回復すると、たちまち後味の悪い別離をきたし、親子関係も悪くなり、孫の顔も見せてもらえないということになりやすい。そういう人たちの多くは「相手が裏切った。子供たちが私を嫌ってわかってくれない」と愚痴をいうが「自分が悪かったせいだ」と省みる人はまずいない。悪いのはみな人のせいである。ここに、「病的な有力感への依存=高慢心」である証拠が見てとれる。

 この高慢心はちょっと目をはなすと暴れて威張り出すならずもののようだ。知識を得れば、これを知っているのはおれ位だ、おれが一番知っているとうぬぼれ、気づきがあれば、これに気づいたのは、おれが初めてで、おれが一番理解していると、根拠のないことを叫びだす。まったく御しがたい。

 このような高慢心は、酔っぱらいの肥大した自我そのもので、酒や薬物やギャンブルをやらなくなっても、自我を酔わせる原因心理となる。この高慢心をもとに振る舞うときは、だれもシラフであるとはいえない。

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# by ecdysis | 2018-02-11 00:25 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)

 風邪をひいたので、知人から風邪にはビタミンCと豚汁がいいと聞いたから、大量に豚汁を作り置きし、二日三日と自室にこもって誰とも言葉を交わさない寝て起きてばかりの時間を持った。すると、いつもとはちがった精神状態になってしまった。

 よせばいいのに、時間があるから、普段から気になって手をつけそこねていたことをはじめたりする。ちょっと具合がよくなると数年放置していた机の引き出しの整理などはじめるから、思い出さなくていいものばかりが続々と出てくる。友人知人の書状、役所からの通知、観光した土地やお店のパンフやレシートなどなど、仲の良かった友人のことや、亡くなった知り合いのことや、うまくいかなかった恋愛のこととかが、過去の臓物のようにはみ出してきて心を圧倒する。

 ゆきつくところは、自分のかなえられなかった切実な願いの事ばかり思い出されて、ひどく落ち込む。まるでうつ病の再来のようだ。
 普段は仕事の忙しさに追われて、そういう自分の振り返りをすることが、なかなかないのだと痛感する。もっとも、この二日ばかり、眠気と体がつらいのとで、座禅をさぼったせいかもしれない。

 こうなったきっかけは、最近、すぐれた仏教の日本人学者の自伝的な本を読んで、まさに圧倒されてしまったからだ。自分のようなひどいAC家庭で育った人間とは、生まれも育ちも才能も熱意も洞察力も、こんなに違うものなのかと、決定的な敗北感を覚えた。

 他と自分を比較して、敗北を感じて打ちのめされて茫然として落ち込み、抑うつに陥る。

 なんだ、思春期からずっとやってきたことを、まだやっている。

 心の中で「我は我、彼は彼」(「人は人、自分は自分」)という想いが湧くけれど、なんたる煩悩深さか、悲しくてわが身が嘆かわしくてたまらなくなる。思春期のトラウマがぶり返して、悲しさのあまりふらふらになる。

 グレゴリアンチャントなどの教会聖歌のCDを流しつつ、深いため息をつきながらうつむいて、過去の書類を整理し続ける。
 この湧き上がるトラウマの悲嘆と絶望感のひどさは、普通に生きていてはとうてい解決不能だ。目に見えない神を信じることなしには生きられなかったろうと思う。

 また、こうして自分の気持ちを文章化する習慣を、中学生の頃からはじめて、大学に入学してからは小説も書くようになったが、文章を書くこともまた、私にとっては生き延びる重要な手段だったのだと痛感する。

 いずれにせよ、自他を比較する苦しみから、まったく抜け出せていないことを自覚せざるをえない。

 それでも、青年時代とちがうのは、「こんな私でも神様は生かしてくださっている」と心の奥に小さな消せない想いがあることだ。

 そうして、自分の惨めさと情けなさを嘆きながらも「たとえ世界中の人がすべて私を見捨てても、神様だけは決してお見捨てにならないという気持になってみたい」という大それた願いが、胸奥に生じたりすることだ。そうした揺るぎない絶対安心の境地こそ、私が求めているものなのだと、改めて感じる。

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# by ecdysis | 2018-02-10 01:24 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(4)

 私の中から声がする。それはこう語っている。

「悩みあることを悩むなかれ。
 人は世に生まれ、世に育ち、世に働き、世から去る。ただ、それだけのことなのである。
 私たちは生滅の間にいる。生まれては死に、現れては消え、出会っては別れる。いまこのとき生まれつつあるといえるし死につつあるともいえる。現れつつあるといえるし消えつつあるともいえる。出会いつつあるともいえるし別れつつあるともいえる。生滅の間を行き過ぎているだけの存在である。」

 つらつら振り返れば、私は生まれっぱなしに生まれ、育てられっぱなしに育ち、神の道も仏の法も知らないまま大人になり社会に出た。生まれ育った家はアルコール依存と人格障害と共依存でめちゃめちゃで、生まれた私はさながら原野の一頭の野生の獣、原生林の木々の一本であった。

 生きる規範は、母の教える世間体にもとずく常識だけで、隣近所の噂ばなしにならぬよう、親戚や近隣に自慢できるような人に成って欲しいという願望に従うだけだった。

 世間体や社会の常識やしきたり以上の規範は、自分には無縁なものだと思っていた。しかし、生まれた家が、すでにして世間体も悪く常識も不足し隣近所のしきたりも守れないような状態だった。そこに生まれた私に与えられた規範は、母の実家の世間的に平均的な規範であったけれども、心を病んだ父方の祖父母に阻害され、健康な情緒性に欠けた不完全で穴の多いものだった。
 高校2年時の寮生活で、集団生活の規律についていけない自分を自覚し、自分が「まるでなっていない、ひどい育ち」なのを知って絶望した。 

 神さま、アディクションを止めると、とたんに私のエゴが地団駄踏んで叫びだします。
「おれの思う通りにならない! おれの思う通りにならない!」と怒りわめいて当たり散らしています。これこそが、私が父方の祖父から受け継いだ負の遺産にして、佐々木家を滅ぼし弟を殺した原因なのです。同時に、私の人生の最大最悪の試練であり、次の霊的段階へ飛ぶ跳躍台です。

「おれの思う通りにならない!」「あたしの思う通りにならない!」と怒りわめいて当たり散らす幼稚な子供の心は、悪の心なのではありません。

 それは、親や大人たちに、傷つけられ痛めつけられ、放置された子供の心です。愛されるべきときに、愛されず、愛することを知らず、与えられるべきときに、与えられず、与えることを知らない子供です。傷つけられていたために、傷つけることしかできない子供です。教えられるべきときに、教えられず、自分のわがままをわがままと知ることができなかった子供です。
 愛されず、与えられず、傷つけられて、教えられなかった子供の心が、放置されて思うがままにふるまう。それが当たり前だと思って生き続けてきた子供です。

 子供の自我の叫びを、適切に導いて諭す人がだれもいなかった。自分は愛されて守られているという感覚を実感させる人がだれもいなかった。まるで野の獣のように野放図に思うがままに振る舞う以外にどうふるまえばよいのか、まるで知らない子供の心です。
 この無知無教育な子供の心をもとに私は生きてきて、さまざまな感情と欲求をコントロールできない大人になりました。

 そして、いま、私も叫びます。
「神様の思う通りになりますように! 神様の思う通りになりますように!」

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                      アル中の両親に3歳のとき捨てられて
                      8歳まで犬小屋の犬に育てられたという
                      「オクサナ・マラヤ」
                      実話だという。
                      人間らしい人間になるには、
                      人間らしい親に育ててもらわないといけないのだ。




# by ecdysis | 2018-01-27 01:32 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)