心の病と貧富

 父方母方ともに、祖父母が現役だった40年前ぐらいの話だから、今の時代にすぐ通じる話ではないと思うが、私の母方と父方の相違について感じたことがある。

 母方は貧しかった。家も小さく、風呂は五右衛門風呂で照明はろうそく一本、トイレも掘立小屋に壺を掘り、木の板をその上に渡してまたがるもので、夜は懐中電灯が必要だった。トイレットペーパーなどないから、いらない雑誌や新聞紙で始末した。
 もちろん、今は世代交代して、家も五右衛門風呂も掘っ建てトイレも、とっくに建て替えられている。

 父方は、それに反して裕福な方だった。もともとは貧しかったのだが、祖父母が闇の物資が流通していた戦後間もないころ、密造酒(ドブロク)をつくって売りまくり、ひと財産を築いた。だから、家は大きなかやぶき屋根で部屋数もけっこうあり、風呂もトイレも立派だった。風呂はちゃんとした木の風呂で電気の照明があり、脱衣用の棚がしつらえられガラス窓がはまってた。母方のトイレの方が多数派だったころに、左右ふた部屋にわかれた二つの便器のあるトイレで、両側には竹につたをからませた装飾の窓まであったから、相当に費用をかけていた。

 両家は、だれが見ても、動産・不動産どちらも、父方は母方の2倍以上はあったはずだ。

 貧しい両親だった母方の祖父母は、せめて娘には嫁入り先で貧乏に苦しめるまいという気持ちから、自分たちよりずっと豊かな家に嫁がせれば、生活が安定すると信じたという。

 生活の安定は大事だ。財産はないよりあった方がいいにきまっている。
 だが、母は幸福になれなかった。生まれた家よりも、ずっと裕福なはずの家に嫁いだのに、期待された安定・安心にはあずかれなかった。

 嫁いでみれば、歴代のアルコール依存症家系で、ACの夫と酒乱の舅と人格障害の姑がいて、ひどい扱いを日々受ける運命となった。家財産は豊富でも、家庭の精神的な安定がまったくない、要するに「入れ物」だけが立派な家庭だったのだ。

 ひるがえって、母方はたしかに貧しかったが、夫婦仲はよく祖父はアルコール依存症ではなく、家族どうしが傷つけあう怒声も罵声も暴力もない、穏やかな家庭だった。

 数えてみると、私は実家のひどい環境から守ってもらうために、幼年期や小学校高学年の数年を母方の実家にあずけられて暮しているが、トラウマになるような経験は、その間まったくといっていいほど無い。その数年があったおかげで、私も妹も生存できたのだと思う。本当に感謝にたえない。弟は、私や妹のようには、母方の風を吸えなかったがゆえに、早世してしまったのではないかと、今もときどき考えてしまう。

 精神の目で見るなら、父方の家は広くて大きな廃墟で、母方は狭くて小さいがゆったりくつろげる庭園付きの草庵のようなものだっただろうと思う。

 生活の安定は大事だが、アルコール依存症など病気が進行し続けるままの家庭では、早晩に家自体ががたがたになる。物質的な「入れ物」の豊かさに比して、精神的な豊かさが乏しすぎるならば、もはやその欠乏をだれが、どうやって埋めることができるだろうか。

 がむしゃらに働いて土地は買った家は建てた、生活に心配はなくなったが、気づいたときには家族がみな精神病になってしまったのが、私の生まれた家系だった。
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by ecdysis | 2009-02-12 12:15 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)