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with a little luck

 高校2年で自分の生い立ちのひどさを思い知り、絶望した私は、翌年3年の春休みの日、自分の部屋でラジオを聞きながら受験勉強していたが、そのころはABBAの全盛期で、17歳の少女だけの美しさを歌うDancing Qeenがいつも流れていた。絶望していながら、いつか自分だけのDancing Qeenが現れることを、心のどこかに期待する甘やかな気持ちもあった。絶望的な現実と期待との二律背反は、すでにそのときからはじまっていた。

 だが、当時、私の心をとらえて離さなかったのは、ポール・マッカートニーの新曲With a little luckだった。歌詞はいまだによくわからないが、タイトルと曲調にやさしいアットホームなものがあって、そういう雰囲気の家庭が自分にあったらと、気恥ずかしくも切実な願望をかきたてられたものだ。

「小さな幸運とともに」生きることができるような、温かい安らいだ自分の居場所を、私はどんなに欲していたことか。安全な「居場所」が、そのころから私にはなかった。

 大きな幸運や絶大な賞賛なんか、いらなかった。耳目を集める名誉や財産や成功など、どうでもよかった。苦痛な病気にかかったものが、まずその病気から解放されることだけを願うのと同じく、私は自分の安全な居場所もなく生きねばならない絶望的な生き辛さから逃れたかったのだ。

世間知らずで内向的な少年が、まるで少女のようにWith a little luckに、心をふるわせ、それを「ささやかなしあわせ」と翻訳して願望していた。

 だが、いま大人の私は「ささやかなしあわせ」が現れるためには、自分だけでなくまわりの人々の日常的な努力が必要なことを知っている。感じるできごとはささやかでも、ちっちゃな幸福でも、そのできごとが出現するためには、決して「ささやか」ではない多くの手になる努力が必要なのを知っている。

「ささやかなしあわせ」は、安全な場所をつくって維持しようと、家族たちが正当な努力を積み重ねた苗床の上に、大事にまかれた子供たちが感じるものだと思う。
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by ecdysis | 2009-04-18 22:35 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)