生きていていいんだ

 16~17歳のころ、私は自分の生まれ育った家庭環境のひどさに絶望し、激しく悲しみ嘆き冷たい涙をながした。いまにして思えばAC性が急激に発現しだした。少年の私は、自分の人生はもうだめだと信じた。この先、まっとうな人間として生きていく道は絶たれたと思った。2年後には、それの反動形成で強固な家庭願望が生まれて、それを心の支えにした。

 やがて支えは年月のうちに実行不可能だとわかり、そのたびに私は落胆し失望し気力を失い、数年がかりで深刻な挫折感にむしばまれていき、ついにはアルコール依の進行とうつ病に陥った。16歳の少年の絶望に、私は中年になっても、いつまでも引きずり戻されて、厳しい現実にぶつかるたびに、自分にはこの世界に生きる場所はないのだと感じつづけてきた。「やっぱり、自分には生きる場所がない」と16歳の少年の心が涙を流しながらつぶやいている。

 だが、ゆうべ、私は「自分のような、絶望的な環境で育った者でも、生きていていいのだ」と生まれて初めて思った。もちろん、「自分は生きていていいのだ」という承認を感じたことは何度かあったが、16歳の少年の意識にまで届くものではなかった。

 自助グループで聞いた体験談が大きく影響しているのは確かだ。私などよりも、もっと厳しく険しい生い立ちをもって生きてきた人たちがいる。外見からは、そんな風にはまったく見えないのだが、彼らの幼少期の体験を聴いて、自分も生きていていいのだという気持ちが生まれたようだ。

 そうだ。16歳の私は、あのとき「自分のような、ひどい家庭環境で育ったものは、生きていてはいけない」とみずから裁いてしまったのかもしれない。それは、母の価値観であり世間一般のものの見方であり、健全で正常な人たちの目でみればそうだ、と思い込んでのことだったろう。

 だが、ゆうべ私は、「ああ、生きていていいんだ」と思った。「どれほどひどい家庭環境に育っても、しつけがなっていない混乱したアルコール依存症者の家で生まれても、自分は生きていていいんだ」と感じた。「生きていてはならない、居場所などない」と思ったのは、16歳の私の「裁き」だった。

 その「裁き」は、神様が与えたものではない。たしかに神のご意志は、私のように、人間のように狭量ではない。神様が生きていていいと、おっしゃっているようだから、生きてみようかなあと思う。
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Commented by トラジ at 2009-05-20 23:11 x
このブログをありがとう。生きてください
Commented by 心炎 at 2009-05-20 23:51 x
トラジさん、あたたかいコメントありがとうございます。
おっしゃる通り、生きていたいと思います。
トラジさんも、生きてください。
Commented by ハジメ at 2009-05-27 23:22 x
ずっと読んでますが、はじめまして。
16歳の自分の「裁き」に気づいたところで涙が出ました。
16歳だった心炎さんの心の涙が浄化されたようなうれし涙です。
勝手にうれし泣きしてすみません。

Commented by 心炎 at 2009-05-28 08:53 x
 ハジメさん、ようこそ。ありがとうございます。共感してくださって、とてもうれしいです。これからも、よろしくお願いします。
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by ecdysis | 2009-05-19 09:18 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(4)