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ACは完全主義者ゆえに自他を裁く人である

 知り合いに、ACやアルコール依存やうつ病の人が増えてきてから、もう5年以上になるが、自分も含めたそういう人たちに共通の傾向が、最近、少しずつ見えてきた。

 AC関係の本にはすで多く書かれていると思うが、自分で体験したり見聞した範囲から得たことなので、本の知識ではない実地の傾向を、ここに記録しておこうと思う。

 ACは基本的には「ねばならぬ思考」「完璧主義」が非常に強い。ふつうの世界では「融通がきかない」「頑固」といわれるのかもしれないが、ACは外見的な表情やふるまいには、そういうところを見せないし表現しない(できない)習性を身につけているので、病は潜在的に深刻である。

 何が深刻かというと、完璧主義者のACは「自他の落ち度や欠点・失敗・不始末をゆるさない(ゆるせない)」点だ。それも、親が自分たちに、そうなるように仕向けた「怒るな・泣くな・騒ぐな・暴れるな」という、無茶な基準を完全に守ろうとして、自他を裁くから、裁かれる方はたまったものではない。子供らしさを表現する権利を踏みにじった親の価値基準を真似して、他者にも自分にもあてはめるのである。

 そういった「インナーマザー」ともいうべき親の価値観による完全主義は「不完全でいいんだよ」ということを決して許さない。だから、「不完全でいいんだ。完璧でなくても、別に悪いことじゃない」と思えるようになれば、回復が進んでいる証拠になる。

 たとえば、「泣くな怒るな」という親による虐待を受けた私は、親の虐待のせいだと気づくまで、40歳過ぎるまで、赤ん坊から小学生まで、泣く子供が嫌いだった。他人の子供が泣くのを聞くと、「泣くんじゃない! うるさい!」とむしょうに腹が立ったものである。これなど、母が私や妹が泣くのをうるさがった気持ちが、そのまま再現されていたと今は思う。

 完全主義者は、相手が初心者でも「失敗を許さない」から、上司に持てば窮屈だし、部下だとうるさいし、家族だとうっとうしいし恐ろしい。しかし、何よりも「自分にも失敗を許さない」から、自分が失敗しようものなら、他人を責めるのと同じ激しさで自分を責める。自分が思った通りの完全さに達しないと、自分を責める、そしてそれが罪悪感となって蓄積される。それで、罪悪感を解消して未達成の部分をとりもどそうと、ますます完璧をめざすようになる・・・。

 そういうことを繰り返すと、たいていは「うつ病」になる。その意味で「うつ病」は「完全主義者であろうとする自分」に対するインナーチャイルドの「反乱」と見ることもできるし、子供なのに大人の小型版をせざるをえなかった年月に、脳や神経がついに疲れ果てて、「要休息」のアラームを出している状態ということもできるだろう。「うつ病」は脳神経の過労状態なのだから、適切な指導による治療とともに、徹底して休めば治ってくる。

 完全主義者は、常に「完全であれ」という「ノルマ」を課せられて生きている。仕事を離れればノルマは関係ないというビジネスとはちがって、この「ノルマ」は四六時中、寝ても起きても、いつもACにのしかかっているのだ。
 だから、生きづらくなるのは当然だ。

 親の下した完璧主義に対し、うるせーよ、クソババア、クソオヤジと蹴りを入れよう。
 完璧主義などクソくらえだ。「完璧であれ」と命じた親自身が完璧な親ではなかった。その事実だけで十分だ。

 
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Commented by ストレンジャー at 2010-08-03 22:59 x
僕自身も、上っ面では無意志的で従順、寡黙みたいな風でも、腹の底では「こんなんおかしい、幼稚で馬鹿馬鹿しくてくだらない、間違ってる。意味がない。」って不満をすごく抱えていたりします。そしてよく孤立していたり。完璧な子供像を押し付けて、気に入らなければバカスカ殴りかかってきた父親が内面化?して、変にストイックになって(なろうとして)いるんですかね。
僕自身、ACについての本とか読んでみて、自分にあるAC特有の過剰な完璧主義を直そうとするんですが、「丁度いい位の出来」みたいなものがわからなくて、最終的には「もうどうでもいいや」みたいな風になったりします。
Commented by 心炎 at 2010-08-06 02:13 x
>ストレンジャーさん
 父親からの暴力と虐待で苦しまれてきたんですね。
 やっぱり、自分より弱いものへの暴力というのは「卑怯」ですよね。
 暴力という恐怖によってコントロールされる「完璧主義」は、強固なものだと自分の体験からも感じますので、「ちょうどいいぐらい」が、なかなかできないのは本当です。

 だって「ちょうどいいぐらい」をやると、バカスカ殴られたのです。理不尽にも。できない「完璧」を、「やれ」といって恐怖と苦痛と生命の危機を感じさせた方が悪いのです。

 どうか、自分の中子供に「もう安心していいんだよ。できなくてもいいんだよ」と呼びかけてみてくださいね。私は、最近、神様に向かって「自分を大きく見せることなく、自分で自分を小さくすることなく、あるがままの等身大の自分に戻れますように、お導きお守りください」と祈ったりしています。

 ストレンジャーさんも、過去のトラウマから解放され、楽になって行きますように。
Commented by かばこ at 2019-01-14 21:57 x
今晩は。はじめまして。

親のもうけた「無茶な基準」を守る必要がないじゃないか、ということにだいぶ前に気づいたのに、いまだに(成人した息子たちがいる、おばあさんに近いおばさんです)自分の失敗が許せないでいる自分を、最近認識しました。人間、うまくいかないことがあるのが当たり前なのに、どうしてああしなかった、こうしなかった、と、完璧でなかったことを悔やんで自分を責めているんです。子供のころの親の要求は、自分がやりたくないことを私に丸投げして、しかも私に関係ないものの責任もセットで押し付け、大人ですらどうすればよいのか試行錯誤するしかない、結果はやってみないとわからない、そういうものでも、結果、完璧に親がよいと感じるものでなければいけない。
そういう要求に答えるのは、人の身ではムリ。
親に押し付けられた場合、ふざけんな、と言えるようにはなっているのに、自分自身が許してないとは。
幸せになりたいんですが、道は遠く。
もう年なのに、人生苦しいだけで終わるんじゃないかと考えてしまいます
Commented by ecdysis at 2019-01-18 01:24
> かばこさん
 コメントありがとうございます。掲示板の方にご返事を投稿しましたのでごらんください。
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by ecdysis | 2010-08-01 01:02 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(4)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)