さまよえる子供の気持ちで

 18~19歳のとき、私が家庭願望にとりつかれたことを何度も書いてきたが、それがなにゆえであったのか、最近、やっと落ち着いて思い出せるようになってきた。
 当時の私は、大学受験の浪人生で、未来に希望を持てない少年だった。
 タバコと酒をおぼえて、一人の下宿でひきこもり、予備校には年に半分しか出席せず、占いとロック音楽にひたっていた。

 どこへ行けばいいのか、何をすればいいのか、まるでわからなかった。自分の生きる目的がどこにもなかった。自分が生きている価値を見いだせる場所がどこにもなかった。本来、ただちに死ぬべき人間だと自分のことを思っていたので、生きるのに「理由」が必要だった。生き延びる「いいわけ」が必要だった。「ただ生きているだけでいい」と今なら、自他にうそぶけもするが、当時はそんなことは思いもよらない。

 若者がだれでも感じる思春期のさまよいにはちがいなかったが、私の場合には、それがAC性によって病的に重いものになって発現していた。

 18歳の私は「自分は生きる値打ちがない」と思っているのに、生きねばならないという矛盾に苦しんだ。
 値打ちもないのに生きるのだから、そこには生きる義務がなければならない。生きる理由になる目的がなければならなかった。その「理由」「目的」の存在によってのみ、自分は死ぬべきところを生きるのだと認識していた。
 生きる理由と目的のあるかぎりにおいてのみ、私はこの世に存在を許される。それがなければ、自分のようなものは生存してはならないと感じていたし、理由なく生きることは苦痛このうえなかった。

 ところが、18歳の私には、自分の生を動機づけるものが何もなかった。希望も目標も何もなかった。ただ、大学を受験して合格するという手近な目標があるだけで、それが達成されれば、動機も理由も目的もない時間が待つだけだった。タバコの灰をほおばって生きるような、無機質で無感動な、いらだちと恨みの暗い感情だけしかなかった。

 当時の私には、何もなかった。生きる動機も目的も希望もなかった。
 動機も目的も希望も、心に向かうところもなく、ただながらえているだけの時間は、恐ろしかったし、不安だった。その居心地というか「生き心地」の悪さといったらたとえようもないほどだ。
 あれこそ、私の「生き辛さ」だったのだと今わかる。

 だから、その「生き心地の悪さ」「生き辛さ」からのがれるために、私は母の望んだような結婚と家庭をもつことを新しい「生きる動機」として選択したのだ。あのとき感じた希望は、じつは希望ではなく、無目的の生を送る生き辛さの時間から解放された喜びだったのだろう。

 そう。当時の私をふりかえれば、結婚相手はだれでもよかった。愛しあえる相手ならよりよいが、それとて母が以前より「結婚は恋愛結婚でなければならない」といっていたので、そう思い込んでいただけで、本当は適当な相手でよかった。ただ、自分の人生に動機と目的を与えてくれさえすればよかった。つまり、その願望は「生き辛さを回避するための手段」「アディクション」だった。決して健全な願望でも希望でも、成長にともなう自然な欲求でもなかった。私は、「家庭願望」という「妄想」に嗜癖したのだ。

 そう、何もない自分を見たくないがために、私は理想の家庭を欲してきたのだ。
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by ecdysis | 2011-03-14 01:57 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)