恐怖とパニックのとき

 こわくてこわくて震えるとき、安眠できない恐れと不安にとらわれて、心の多くが冷たくて暗くて不吉な深淵からの磁力に巻き込まれるとき、私はそれがなんであるか、ひとつ発見した。

 それは、子供のころの「表現されなかった感情」だった。

「こわい」「不安だ」「助けて」と、幼稚園の頃、いじめられっこだった私は、どんなにか言いたかったことだろう。母に虐待されたときも、父に火あぶりにされたときも、母に「おまえなどどこへでもいって死んでしまえ」と絶叫されたときも、私は泣いたけれど、「こわい」とか「やめて」とかいったことは一度もなかったのを思い出した。

 でも、そのときのトラウマ体験は、表現されない「こわい」「不安だ」「助けて」の感情の凍結となって、私の中に強迫観念の原因として積まれることになったのだ。

 それは、過去形として表現するのではなく、「こわい」「不安だ」「助けて」と今も表現すべき感情だ。

「神様、私はこわい。恐ろしい。どうか助けてください」

 これを自分の心の中に何度も繰り返す。

 過去に封印されてしまった感情の表現を、あらためて自分に許す。そうしないと、暗く不吉な強迫観念が私の中から消えることはないと感じるからだ。
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Commented by あかり at 2011-08-27 18:45 x
炎さん
>「こわい」「不安だ」「助けて」と今も表現すべき感情だ。
  「神様、私はこわい。恐ろしい。どうか助けてください」
  これを自分の心の中に何度も繰り返す。

ものすごく、共感して涙がでそうになりました。
私も同じように今、苦しんでいます。

小さかったころに出来なかったものが、ずっしり背中にのしかかって
潰されそうなくらい泣き叫びそうになるときがあります。

いっそ小さい頃、あのまま命を絶っていれば
こんなに辛い気持ちを味わい続けなくてもよかったのに・・・とさえ。

人が喜ぶ姿、幸せそうにしている姿をみては
「ざまあみろ」と言われているようで喜べず、
自己否定し、パニックになるのです。

そうやって傷つくのはもう嫌だから、人間と離れたい。
誰もいないところに行きたい、怖い。怖すぎて、この世から逃げたい。

本当は幸せなはずの時期なのに、
1日の半分以上はこんな気持ちに押しつぶされそうになっています。

原因の人間不信、対人恐怖は消えないけれど、
なんとかそれを克服して
生きていこうと思います。

長々と失礼しました、
炎さん、またお会いできる日を楽しみにしています。
Commented by 心炎 at 2011-08-28 15:08 x
あかりさん、共感してくださってありがとう。

このパニックになる「恐怖」「不安」は、強烈な強迫観念で、自分でコントロールできないことが多いです。普段は感じませんが、何か自分にとって深刻な事件や、重大な問題が起こると出てきます。

ときどき、そういう問題に遭遇するのは、神様が私にインナーチャイルドの抱えている症状に気付かせるために、わざと起こしているのではないかと思うことさえあります。

「子供のころ、あのとき死んでいれば」と思うきもちもよくわかります。
トラウマに押しつぶされそうなときは、いつもいっしょにいてくれる人の胸を借りて、思い切り泣いたり、震えたり、恐怖を訴えたりすることもいいのではないかと思います。

あかりさんを見ていると、私は自分の18歳ぐらいのときを思いだします。

でも、これまで生き延びてきたのですから、それだけの生命力に恵まれた人は、幸せになれると思います。いえ、幸せになってよいのです。
まわりのひとたちから、言葉や態度で「あなたはそのままのあなたでいい」というメッセージをいっぱいもらって、回復していかれることを祈っていますよ。
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by ecdysis | 2011-08-21 11:20 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)