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自分が自分の親になるなんて無理

 よくカウンセリングなどでいわれるのが、「自分のインナーチャイルドに対して親になる」とか「自分で自分を育てる」とかの方法だ。

 私は、以前から、それを信じていろいろと試してみたがうまくいかなかった。
 もちろん、私とちがってうまくいった人、うまくいっている人もいるかもしれないので、否定はしないし、それなりの根拠となる現象もあったのだとは思う。

 だが、私にとってインナーチャイルドをいやす方法は、そんなに難しい心がけを要しない。
 単純な話で「大人の自分が、インナーチャイルドとともに育つ」という考え方だ。
 もちろん、「自分で自分を育てる」という考えも、つきつめれば同じことかもしれない。

 だが、「大人の自分が、インナーチャイルドの親になる」 のは、私には無理だ。それができるのなら、結婚していただろうし、そもそもACになどなっていない。健康な親になることができないでいるからこそACなのだ。不健康な親にしかなれないであろう自分が、インナーチャイルドに対しても優しい良い親になれるとは、とても信じられないし、傷ついた子供を、不健康な大人が癒し得るというのは論理的にも矛盾である。

 もし、今の自分がインナーチャイルドの親になろうとすれば、「良い親」「完全な親」になろうとして、ものすご、無理をすることになる。そんな親を演じたところで、たとえ自分の中の子供とはいえ、インナーチャイルドはだまされはしない。もっといえば、無理して親を演じる大人の自分は、そもそもインナーチャイルドの影響と延長下にあるので、インナーチャイルドが安心できる「親」になどなりようがない。せいぜい、自分より数歳年上の頼りにならない似たもの兄か姉ぐらいにしか、インナーチャイルドは大人の今の自分を認識してくれない。

 だから、私は、私にとっては現実味のなかった「自分が自分の親になる」という方法はすぐに放棄した。
「インナーチャイルドをもうひとりの自分が見守る立場」というのも、相当に回復が進んだ段階でできることであって、いまだひどく苦しんでいる場合には、それどころではない話である。そこでいう「もうひとりの自分」とは「回復した自分」であるという事実を忘れると、あたかもだれでもそれができるかのように錯覚を与えることになる。そもそも、「今の自分とインナーチャイルド」を分離して感受できるという段階そのものが、ある程度の回復をしないと実感できないものだと思う。

 現在意識も過去意識も分離できなかった私がとった方法は、「今の自分がインナーチャイルドと同化して、いっしょに泣いたりわめいたり怒ったり悲しんだりすること」だった。要するに「子供がえりをくりかえす」ことだ。それでわかったのは、回復していない段階での自意識は「肉体は大人でも、精神的にはまるごとインナーチャイルドにほかならない」ということだった。「自分の親になれる大人の自分」など、そもそもいなかったのだ。

インナーチャイルドは、子供時代の喜怒哀楽の感情の抑圧による「表現の機能不全」をかかえているから、「表現」しなければ苦しみは解消されない。ためこんだ感情を外に発散させることが、まず第一義であって、大人の自分ができることは、むしろ大人の常識や分別を捨てて、その子供の感情の発散に積極的に同化してあげることだ。その子の悲しみを自分の悲しみとして一緒に悲しみ、一緒に泣き、一緒に笑い、一緒に怒るのだ。決して「見守る」とか「抱きしめる」とか、そんな「上から目線」「他人行儀」な態度はとらないようにした。

 そして、同化して一緒に感情を発散したあとに、あたかも濁った泥水が沈殿して、底泥と上澄みに分かれていくように、大人の自分の意識とインナーチャイルドの意識が自然に分離してくる。つまり、インナーチャイルドが感情抑圧の状態を、大人の自分の意識を通して、なんとか発散し解決しようともがいていた状態がしずまっていく。大人の自分の意識は、ただインナーチャイルドの過去の感情の通り道、放出孔になってあげればいいのだ。その方法が「感情の同化=いっしょに表現する」ことである。

 実感としては、「インナーチャイルドの親になる」とか「抱きしめる」とかいう方法を考えた人は、たぶんACではない医療関係者か、ACであっても、あまり重症ではない人だったのではないかと思う。

 インナーチャイルドと手をつないで、いっしょに泣き、いっしょに笑い、いっしょに怒り、いっしょに楽しみ、いつも同じ視線の高さで感情生活を送るように心掛ければ、自然とインナーチャイルドは癒されていくと、私は実感している。
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Commented by BJ at 2012-03-13 07:36 x
そんなカウンセリングの仕方があるのは知りませんでした。
私だって自分が自分の親になれといわれても、そんなアホなといって
すぐ放棄してしまいますよ。二重人格を奨励するようなものじゃないですか、それは。下手をするとそれは自分を統合失調症のようにしてしまうかもしれません。そういうアドバイスは私が見てもまったく勧められません。自分自身を客観的に見ることが出来るようになることは良いと思います。そういう自分がインナーチャイルドと言われるエゴを、BIG BROTHERとして抑制できるのは、大脳生理学的にも理にかなっていると思います。
Commented by 心炎 at 2012-03-14 00:14 x
そうなんです。ACの業界では、割といわれている方法なんです。おっしゃる通り、「人格分裂」を勧めているみたいで、はじめから私も違和感ありました。BIGBROTHERというのはいいですね(微笑)。大脳生理学的にも理にかなうというのは、励みをいただきました。ありがとうございます。
Commented by riko at 2012-03-16 10:05 x
おはようございます。
冗談抜きで相当きつくなってきているので、思い切った改革を断行したいのですが、そうも簡単には行かないので、できそうなところから変えていきます。
心炎さんにお訊きしたいことなどまだ何も書けていません。(泣)

とりあえずこの2,3年で変化したことを箇条書きします。
1、母との関係が少し改善した
2、完璧主義が多少緩んだ
3、自分の能力を含めて、客観視ができつつある

急激に環境の変化などがあり、距離をとっていた親戚と話をする機会があったりしたものですから、それが要因となっていると思われます。
特に身近な人の死というものは、人間を大きく変えるものだと実感しました。



いきなりですが、心炎さんをこれまで支えてきたものは何ですか。
ひとことでは言い表せないでしょうが、教えてください。
知性は大きいよなあと、私は勝手に想像しています。(そうだよとは言いにくいですね。笑)
Commented by 心炎 at 2012-03-17 22:36 x
返信1:
rikoさん、身の回りで少しずつでも、改善できているというのはよろこばしいですね。これからも、「ちょっとずつ」を基本に、より楽になっていきますように。

さて、私をこれまで「支えてきたこと」はなにかというご質問。
これは、いくつかあって年代によって変化しています。変わらないものもありますが、いつもずっと同じというわけではありません。

変わらないのは、文筆家としていい文章を書き遺したいという想いです。この能力が、人様のためにいくばくかでもお役に立てればいいという気持ちは年とともに強くなっています。これさえ書き残せば、あとは未練なくこの世から離れていい、という書きたい本があります。これは若いころから変わっていません。

それをのぞけば、若いころは「結婚してちゃんとした家庭をもちたい」という願望が心の支えでしたし、同時にカルトにはまったので、その教義が支えだったりしました。どちらも「盲目的な信じ込み」である点はまったく同じで、42歳になるまでに崩壊しました。
Commented by 心炎 at 2012-03-17 22:43 x
返信2:
その二つのものに裏切られてうつ病になり、心の支えをなくしていた時期も長かったのです。支えというか、義務感というか、母親や弟や家族のことをなんとかしなければならないという想いだけで、生きていたと思います。

ここ5年ほどは、神道(神社と皇室)が心の支えです。

でも、基本は若いころに「自分は自分の力で生きているのではなく、神に(あるいは大自然に)生かされている」ということを知ったのが、今まで生き延びてきた力ですね。「生かされている」ということが、いつも心のどこかにあったので、やけになったときも絶望したときも、自殺を決行するまでに至らなかったと思っています。
Commented by riko at 2012-03-18 16:26 x
心炎さん、お返事ありがとうございます。
静かな感動って下手な表現ですが、泣けてきました。

私は二十代の頃に自殺を決行しました。未遂だったのですが、あの世とこの世を行ったり来たりというのを体験しました。もうこのまま死ぬんだなあと長い時間気を失っていました。

私はACの人をそんなにたくさん知っているわけではありませんが、私よりも過酷な環境で育ってきた方たちが、それでも自殺を決行するに至らなかったのは、やっぱり何かそれだけのものがその方に備わっているからなんだろうと考えています。

続きます。
Commented by riko at 2012-03-18 16:34 x
同じ母親から生まれてきても、兄弟姉妹皆がACになるとは限らないし、ACだとしても程度も違う。
それは持って生まれた資質、生まれてきた順番、親との相性や親からの期待。様々な要因が絡み合って、違いができるのだろうと考えています。

私と姉は全然違います。
母は9人姉妹ですが母が一番重症のACです。
末の3人はAC気はありません。
母は親に期待され、姉妹たちの面倒を見、ようやく結婚したと思ったら夫をすぐに亡くしました。ACとなったことも重症化(こんな表現あり?)したことも納得です。

続きます
Commented by riko at 2012-03-20 11:09 x
おはようございます。

途切れ途切れなのでどこまで何を書いてきたか整理できていません。考えすぎるとさらに良くないので、今の思いを中心に一旦まとめに入ります。(笑)

私は死にかけましたが、今生きています。
心炎さんの「生かされている」思いとは意味合いが違っているかもしれませんが、私も生かされているという気持ちが強いです。
十代後半から二十代前半にかけての苦しみは、私にとっては、あれ以上に怖いものはないといえるものでした。自分が自分でないような。自分の感情がここにあるのかどこにあるのかわからない。何がしたいのかわからない。自分は何者なのかわからない。恐怖でした。

長い時間が流れ、家族と距離を置き、新しい出会いがあって、少しずつ自分を取り戻していきました。前にも書きましたように、些細なことで寝付けなかったりなどは、これからも無くならないかもしれません。他にも弱さを抱えています。が、生きたいと思っています。生きていきたいと思っています。

自分をもっと知り、ACを知り、母を知りたいと考えています。

心炎さんの本、ぜひ読みたいです。
Commented by ecdysis at 2012-03-23 01:59
rikoさん、こんばんは。

>生きていきたいと思っています

この言葉が言える限り、よろこびがあると思います。

少年少女期の「よるべない」感覚はとてもよくわかります。
「どこへいけばいいのか、なにをすればいのか、わからない」
その感覚には、わたしも苦しみました。
rikoさんが現在、そこから少しでも脱け出せているなら、同じ経験をしyてきたものとしてうれしいです。

私のライフワークの本は、いつ脱稿できるか未定ですが、完成したらお知らせしますね。
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by ecdysis | 2012-03-13 05:53 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(9)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)