35年後の発見

 ここのブログでも、すでに何度か書いているが、16歳のとき、私は自分の生い立ちに絶望し、その傷をいやすために生きてきた。

 35年間、本当に、あの16歳の5月の絶望から抜け出すためにだけ、生きてきたような気がする。
 家庭や恋愛については、特にそのために切望し、意識を傾け続けてきた。

 なぜ、こんなことを書くかというと、男性としての私は、あの16歳のときから成長していないということがわかったからだ。意識は16歳の少年のままだ。癒され愛され救われることだけを切実に求める少年のままなのだ。大人の男性になっていない。

 決してロリコンではないのだが、もしかしたら私にふさわしいのは大人の女性ではなく、高校一年か二年ぐらいの女の子でちょうどよかったりするのかもしれない。むろん、外見は51歳だから、実際にはそんなことはありえないのはわかっている。あるいは、私と同様に高校生ぐらいで成長がとまっている女性なら、あるいは相性がいいのかもしれないと、思ったりもする。

 そして、16歳のときの自分の精神状態を思い起こして、私はあのころ「うつ病」にすでにかかっていたのではないかと疑いはじめている。そうだとすれば、その後の自分のアディクションなどの行動のつじつまが合ってくる。つまり、私はこの35年間、16歳のときにかかったうつ病を、自力でなんとかしようとして、いろいろとあがいてきたということになる。

 しかし、病気なのだから、自力だけでうまくいくわけはなかった。病気であるという認識がなかったのだから。現実には40歳を過ぎて自覚できるうつ病になって、一応、回復はしたが、根本がそんなに早い時期に発症していたとは思わなかった。

 病気だったのだ。だから、あの絶望、あの願望、あの妄想も、すべて無意識のうちに自己治癒させようという試みだったのだ。

 だが、あのころの私にいいたい。

きみは決してひとりではない。
きみの苦悩、きみの恐れ、きみの怯え、きみの不安、きみの絶望。
それらと同じ感情を、きみと同じ生い立ちに苦しむ人たちがたくさんいる。
きみは決してひとりではない。
きみは、同じような人々の間でこそ、癒され、救われ、愛されるだろう。
その人々の間でこそ、居場所をみつけ、愛し、癒し、救うだろう。
きみは、きみと同じ悲しみと痛みと苦しみを味わう人たちの中でこそ、
必要とされ、役立ち、生きる意味を見出すだろう。
そして、その人々の間でこそ、成長し、成長させ、
共感していけるだろう。
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by ecdysis | 2012-03-18 04:10 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)