敗北している私

 もし、わたしが普通のひとのような、ACでない生き方をしてこなかったら、おそらく今感じている重苦しい悩みはなかっただろう。

 わが生い立ちの痛みもさることながら、比べることはしないが、だれが見てももっと悲惨な、もっと苦痛な病や環境に苦しむ人たち、友人たちがいる。
 彼らは、長い時間、医者にかかり、治療を受けるが軽快せず、あるいは長い療治の効果もなく、さらに悪化していく。私は、彼らの苦しみと痛みを、傍目にしながら、結局、何もしてあげられない。
 彼らの病のよくなることを、健康な心と肉体に回復していくことを、祈り続けてはいるが、そこから先は私の意志にはよらない神々の領域だ。

 奇跡か。奇跡だけを待ち望めというのか。ゴルディアスの結び目のような、ほどけない病の苦しみを、剣で断ち切った英雄の出現のように。

 病の果てに自殺したり、あるいは亡くなったりして、「この人の一生はなんだったのだろう」と悔しく悲しい想いをするのはたくさんだ。そう思いながら、専門家ではない者の限界に立ちすくむ。

 おこがましいのだ。きっと人の身で、ほかの人の苦しみにまで目を向けようというのは。

 この世の病苦は、浜の真砂か。そのうちのひとつかみさえ、自分の力ではどうにもならぬ。
 しかも、指からほとんどこぼれおちてしまう。

 私は私にいう。汝、小さき者よ。おまえは何者か? おのが髪の毛の白髪となっていくことさえ、とめられない者が、いったい何を変えられるというのか。おまえは、いったい他者の運命に打ち勝とうというのか。

 おまえは、すでに敗北している。膝を屈して、灰を頭からかぶれ。衣を裂き、土をかぶれ。そこから、何か望みが見出せるかもしれないから。
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by ecdysis | 2012-03-23 01:50 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)