親しい知人が自殺して

 本当に悲しくてやりきれないことが起こってしまった。

 この数年、自助グループで知り合って、友人づきあいしてきた人が、最近、自殺した。
 悲嘆にくれている。本当に、悪夢のようで、これは夢であってほしいと思う。何かのたちの悪いこみいった冗談だったら、どれほどよかったかと思う。

 その人は、アルコール再飲酒がはじまり、感情も言動も制御できなくなっていた。

 そういう死にかただけはしないでほしいと願っていた、その死にかたをされて、すっかり参っている。
 助けられなかった。数年間、重度のうつ病から脱却しようと苦闘していたが、結局、わたしはなんの役にも立たなかった。無力感と罪悪感にさいなまれる。こんなにひどい後悔を感じるのは、弟が死んで以来だ。

 だが、私がどれほど無力と罪悪感を持とうと、その人は帰ってはこない。

 最愛の弟も酒で死んだ。その人も再飲酒を繰り返さなければ、生き延びていたと思う。

 こうして、親しい人をなくして本当に思う。

 生きているということは、ただそれだけで尊いのだと。どんな生き方をしようと、どんな人間になろうと、生きてそこにあるだけで、あなたもわたしも尊いのだ。現在がどんな状況であろうと、いかなる状態であろうと、いま生きてあるということだけで、もう十分にわたしたち一人一人が尊く、存在そのものに意義がある。

 何ができてもできなくても、人格も能力も地位・財産・名誉など立場がどんなであっても、それらはいま現在生きているという事実に比べれば、とるに足らない。

 それは、たとえていえば、月の石を、地球にもちかえれば、どんな宝石や稀少金属もおよばない取り換えのきかない金銭を超える価値を持つのと似ている。月では、たしかにありふれた石ころかもしれないが、地球ではとてつもない価値を持っているのだ。それが、どんな鉱物組成であろうが成分がいかであろうが「月からやってきた」というだけで、極めつきの貴重さがある。

 私たちは生まれる前の世界すなわち死後の世界から、この世に転生してきた存在だと信じる。
 霊的な世界は、さっきのたとえばなしでいえば、「月」にあたり、この世が「地球」だ。
 私たちは、「地球」に運ばれた「月の石」のように貴重な存在なのだ。

 ことばにすればそういうことだが、言葉で表わしきれない「今ここに生存していること」の重大さを忘れないようにしたい。

 それをもって、ひどい悲しみをこらえつつ、亡き友への弔辞を送りたい。
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Commented by キヨシ at 2013-08-28 00:47 x
ありがとう。
Commented by 心炎 at 2013-08-28 12:06 x
読んでくださってありがとうございます。
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by ecdysis | 2012-09-02 01:34 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)