ACの生き方とアディクションの存在によって表現するもの

 つまり、私たちACや各種の依存症を持っている人種は、ACになることによって、また依存症者になることによって、インナーチャイルドの次の叫びを「表現」しているのだ。

「私は親に愛されたかった。でも愛されなかった。いまも愛されたくてさまよう。

私は親に守られたかった。でも守られなかった。いまも守られたくてさまよう。

私は親と幸せを感じたかった。でも感じられなかった。いまも幸せをもとめてさまよう。

私は親との親密さに飢えていた。でも親密さは与えられなかった。いまも親密さをもとめてさまよう。

私は親を信じたかった。でも、信じられなくなった。いまも信じられるものをもとめてさまよう。

私は親といる心地よさを求めた。でも、不快しか与えられなかった。いまも心地よさをもとめてさまよう。

私は親から生きるための安心を教えられることを求めた。

でも教えられなかった。いまも生きるための安心をもとめてさまよう。

私は親に癒されたかった。でも傷つけられた。いまも癒しをもとめてさまよう」

以上は、私のインナーチャイルドの気持ちを列挙したが、人によってはもっと長いリストになると思う。

いずれにせよ、痛ましいし、気の毒だし、かわいそうな子供たちだったのだ。
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by ecdysis | 2012-10-09 01:29 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)