寒い時代(とき)から来た少年

 私の生まれた東北地方の冬は寒かった。

 その物理的な寒気と問題ばかりの家庭の中での精神的な寒気の中で生きていたので、大人になってもやはりこの冬という季節は、面と向うには非常に忍耐を要する。

 家の中にいても、心のどこかが冬の夜の闇の中にある。家の中にいる自分と、家の外にほうりだされている自分とに分離してしまうのだ。
 
 もし、私が学生時代に「生きているのではなく生かされている」という感動的な認識に立つ経験をしなければ、友人のように自殺していたかもしれない。

 私の少年の心の闇は、「愛されなかった」という事実と、「愛されていたのに気付かなかった」という事実と、二つからなる。後者は、目に見えない存在によって、あるいは万物と万人の活動によって生かされて、支えあっている事実を認識すれば癒される。

 しかし、前者の「愛の欠損」の事実は、いかにすれば癒されるか。それはまるで、少年期の極度の栄養不良の後遺症で、大人になっても身体に障害や機能不全が残っているさまに似ている。

 この30年、私は「愛されなかった闇」を、みずからが「愛」を発する側にまわれば癒されると信じてきたし、そうあってほしいと願ってきた。もちろん、相手によっては、自分が子供返りしてしまって、相手からの愛をむさぼるような形になったこともあった。それで癒されたところは大きかったが、同時に相手を傷つけてしまって、そのことは、つきない後悔となっている。

 ふりかえれば、私はうまく愛せただろうか? 男女関係だけでなく、先輩後輩、友人関係、親戚づきあいなどで、永続する温かいバランスのとれた関わりを保ててきただろうか?

 否。答えは「ノー」だ。
 愛していても、互いに愛情関係を長く保つことはなかった。夫婦や家族のような、ともに長い時間をはぐくむような関係は、ついに獲得することはできなかった。
 たぶん、それらを自分の人生に得るには、私は大事な何かが欠けているのだと思うほかはない。
 その何かが欠けていない男女だけが、離婚や家庭離散の危機を免れ、永続する家族関係を維持できるのだろう。

 一度、いっしょになって十年も二十年も連れ添った夫婦の絆は固い。
 たとえ深刻な問題が起こっても、互いに簡単に見捨てられるものではないし、いざとなったら配偶者を放り出すことなどまずできない。経済的にも心情的にも子供の介在を考える上でも、一方が一方を見捨てることはできないし、それだからこそ連れ添う時間を続けることになるのだ。

 共依存の問題を考慮に入れたとしても、そういった時間を重ねた夫婦の「絆」は、余人にどうこうできるものではない。私の父母もそうだったのだろう。
 現在、離婚率の高さがいわれ、熟年離婚などといわれているが、時間を経てきた夫婦の離婚については、相当に重大かつ長期的な理由があってそうなるというケースが多いと思う。離婚率が高くなったからといって、以前より簡単に気楽に離婚できるようになったかのように受け取るのはまちがいだ。

 家族になるというのは、複数の人間が、長い時間をかけて同じひとつの心臓を共有していくことだと、私は思っている。
 離婚ひとつとってみても、心臓を二つにするのに、どうして激痛や大量出血や生命の危険をともなわないでいられようか。ましてや生別死別を問わない家族との別離に、どうして悲嘆にくれて抑うつにならずにすむであろうか。

 寒い心を持った少年は、そんなことを考えている。

 このブログを読んでくださる皆さんに感謝します。
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Commented by riko at 2012-12-15 21:02 x
こんばんは、心炎さん
長い間のご無沙汰でした。
遡って読んでいるところですが、まだ追いつきません。
今夜は生存していることのみお知らせさせていただきます。(笑)

いろんなことがありました。
心炎さんにもたくさんのことがおありになったようですね。
私も大切な人を喪いました。
病死でしたが。

変わらずにばたばたとしていますが、なんとかやっています。
またお邪魔しますね。

今夜はひとまずおやすみなさい
Commented by 心炎 at 2012-12-16 00:59 x
これはRikoさん、お久しぶりです。ほんと、色々ありましたが、Rikoさんもつらいことがおありだったんですね。でも、生存を確認できてよかったです。お互い、寿命まで死なないで生きていきましょう。
また近況を書いてくださいね。お待ちしてます。
Commented by riko at 2012-12-16 16:48 x
心炎さん、お返事ありがとうございます。
ホント、寿命まで生きたいです。
決して決して自分だけが不幸だなんて思ってないけど、やっぱ大変な人生だとは言っても許してもらえるかなぁ。
意思を持つことが許されなかった長い時期があったから、夢を抱くという感覚を知りませんでした。
だからせめてと、今は少しずつ取り戻したいと思ってやってるんだけど、生きるために働かなければならないので、やりたいことってなかなかできませんね。
だから長く生きれば、その分時間が少しでも与えられるわけだと考えるのです。(笑)

また来ま~す。
休み時間が終わります。
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by ecdysis | 2012-12-10 23:04 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(3)