開きはじめた扉

 深い深い劣等感と自己卑下との暗がりに、私の心はおちこみ、青春のときは冷たい深海の群青色と永久にとけないかのようなツンドラに等しかった。

 なんと厭わしい、なんと卑しい、なんと救いのない、けがれた私であることか。
 だれにいわれたわけでもない。そうだれかが決めつけたわけでもない。
 それでも、私はほかの人よりも劣った、どうしようもない、破綻した存在なのだとしか思えなかった。
 いつまでもいつまでも、私の根底には、劣等感とそこから抜け出せない悔しさと、なんとか劣等ではない自分になろうとする苦闘と、そうなれない恨みだけがあった。自分には手に入れられないものを手にしている人たちへの羨望と嫉妬に、どれほど苦しんできたことか。

 だが、そんな漆黒の分厚い恨みに塗られた心の扉が、きしみながら開こうとしている。
 人より劣っていると信じるがゆえに、他者を羨み妬む自分の心に、「本当に自分は劣っているのだろうか」という疑いが生まれている。

 そうだ。酒乱の祖父や父や人格障害の祖母らは、確かに社会不適応の心を病んだ家族だった。
 彼らは、確かに嫌われ者で疎外され、さげすまれ気の毒がられていた。
 だが、それは私自身が受けた評価ではなかった。

 私が少年時代に抱いた自己への絶望は、実は私の育った家庭の祖父母や父の絶望ではなかったか。
 私は、彼らの根深い劣等感と救いがたい想いを、自分のものとして取り込んでしまったのではなかろうか。

 私が、劣った、醜い、救いようのない、自分のことしか考えない、人間らしさに欠けた、人非人にしかなれないと悲嘆した絶望は、実は私のものではなかったのではないか。

 劣った、醜い、人間らしさに欠けた人非人とは、実は祖父母や父の自己認識ではなかったか。

 これが事実なら、わたしは祖父母が、幸福になるために必要だったことで、欠けていたものが何であるかを知っている。アルコール依存と共依存と精神障害に打ち砕かれた家庭が、健康さをとりもどすために必要だったはずのものを、私は知っている。

 私は、私が思いこんだほど、劣っておらず、醜くもなく、恥ずかしい存在でもない。
 それを、もっと深く強く認識するための光が、開き始めた怨みと妬み扉の向こうから、差し込んできている。
トラックバックURL : https://ecdysis.exblog.jp/tb/19057998
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by riko at 2012-12-30 16:40 x
心炎さん、お疲れさまです。
私も正月なしで仕事です。基本年中無休の仕事なのでやむなしなのですが、それでもそれなりに正月らしい料理を少し作っています。
料理は好きです。食べる方がもっと好きかも。(笑)

そんなこんなでゆっくりと文章を書く時間はしばらくなさそうです。

私も様々なことを経験する中で、価値観が変わったりして、少しずつ扉が開かれてきたようです。
今年は中学の同窓会に初参加してきました。懺悔しなくてはならない人がたくさんいたりして・・・(笑)
でもそんなことは堂でも良かったようです。結局。
あたたかく迎えてもらえました。
みんなの目に映る私は、私が思うほど酷い人間ではなかったみたいです。(笑)

生きること。年を取ることは、良いことかもしれないなあと思うようになっています。
まだまだこれからだ~~~

ではまた
Commented by 心炎 at 2013-01-02 03:06 x
あけましておめでとうございます。元旦から勤務とはおつかれさまです。ゆっくりお休みがとれるとよいですね。
私も、こんなオジサンの年齢になってしまっても、思春期の自意識過剰を過去のものにしきれていません。
やはり、どこかで成長がとまってるんですね。

同級会に出られてよかったですね。それは、とってもいいことだと思います。同級生という存在は、ほんとに特別なもので、家族でもなければ赤の他人でもない、というなんか「疑似親戚」みたいなところがありますね。

rikoさんにとって本年が良い年でありますように。
Commented by riko at 2013-01-02 11:56 x
あけましておめでとうございます。
休憩時間に書いてます。
いつも心炎さんの記事を読み、言葉の美しさに心打たれています。
昨日は半日休みが取れたので、一人で温泉に直行しました。ぬるい露天風呂に30日分入っていたら、体の芯から温もってきて、疲れが抜けました。
いつもなんですけど、一人温泉の女子ってけっこう多いんですよ。
心炎さんにとって、温かい気持ちの時間が多く持てる一年となりますように。
Commented by 洋子 at 2013-01-08 23:53 x
ありがとうございました。
生きがい、ですか。、欲しいですね、いつも。
生きがい、というと思い出すのは、既に亡くなった河合隼夫先生、といっても、会ったこともないですが。臨床心理学者の。
患者さんが言ったそうです。『先生、私は何のために生きているのか分らないです。生きがいも何もなく、もう生きている意味が分からないのです』と。
先生は言ったそうです。『ほ~それはすばらしいですね。生きがいがあって生きるのは当たり前だけど、生きがいもなく生きておられるとは!』
昔読んだ河合先生の本を思い出しました。
これからも宜しくです。
Commented by 心炎 at 2013-01-09 02:19 x
 こちらこそ、ありがとうございます。
 ACとして、アディクションに生きざるをえなかった子供時代を送った「同胞」だと、今日、改めて感じさせていただきました。
 お互いに現在、どのような状況にあったとしても、洋子さんは「仲間」です。

 しばらくお会いしていませんでしたが、久しぶりにお顔を拝見して、「やっぱり同じ悩みと苦しみを経験してきた仲間だ」と感じました。

 でも、お元気そうで何よりです。また、ここに遊びにきてくださいね。
Commented by 洋子 at 2013-01-09 20:43 x
はい!遊びに行きます!
今の私は、今の私でもう十分です。開き直りじゃないです。
いや、開き直りの時期も長くあったけど(笑)。
もう、今の自分の中で、ヨシ!とした時に、『かつてこうありたい、ありたかった自分』と違う自分が見えてきました。
私て、単なる≪めんどうくさがりや・プライド高いがコンプレックスはもっと高い・泣き虫・うらやましがりや・損得無しで仕事する・いくつになってもお肌の手入れが気になる≫
あら~こんなおばさんに過ぎなかったんですね!
ず~っと知りませんでしたよ。
でも、けっこう好きですよ。いや、一緒にずっと、歩いて行きますよ。
むこうはいや、かもしれないけど、ね!
名前
URL
削除用パスワード
by ecdysis | 2012-12-28 02:03 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(6)