安心と安全と安定と

 ACになる私のような子供時代を送った人たちの家庭には、よくいわれるように「安心・安全・安定」がなかったのだとつくづく思う。

 逆に「恐れ・危険・不安定」の中で育ったので、その後の人生でも「安心・安全・安定」を切に求めながらも、現実に送る生活には常にどこかに「恐れ・危険・不安定」の要素がぬぐえない人間関係を形成しがちだ。

 それはたぶん、「ほんとの安心・安全・安定」を知らないからだろう。

「安心」というのは、自分が何もしなくとも「安心」なのだし、「安全」もそうだし、「安定」も既に親たちが安定していれば、子供の自分は何も考えなくてもよかったはずだ。

 だが、私はどういう風になってしまったかというと、「安心=自分でなんとか自分を安心させようとすること」
「安全=自分でなんとか安全な場所を探すこと」「安定=自分でなんとか安定を得ようとすること」という定義がしみついてしまっている。

 子供としての家庭の中での「安心・安全・安定」は、親から無条件で与えられるべきもので、本来が「自分でなんとかしようとする」ものではない。
 だが、私は「自分でなんとかすること」が習い性になってしまったし、「安心・安全・安定」とは「気付いた時には既にあって、当たり前のものとして受けるべきもの」ではなく、「いつもそこへむかうべき努力と格闘の目的」になってしまった。

 その格闘に多くの努力を割く子供時代であったがために、ほかの健康な家庭の子供たちのような、ものを楽しみ、感情を豊かに受け入れ、十分な遊びとコミュニケーション能力を養う機会が奪われた。「安心・安全・安定」が、親たちに既にあって享受が当たり前の彼らと、祖父母にも両親にも欠落していて、「自分でなんとかしなければならなかった」私と、違うのは今考えればあたりまえすぎる。

 そもそも子供にとっての「安心・安全・安定」は、「努力・格闘して得る状態」ではないし、そういう方法でえられるはずもないものだ。いわば既に平和で安定した社会に生まれ育った人と、戦火に見舞われ銃弾飛び交うなかで育ち、「なんとか戦争を終わらせなければ」とみずからも銃をとるような社会に生きる人ほども差があるのだ。

 つまり、たとえは悪いが、ACとしての私が「安心・安全・安定」を自分のものにしようとし続けてきたのは、「戦争を終わらせるために銃をとる」という絶対矛盾を知らずに実行してきたということだ。

 その挙句がアルコール依存であり、うつ病だった。

 自分の力で、自分の生まれ育った家庭をなんとかしようという「習い性」を手放さなければ、私の「戦争」は終わらない。生まれ育った戦場の我が家を平和にするために、私は自分を犠牲にする孤独な兵士となったが、戦いは終わらず、「上官」だった母も「部下」だった弟も戦死した。生家の家屋敷という「領土」すら保全できなかった。これは、完全な我が家の「指揮官」であるはずの私の父の、そして私の「敗北」である。

 しかも、この戦争には確たる「敵」はいなかったのだ。いるとすれば、自分の生まれた家系そのもの、依存症の系譜であるかもしれない。「自分の力でなんとかする」という戦争は敗北に終わり、私は自分の運命に白旗を上げて神の前に降伏する。
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by ecdysis | 2013-06-02 09:37 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)