思いこみで人生を支えてきた

 自分にとって、「これだけは大事」「これは絶対に不可欠」と思っている人生要素が、実は自分にとって有益どころか有害なもの(行為・価値観・欲求・人間関係)だった。それを、この年になってはっきり認識することは、アディクションにはよくあることとはいえ、驚きだ。

 自分の嗜癖に関することには、強烈な否認が働いていて、「すごく大事だと思ってきたことが、実は有害である」と長い年月、気づけない。そこに物質的・肉体的な快楽がともなえばなおさらのことだ。
 その快楽も落ちついた地味な快感や楽しさではなく、刺激的で陶酔感や高揚感をともなうのが通例だから、なおさらのこと「有害」とは認められない。

 そういう快感ばかりを快感だと思っているから、落ち着いたシンプルな快感や素朴な楽しさを、ACは感じられないのだ。

 人間には、感じられる喜びや快楽に、ちゃんと限界がもうけてある。残念ながら、ACは苦痛を感じる感度よりも、喜びを感じる感度の方がはるかに低い。だから、過去に受けた精神的苦痛への防衛に気持ちをもっていかれている間は、人間らしい喜びや楽しみは感じたくても感じられない。

 ACはみな、過去の苦痛にとらわれているので、現在の喜びを感じる余裕がない。
 それは、感じる能力がないのではなく、感じる暇がないのだ。
 過去の苦痛やとらわれから離れていけば、みんな現在の楽しみや喜びを感じられるようになるし、シンプルで穏やかな快感を感じられるようになる。

 回復とは、人間にゆるされた範囲で、人間にゆるされた感覚を使って、ありのままにものごとを味わえるようになることをいうのだろう。
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by ecdysis | 2013-09-30 01:41 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)