人気ブログランキング |

ACの原家族、この緊張と恐怖と不安を常に強いるもの

 父の怪我や病気の世話や各種手続きに宮城と東京をいったりきたりしていると気持ちが休まらない。
 先月末、今度は父が太ももを打撲した上、電動ノコギリで切ってしまって、開放骨折と何針か縫うケガをして宮城まで呼び出された。

 この男は、いつもそうだった。家族に恐れと不安と痛みを与えるだけで、安心させてもらったことがない。

 さかのぼれば、祖父と祖母もそうだった。私の家では、たいていのAC家庭がそうであるように「安心のない緊張しっぱなし」が当たり前だったとつくづく思う。
 家庭内で酒乱や夫婦喧嘩や親子喧嘩や口論や虐待がないときも、それらがいつ再開し勃発するか、家族全員が常に身構えていなければならない家だった。

 そんな家庭で生きる私のような子供たちは、家庭内の中でいかに生き伸びるかだけにエネルギーを費やすので手いっぱいだ。

 傷つけられることへの恐れと不安と痛みを回避することだけで精一杯の子供時代を送るのだ。

 ほかの健康な家庭の子供たちのように、友人どうしの遊びやゲームやスポーツ・趣味などを心から「楽しむ」ことができないで育つ。
「楽しむ」というのは「恐怖や不安や苦痛のない精神的な余裕」があってはじめて意識できる心理だ。
 だから、ACが大人になっても「楽しむ」ことができないのは、それ自体が、その人の生い立ちのひどさを物語る痛ましい証だ。

 そして、ACは無意識のうちに、大人になっても「常に緊張し不安や恐怖や痛みの再発に身構える」ことが必要な環境や相手を選ぶ習性を身につける。
 さらには、他者に対して「常に緊張や不安や恐れや痛みを与え続ける親や家族」になってしまうケースもあり、これは私の父親がひとつの典型だ。

 つまり、「余裕と愛情と安心と保護」によって健康に結ばれるべき家族関係が「緊張と恐怖と不安と痛み」によってのみ結ばれる病的関係にとってかわっている。

 こういう真逆の病的関係性で構築された家族関係を、すっかり回復させることなど不可能だ。回復するにしても一世代や二世代でできることではない。
 私のように結婚もせずに、もちろん子供も持たないで生涯を送り、世代連鎖をとめるぐらいが関の山であろう。

 最近、やっとそれがはっきりとわかるようになった。そういう家族関係の被害者となって独身生活を送るような人生はいやでたまらなかったし、それだけは避けたかった。しかし、家庭を持つ以外に自分のやるべきことややりたいことを見つけて、そこに意識を集中すれば、原家族にふりまわされる度合いがうんと少なくなることが判明したので、これからはそこへ向かって行こうと思っている。



 
トラックバックURL : https://ecdysis.exblog.jp/tb/22700963
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by 文太 at 2014-10-02 20:23 x
振動工具でも丸ノコ、サンダー、グラインダーは『キックバック』と呼ばれる反動で大怪我をする事があります。

チェーンソーもキックバックが起きる場合もあるんじゃないでしょうか?
Commented by 心炎 at 2014-10-02 20:32 x
文太さん、ありがとう。正しくは、チェーンソーではなく「電動丸ノコ」で太ももを骨まで切ったみたいです。どの程度の深さまで骨を切ったかわかりませんが「開放骨折」というものだそうです。
Commented by riko at 2014-10-05 11:05 x
心炎さん、お疲れさまです。
私もつい最近、実家とは気持ちの中で訣別したところです。
無理をしてまで、母に尽くそうとは考えていません。

歳を取って少しは変わるかなと思いきや、それはないようです。


やりたいことがあるって、素晴らしいですよね。
私もささやかながら、心の底から楽しいと思える時間を持てるようになりました。
長い時間がかかりました。
Commented by 心炎 at 2014-10-06 23:21 x
こんばんは。Rikoさん。「実家と訣別」「無理をしてまでは尽くさない」
というのはACにとって、とても大切なターニングポイントだと思います。よくそこまで決意されましたね。心の底から楽しいと思える時間を得られるようになったとのこと、「おめでとうございます。ほんとによかったです」と祝わせてください。
Commented by riko at 2014-10-11 15:54 x
心炎さん、ありがとうございます。

携帯からコメントできなくなっているので、pcでチャレンジしてみます(笑)

母との関係は長年の私の重荷でした。
でも母のACは祖母からの連鎖ですし、私の苦しみはだれのせいでもないわけで。
だから母のことは、距離を保ちながらも受け入れようと接してきました。
けれどわかったのです。
母にとって思いやりとか真心がいかに優先順位の低いものであるのか。彼女は相も変わらず、虚栄心を糧に生きている人なのだということが。
ですから、相手がそれほど望んでいないことを、自分を犠牲にしてまでする必要はどこにもないのだと考えるようになりました。

これまで以上に、淡々と接していくものと思います、わたし。

楽になりました。
名前
URL
削除用パスワード
by ecdysis | 2014-10-02 13:11 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(5)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)