封じられた叫びの子(小学1年編)

 インターネットで「言葉で表現できないことによって体が病気になる」という記事があった。要するに、心身症や無感情言語障害の理由の説明のような記事だが、これはACやアディクションの重要な一因をも示している。

 人は子供の頃に、健康な感情表現を言葉でも表情でも行動によっても行うことが必要だ。それは、喜怒哀楽だけでなく好き嫌いや受け入れる受け入れない、許す許さないの表現をも含む。それによって、自分が安全であること、守られていることに安心し、親たち保護者にケアしてもらいたいということを主張し、認めてもらうことで「この家は自分の居場所だ」と安心を感じることができるのだ。そうしてこそ、初めて健康な子供時代を過ごすことができる。

 しかし、私のようなACは、親や家族に対し、子供として表現すべき、ごくふつうで当たり前の感情や欲求さえ、表すことはおろか感じることさえ許されない環境に置かれて育った。

 怒りや悲しみや不平や不満、あれがほしい、これはいやだ、好きだ、嫌いだ、こうしてほしい、それはしないでほしい・・・などなど、なんと多くの人間に当然あるべき感情を封殺されて生きてしまったことか。

 その封殺の仕方も、多くは虐待やネグレクトや脅迫など、理不尽さと暴力をともなう著しく不当な手段によるものだった。
 しかし、それらが理不尽で不当だといえるのは今や大人になったからであって、子供の時分にはそういう批判心を持つことなどできなしなかった。

 しかし、理性や批判心は乏しくとも、子供には子供の良心があり、人間らしく扱ってほしいという願いがある。言葉にすることはできなくとも、親に愛されたい守ってほしい、甘えたいという感情は確かに存在していたし、それは決して消滅しない子供の心そのものとして今も存在し続けているのだ。

 その表現されなかった子供の心の中で、私の内なる子供は二つの「叫び」を特に強く持っている。そのひとつは、非常な虐待を受けたトラウマを持つ子供の叫びで「だれか助けて」というきわめて切迫した恐怖と強迫のパニックにおちいっている。 もうひとつは「いやだ、やりたくない、やめてくれ、こんなのいやだ」という拒否・拒絶の叫びだ。

 この二つが表現すべきときに表せずに封殺されたため、私がまず発症したのが歪んだ性の妄想と自慰行為と自傷行為だった。
 小学校一年のときに母親から虐待を受けたあと、私は絶望に陥り、学校や外で起こったことや、自分の欲求を母親にまったく伝えない子供になった。母親に助けを求めることも甘えることも全くしなくなった。

 それ以降、悪くない乳歯を自分で口じゅう血まみれにしながら抜歯したり、尿意をむやみと我慢して激痛をともなう血尿がでるまでやめなかったり、奇妙で痛ましい行動が増えた。たぶん、母親も私が変だというのは、ある程度はわかっていたと思うが、それが自分の虐待のせいだとはわからなかっただろう。

 その当時、私は夜、布団にもぐって寝る前に、誰か女神のような女性が現れて、自分に限りなく優しくしてくれる妄想を抱くようになっていた。私は、その空想上の優しい女性の慈悲深いイメージに毎晩のように逃避することで心が壊れることを防いでいたのだと思う。

 そんなある日の晩、私の空想にそれまでになかった淫猥なイメージが初めて現れて驚いた。突然、こんな妄念が起こってぎょっとした。それは、小学校一年生の同級生の色白の女の子が好きだったのだが、その子を土管の陰に連れ込んで下着を脱がして性的な悪さを加えるというものだった。

 自分でも予期しなかった生まれて初めてのよこしまな妄想に、私は魅入られたようになった。こんな妄想は、いけないことだと思ったが、後ろ暗い快感があって、こんな空想はもうすまいとは思わなかった。

 もちろん、その妄想が実行に移されることはありえなかった。第一、その子と二人きりになるどころか、現実には教室の中で口をきくことさえできなかったのだから。

 そんなねじくれたゆがんだ欲望があの晩、突如として現れた理由が、これまでわからなかった。しかし、母からの虐待というファクターを通して、初めて見えてきたことがある。

 その陰湿な性的加虐の妄想の源を求めていくと、私の被虐待児童の「圧殺された叫び」が見えてくる。私は自分の生存を委ねる母から、暴力によるによる拒絶と敵意と絶望を与えられ、この世界で助けを求めるべき大人を失った。

 当時、父と母はひどい祖父母のいる家からよその町に引っ越し、私と妹をつれて親子四人の生活をしていた。しかし、父親は東京へ出稼ぎにいっていて不在で、実際は母子三人の母子家庭のような状態だった。

 そんな密室性の高いなかで起こった虐待劇だったので、私には救いというものが全くなかった。母からは日常的に体罰・折檻を受けていたし、妹が幼かったこともあり、とにかく「手のかからない完璧ないい子」であることを要求され強制された。当時、空想に逃げテレビアニメや特撮ものに逃げ、虫や動物など好奇心の対象に夢中になる時間がなければ、とうてい生きてはいけなかった。

 今、やっとわかるのは、私は本当は母に助けて欲しかったのだ。彼女以外に私を助けてくれる人は、当時のあの環境では誰もいなかった。
 それなのに、私は世界で唯一の依存しきっていた存在から暴力をともなう拒絶を受け、全くの孤立無援となってしまった。
「だれか、助けて!」と叫びたかったが、その叫びを真っ先にきいて助けてくれるはずの母なる人が、私に過酷な虐待を加えたのだから、どこにも救いはなかったのだ。

 それはあたかも、犯罪から市民を守るはずの警察官から不当な暴力行為を受け、だれにも助けを求めることができなくなるのと似ている。

 宗教的表現でいうなら、それまで「神」「ハイヤーパワー」だった母が、一夜にして「悪魔」「理不尽な力」と化した。
 そのとき、私の中で「正義」と「神」への信頼が損なわれた。神は悪魔になり、私は以後、悪魔の庇護のもとで暮らすという言葉以前のイメージにとらわれていくことになる。

 成人して、カルト宗教を盲信して以来、理由もなく自分を「サタンの息子」と卑下する感情にとらわれてきたが、それはこの小学校一年生の私の叫びが形を変えて現れたのだ。 サタンとは母のことであった。

 神が助けてくれないならば、悪魔に媚びて身を売るしかないという、最悪の妄想にとらわれてきた。

 そして、その後、さまざまな場面で「正義」ということにひどくこだわり、正しいことが通らないと我慢がならなくなる衝動性が現れたのも、悪魔になってしまった母への恨みだったのかもしれない。

 こうした「叫び」が私をアルコールと女性への依存へと導いた。「だれも助けてくれない。でも助けてほしい」という絶望的な救いを求める心が、母以外の女性である幼いクラスメートに向かったのだろう。それが、一見、変質的な妄想となったのは、単なる嗜虐心というよりは、本当は泣きじゃくってすがりつきたい気持ちが、表現のしようを失って極端に歪んだ形で現れたのだとわかる。

 さらに、助けてほしかったが、あらかじめ「よい子」の縛りのある子供である私には、それを素直に叫ぶこともできなかった。
 私は母に肉体的にも精神的にも身動きできない、逃げられない状況で虐待されたのであり、その後遺症がこの年になるまで、まだ尾をひいている。

 私のこの体験をACに詳しい医師に話したところ、「去勢のストーリーが成立する」という診断だった。
 つまり、健康な成人男性になるのに必要な精神的な男性性というか「オス」の部分が奪われたというコメントだ。

 それは、親への反抗や不従順を許さないように、あらかじめ去勢してしまったということだ。

 このようなセクシャリティに踏み込んだ問題まで起こしていたとわかれば、去勢された男子の性欲が同級生の女の子への変質的妄想に発展してもおかしくない。

 確かに、今から50年前に、千円札を持たされて夕方に買い物に出されてそれをなくしたことを責め咎められたのが虐待のきっかけだ。当時の千円は今の一万円といっていい価値をもっていたので、母親が青ざめたのはわかる。
 しかし、今でいうなら6歳や7歳の子に一万円札を預けて、細かいものを買ってくずしてこいという方が、よっぽど無茶である。それは、むしろ母が最初から無意識的にでも、私を虐待して憂さ晴らしする機会をつくったのではないかという陰湿な推測さえ可能だ。

 思春期以降に、私の内に霧のように不透明でつかみ所のない自己不信が生まれ、異性への建設的な積極性を持ちえなかった理由に、この虐待体験が影を落としている。

 小学校一年時の虐待は、まず私に根底的な男性としての自己不信を刻み、オスとして配偶者を得て現実的に家庭を営み建設してゆく力を奪ったのではないか。

 それなのに、この数年後に、今度は「代理夫」の役割を押しつけ、「早く結婚して孫の顔を見せろ」と要求するようになった。息子を去勢しておきながら、今度は繁殖しろという。なんと身勝手な母親であろうか。

 これまで、狂った姑に日常的に虐待される母がかわいそうだという感情に曇らされてきたが、こうしてみると、母が私にしたことも相当にひどい支配欲の発現とみるほかはない。去勢であれその逆であれ、どちらも母が息子を自分の思うとおりにしようとした事実に変わりはない。

 すでに死去して十年になるが、母よ、あなたはいったい私になんということをしてくれたのかと、今更ながら憤りを覚える。人格障害の姑と問題飲酒者の夫との日常に、母も病んでゆきアルコール依存に陥った気の毒さはあるが、息子に対する支配という点では強烈だったのだ。


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by ecdysis | 2016-08-05 02:26 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)