悪念も邪心もわが心であるということ

 ダンマパダ(発句経)の釈迦の言葉を読んで気づかされた。
 どうも私は、自分の心というものを、よく把握してこなかったようだ。いろいろに感じて分析してきたつもりだが、自分の心に対する大きな否認と偏見があるのに気づかなかった。自分で自分を偏って見ていたのだ。

 それは、自分の醜い浅ましい欲望や暴力的な衝動や悪しき愚行を人に行使したい発作的な欲求などを、真正面から見てこなかった。もし、実行したら大変なことになること確実な感情等を、正直に自分の心の動きであると受け入れられないできたからだ。あまりにもみっともない意地悪で悪辣でひねくれた情動と衝動と欲望なので否認してきたのだ。

 それらの愚かさを、では私はなんだと思ってきたのか。ひとことでいうとこうなる。
「これは、何かのまちがいで、自分の心とはいえない。本当の自分はちがうのだ」
 しかし、否認してもあるものはある。自分の中で起こることなのだから、自分のものである。

 たとえば、混雑した電車からたくさんの乗客が長い列で降りてきて、なかなか乗り込めない時はいらいらする。疲れていれば、その乗客たちをいらだちにまかせて引きずりおろしたくなる。

 精神状態がすぐれない時には、見知らぬ飼い主が散歩させている通りすがりの小型犬に蹴りを入れたくなる。そんな暴力衝動が起きたりする。フラストレーションやストレスがたまると、見ず知らずでしかも体力的に自分より劣位の相手に暴力行動を働きたい衝動がよぎる。野蛮で幼稚で卑怯なのだ。もちろん、そんな欲望が起きるのはごく短い時間だし、実行に移すことはないが、実行に移せば犯罪で事件になる。

 もちろん、実行に移すのとそうでないのとでは大きな差があるけれど、通り魔事件を起こした加害者の動機感情と私の瞬間的な暴力衝動は、根っこの部分では同じだと思う。少なくとも凶暴かつ陰湿な残忍さが私の中にある。

 そういった悪意や破壊的な空想や妄想をも、私は自分の心であるとは認めてこなかった。私の心が、こんな悪意に満ちたいやな恥ずかしい粗暴なことを思うわけがないという、根拠のない思いこみがあって、受け入れることを拒んできたのだ。
 しかし、釈迦の説教に「心をおさめる」ということが非常に重要な修行方法として説かれている。

 それらは、心がいかに頼りなく浮き草で変幻するものであるか、つかみどころがなく変化しつづける不可解なものであるかを説く。そういう心をおさめないと苦しみから解放されないと明言されている。

 ところが、私の実感では自分の心が、それほどめちゃくちゃで変化し続けるものだという認識は、実はさほどなかった。色々と自分の内面に起こっているのを認識しているが、そこにはなんらかの理由があり、法則があり、分析すれば不可解ではなくなるはずだ。そんな根拠のない思い込みや甘さがあった。

 ゆえにめちゃくちゃな感情、相手や事態に反応した裁きの気持ち、犯罪行為の空想、悪意の妄想、暴力を振るいたい欲求、自我を通す衝動は私にとって心ではなかった。私がはっきりと「自分の心」と認識してきたのは、それらのめちゃくちゃな感情をなんとかしようとする気持ち、つまりよくない心を制御しようとする情動だけを「わが心」とみなしてきたのである。つまり「いい子の自分の心」「人に見せても恥ずかしくない心」だけを「自分の心」として認め、それ以外はあってはならない、じきに消し去るべきものとして認識してきた。

 しかし、それでは「自分の心」の認識は、半分以下でしかないとやっと思えるようになった。ちょうど月の表側だけを月とみなしているようなもので、裏側は月とはみなさないという、あやまった態度であると気づいた。
 表も裏も、善も悪も、認めやすいものも受け入れがたいものも、整然としたものもめちゃくちゃなものも、奇怪不思議であろうとなかろうと、みんな自分なのだ。

 その心の発生に理由や原因があろうとなかろうと、分析できようができるまいが、とにかく自分の内面に起こるすべてを「自分の心」とみなすのが当たり前のはずだった。
 そういう当たり前の前提で、もういちど自分の心について釈迦の説法を適用すると、目から鱗で、自分の心もまったくその通りだとあきらかになる。恐ろしいほど正確かつ詳細に、お釈迦様は心を観察していらっしゃることが垣間見えて、はっとさせられた。

 やはり、見てきたようで見ていないのだ。自分の心を縛っている既存の価値観は実に鞏固で把握困難な障害だと思う。
 そして、私は自分の大きな欠点である「激しい怒り」の自分をありのままに見つめ、その苦しみから解放されるために考察を開始しよう。



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by ecdysis | 2017-04-29 01:47 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)