どこにも無い場所~理想の家庭とユートピア

 以前、私の家庭願望は、マッチ売りの少女が売り物のマッチをすってその炎のあがる間だけ見える幻影のようなものだと、このブログにも書いた。その原因が、酔っ払った母親の妄想の言葉を真に受けたせいであったこともわかった。

 その母の妄想を基準にしていたがために、私は悲惨な地獄のような家庭環境を、自分の努力で天国に変えようと生きる目標にした。 18歳のその決意は、その後の恋愛や結婚についての考え方に、夢想癖に等しい非現実性を与えることになった。 まさに実在しない蜃気楼のオアシスを実在すると信じて歩き出してしまった。

 だからこそ、カルト宗教の地上天国・ユートピアを実現するという教義にひきつけられたのだし、自分の家庭を小天国にすれば、やがては全家庭も天国になって、全世界が地上天国になるという空想を実現可能だと思い込んだ。
 そのくせ、いつまでたっても実現できなかったし、むしろどんどん遠ざかってゆき、事態は悪くなることはあってもよくなることはなかった。

 今にして思えば、発端から目標まで、すべて空想妄想だったのだから、当然である。
 だが、それを空想妄想と思わないできたことが、私の失敗というか不明というか試練というか、とにかく現実・事実・真実に至らせない自家製障壁となった。 しかし、それもぜんぶムダだった。ムダだったという気づきが得られた以外は、みなムダな苦労だった。

 ユートピアという言葉は、16世紀の英国の思想家トマス・モアの著書に出てくる虚構の国家名だが、そのもとはギリシャ語の「ウ・トポス」すなわち「無の場所」ひらたくいえば「どこにもない場所」ということになる。

 なんたることだろうか。虚偽というものは百万回繰り返しても、真実を一粒も生み出さない。塩を百万回なめても決して砂糖にはならない。
 最初から最期まで、私の家庭願望は、アニメやドラマの世界、空想と妄想の中にしかない「どこにも無い場所」の虚構でしかなかった。
 さあ、茫然とするが涙を流す気にもなれない。洟をかんで欠伸をして背伸びをしてうなだれて「は~ぁ」とためいきついて、これからどうしたらいいか考える、一個のおじさんの姿をしたアダルトチャイルドになるのだ。


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by ecdysis | 2018-04-01 00:27 | メンタルヘルス | Trackback | Comments(0)