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無力な救済者

 この一週間あまり、嫉妬とそねみと罪悪感にほんろうされ、悲嘆と不安、祈りの間をいったりきたりしてきた。

 そして、また布団の中で激しく泣いた。かえってこないこと、失われたことが、もうどんな手段をつかっても取り戻しようがないことに悲泣した。

 私は、あまりにも過酷な生家の家庭環境の中で生き延びるために、だれかに恋をし、夢み、だれかを愛することで、自分のおかれた環境の酷薄さと恐怖をまぎらわせてきた。それが、どれほど病的なことであったか、いまじわじわと理解し体感しつつある。

 夜にひとりでいて、だれかと電話をしていないと、いてもたってもいられない孤独感に襲われる。心が寒くて仕方がない。この孤独感と閉塞感こそ、私を家庭願望と女性依存に追いやった正体だ。酒を飲んでいたころ、とくに前世紀中は、酔って長電話する常習者だった。

 だが、私は電話をかけようとする手を止める。我慢してメールも打たない。すれば、同じことのくりかえしだ。

 私は変わりたいと願った。そして、今日、あらたに「私を救ってください」と、激しく泣いたあと、神さまに祈った。「私の愛する人たちを、お救いください」と祈って、少し眠った。「私の愛する人たち」とは、私と交際してきた、さまざまな心の病を持って苦しむ女性たちだ。

 私の依存心の裏返しの愛によって、彼女たちと交際したものの、それは彼女たちの心の病を癒すどころか、相手によってはかえって悪くしたように思う。私は彼女たちの病を軽快させることも緩和させることも、ましてや彼女たちの病をなんとかできるという傲慢さも、すべてうちくだかれた。私の彼女らへの愛は、時間とともに依存に変わり、幸福なときは、苦い幻滅を相手に与えるときへと変貌した。

 それなのに、私は愛する彼女たちの情愛に十分にこたえられなかったことを後悔し、「助けられなかった、救えなかった」と、長く嘆いてきた。深く鋭い嗟嘆に、突き刺されてきた。自分に他者を救う力などないのに、それにさえ気づかずに。

 なんと、おろかな身の程知らずの救い主願望か。私が、子供ごころに「このかわいそうな母を救いたい」と願ったのと、どこが異なるだろうか。母を乞い、愛するがゆえの想いではあったが、自分の無力をまるで知らないという点では、おろかさのきわみだ。

 もう繰り返したくない。だから、この孤独に耐えてブログをつむぎ、また、読んでもらうための文章も書き続ける。

 
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by ecdysis | 2007-10-06 23:17 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)