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いつも母に見守られていたかった

 私は、幼稚園に入るまで、おしゃぶりをくわえて外で遊んでいたのだと、生前、母がいっていた。泥遊びに夢中になると、おしゃぶりがわずらわしくなり、その辺に投げ捨てる。ひとしきり遊び終わって、われに返ると、おしゃぶりがないことに気づいて、たちまち泣き出す。

 記憶にないが、どうもそんなような、発達の遅い子供だったらしい。

 それから、同じ年齢ぐらいのころ、風呂敷をマントにして外でスーパーマンごっこかなにかを遊ぶのだが、自分では首に風呂敷をゆわえられないので、母にやってもらった。首にゆわえてもらっては、外で遊ぶ。やがて、あきて母のところにきて、はずしてほしいとせがむ。はずしてもらうと、またすぐに遊びたくなって、また首にゆわえてもらう。遊んで飽きて、またはずしてもらう。ほどなくして、すぐにまた首にゆわえてもらう・・・・というようなことを、一日に何度も何度も繰り返したという。

 こちらの方は、なんとなくそんなことがあったような感じのあいまいな記憶めいたものがある。

 小学校一年のころにも、参観日には後ろに並んだ母が気になって気になって仕方なく、授業に身が入らず、しょっちゅう後ろを振りふりむいて、母の姿を確かめていたという。

 これも、なんとなくそういうことがあったような記憶がある。

 こういう回顧談を思い返すと、私は母との間に安定した情緒関係をつくることが、うまくいかなかった子供なのがわかる。母とは、いつかいなくなる存在で、いるうちにしっかりと何度も、その存在を確認しておこうという痛々しさがある。

 実際、三歳まで、母の実家にあずけられて、母子が別々に暮らしている期間が長かったという。生家と母の実家の間を、何度もいったりきたりして、ずっと母といっしょにいられるわけではなかったのだ。そのときの不安と寂しさが、私のマザーコンプレックスの根源だろうと思う。
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by ecdysis | 2007-10-09 00:22 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)