ドライ・ドランク少年が見た夢は

 昨年の年頭、同じ自助グループの先輩から、私は「飲む前から、アルコール依存症者の家庭環境の中でドライ・ドランクになっていた」のではないかと示唆を受けて、考え込んでしまった。

 そして、今、まるで水底に沈んでいた釣りの浮きが、何十年ぶりかで、ぽっかり水面に浮きあがってきたかのように、気づかされたことがある。

 もし、私がドライドランク状態で育ってきたのだとすれば、自分で「まともな願望」と信じた「家庭願望」もまた、「酔い」の見せた妄想ではなかったか。「酔っ払い」にとって「まとも」とは、どんなことだろうか? 酔いがらみで抱く願望は、シラフの眼から見て「まとも」でありうるだろうか。

 その「願望」が、どんなに「まとも」そうに見えても、ドライドランクのバイアスがかかっているなら、決して自分が信じたほどには「まとも」ではないはずだ。逆に、ドライドランク状態で「まともではない」と思ったこともまた、シラフの眼でみれば、案外、それほど「まともでない」ことではないのかもしれない。

 私は、自分が本来、受け取るべき「幸福な家庭」という、いつかたどりつくべきオアシスの夢を失ったと泣いた。また、生い立ちの不幸によって奪われたと思い込み、嘆きと落胆におちいってきた。だが、それらは最初から幻想で、失われる対象でさえなかった。受け取るもなにも、もともと「なかった」のだ。あらかじめ無いものが、失われることはありえない。

 ただ、他の家庭への嫉妬と羨望のあまり、ドライドランクの夢とも知らず、「当然あるべきもの」と信じこんできただけだ。

 私の人生のオアシスは、「失われた」のではなく、はじめから「なかった」のだ。
 蜃気楼とも知らずに、アルコール依存症の砂漠をさまよってきたが、ここから引き返すときだ。
 あると思いこんできたオアシスが、実は蜃気楼だと気づいたショックは避けられない。だが、このまま気づかずに、野垂れ死にするよりは、ずっといい。

 私には、まだ引き返す体力も気力もある。
 それを前提に、これから生きなおしていこうと思う。
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by ecdysis | 2008-01-14 02:07 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)