病的な『孤独』

 いままで少しも思わなかったのだが、もしかすると、私のようなACや依存症の人間は、孤独やさびしさの感覚さえ、普通の人と違うのではないかと、最近、ふと思う。

 孤独の感覚やさびしさの感じも、「普通の人の感じ方」と質的にちがうのではないだろうか。
 私のいう「孤独」と、普通の健常な隣人たちのいう「孤独」は、言葉は同じでも違う感情・感覚ではないのだろうか。

 私の「孤独」は、強烈な見捨てられ恐怖や、得体の知れない漠然とした、あるいは具体的かつ日常的な不安の感覚、さまざまな強迫観念や虐待などによるトラウマが流れ込んでいる「流氷の渦潮」のようなものだ。

 その孤独を感じるくらいなら、死んだ方がましと本気で考えるほど、深刻で病的な孤独感だ。

 巷間にいう「人はだれでも孤独だ」という言葉は、そこでは通用しない。
 「人はだれでも病的に孤独だ」とは、決して表現されないから。

 私の孤独は「普通の孤独感」と「病的な孤独感」の二重構造になっている。
 そして、前者はたやすく後者に変じて、私の日常生活をおびやかすのだ。
トラックバックURL : https://ecdysis.exblog.jp/tb/9061037
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by うさぎ at 2008-06-17 16:32 x
私もACです

すごく分かります

愛されたくて相手の思うとおりにしてしまう

都合のいい女でした

死にたいと思っちゃったのも寂しかったからかな
Commented by 心炎 at 2008-06-18 21:52 x
うさぎさん、共感していただいてありがとうございます。死にたい気持ちをいつも持っているのが、わたしたちACなんですよね。相手にノーをいうのがとっても苦手。

 親に対する態度が、そのまま恋愛の対象にも向かってしまうようなところがあって、自分と自分の中の子供と、二人分を相手に要求するし、また応えようとするから、恋愛はいつも苦しくて思うとおりにならない不幸な様相を帯びてしまいます。

 幸せな恋愛なんて、自分には縁がないのかと思うこともしばしばです。
名前
URL
削除用パスワード
by ecdysis | 2008-06-17 02:20 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)