あやまり続ける子供

 私のAC性が、顕著にあらわれるのは、「精神的にくるっていて粗暴だったり、理不尽だったりする人間」と、一定期間にせよ密接なかかわりができてしまうことだ。

 明治のころからの酒乱家系で、ACになる要素ばかりだったが、そこにいた家族たちが、アルコール依存症や人格障害やACや共依存でくるっていたので、これまでも書いてきたが「きちがいのいる場所がふるさと」になってしまったのだ。

 母が、私を小学校1年のときに虐待したのも、酒乱の舅と人格障害者の姑に過酷な扱いをうけて、激発しやすくなっていたのだろう。
 あのとき、私は自分が悪いことをしたおぼえはないのに、母の虐待の続くのをやめてほしい一心で、「ごめんなさい」と泣きながらわびた。

 虐待された理由は、母から頼まれた買い物のおかねを途中で落としてしまったからだ。落としたのは千円札だったが、今でいえば一万円札を小学校1年生に持たせて、晩の買い物にやらせたも同然で、そんな生活費の大枚を、子供に持たせる方がどうかしている。

 わずか七歳で、1万円札を夜ににぎりしめて、暗い夜道を買い物にいくわが子を、母はどう思っていたのだろうか。七歳に1万円札をあずけるほど、母の期待が大きすぎたのか、あるいは無意識のうちに、母が私を虐待する口実をつくるために持たせたのか。両方とも原因としては考えられる。そうだとするなら、私は母の期待とおりにおおかねを落とし、母のネガティブな期待にこたえてあげたことになる・・・。

 だが、私はどこかで、あのとき泣きながら、身に覚えのないことで虐待されてわびたこどもが、まだあやまり続けているのを感じる。ゆるしを得るまで、わびつづけるこどもが、意識の深層にいるのだ。だからこそ、母のような理不尽な人間を見出しかかわり、自分を小さくして罰して、許しをえようとするのかもしれない。

 そんなことを考えると、そういう人間関係がいやになってくる。
 もうやめよう。私は虐待されるほど、ひどいことはやっていなかったのだ。だからあやまる必要もないし、許しをこう理由もない。どうせ、許してもらえないなら、あのとき母に媚びてあやまるのではなかった。

 母からの虐待をまぬがれたくて、口走った謝罪の言葉のうそと白々しさ、そしてそれすらも足蹴にした母への絶望が、私の中の子供がにぎりしめて放さない告発の証なのだ。

 後年、私が成人してから、母がそのときの虐待を思い出して「あのときはかわいそうなことをした」と涙ぐんでいたが、悪いと思うなら、なぜあやまってくれなかったのだろうか。私の目の前で涙ぐめば、それで私に申し訳ない気持ちが伝わったと思ったのだろうか。

 あのとき、私が涙ぐむ母を見て思ったのは、「意外だ。ひどいことをしたと思っているのか」という驚きと、「いまさら、そんなことをいわれても手遅れだ」という冷ややかな感情だった。虐待で生じた心のひびわれは、もうもとには戻らない。
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by ecdysis | 2008-07-17 01:49 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)