母のアルコール依存症2

 母のアルコール依存症について、ここに書こうと決めたときから、肩こりと鈍い頭痛が起こっている。風邪のときのような頭痛だが、風邪をひいているわけではないので、きっと精神的な疲労からきているのかもしれない。(ダメージの大きさは、ここ以外のメールや投稿に誤字が多くなっていることからもわかる)

 それでも、私は自分を変えるために、この気づけないできた母との癒えない古傷のようなかかわり方を終わらせたい。解放されたいのだ。

 生まれて初めて泥酔した母親にもたれかかられて、逃げ場のない依存の対象にされた私は、それからすぐに、いまだにショックをひきずる光景を目にする。

 私に泣きついて、すがりつくだけすがりつくと、母は台所から、童謡を歌いながらよたよたと居間に歩いてゆき、そこで大の字に寝ころんだ。
 そして、寝たまま、私の名前を、くりかえし絶叫しはじめた。まるで、海にむかって自分のいちばん大事な人の名前を叫ぶように、自分がファンの歌手のステージに向かって黄色い叫び声を出すように、発狂したとしか思えない黄色く裏返る声で、私の名前を絶叫した。
 そんな母の声も姿も、生まれて初めてだった。

 母は、大の字になって硬く目をつむり、私の名を絶叫してから、赤くにごった目で私を見上げた。

「ああ、きもちいい。おまえの名前を叫ぶと、まぶたの裏に黄色い光が走る。ああ、きもちいい」

 私は、そのとき「妄執」という言葉の意味を知ったような気がした。母が私に持っているのは、母親としての愛情なのか、それとも妄執なのか、後者ではないのかと、呆然とする思いだった。

 おそらく、母はそこまで崩れたことは、あれだけ泥酔していたのだから覚えていないはずだ。アルコール依存症者にとっては、酔っているときは別人格なので、母の泥酔時の行為が彼女の本音だとは思わない。だが、こう思えるのは、アルコール依存症のことを知って、自分で体験したからいえるのであって、14歳のときの私には、母がこれまで隠していたものをあらわにしたとしか思えなかった。

 それから私は、母を助けおこして、客間に連れてゆき、ふとんをひいて寝かしつけた。

 それはとても深い重圧と孤独とよるべない不安に、うちのめされた夜だった。

 母に、おまえだけが頼りだとすがりつかれたとき、私は本当はだれかに助けてほしかった。
 一緒に、この母からの依頼の重圧をわけあってくれる人が、いればいいのにと心から願わずにいられなかった。だれか、母を助けてほしい、そして私を助けてほしい。それが本当の感情だった。
 
 だが、あの晩に、私の孤独と重責を、ともにになう人は、どこにもいなかった。母の夫である父のことは、まったく念頭にものぼらなかった。
 
 あれ以来、私は、母の願望をかなえるための代理夫として、生きるようになってしまったのだと、いまわかる。

 私は、中学生の時分から、結婚願望が強く、すでにそのころから、「結婚」を意識して恋をするのが当たり前になった。嫁さん探しをはじめたのだ。同時に、なぜか「死」というものを強く意識するようになっていた。

 これまで、それらは学校での生徒会のストレスと家庭でのいざこざのせいだと思っていた。
 しかし、いまこそわかる。それらは、みな14歳のときから発現しはじめたのだ。

 母が泥酔して、私にすがりついて助けを求めたあの晩から、すべてははじまったのだ。

 いまなら、泥酔者のたわごとで、母もあの世で恥ずかしさを感じているだろうと思うけれど、当時14歳の私には、逃れるすべのないことがらだった。あんな重荷を背負わされて、苦しくならないはずがない。無理で無茶な泥酔者のおろかなふるまいが、私を傷つけたのだ。

 そして、母の「酔っ払い」としての姿が、急激に我が家の日常に浸透してゆく。

(つづく)
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by ecdysis | 2008-08-03 01:50 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)