母のアルコール依存症3

 あの晩から、母の泥酔する姿を、たびたび見るようになった。

 これまでほとんど飲まなかった母が、アルコール依存症家系の叔父たちや、飲める叔母たちといっしょに、冠婚葬祭のときに、飲んで歌ったり騒いだりするようになった。
 それはそれで、母にとってのストレス解消だったと思うが、夕食をつくっている最中に泥酔してしまい、満足な夕食が食べられなくなることが、起こったのには閉口した。

 母は、アルコール依存症に典型の「酔うために飲む」飲み方だったため、キッチンドリンカー特有の「すきっ腹に強い酒をあおる」という悪い癖をもった。
 ビールのときはまだしも、20度や25度の「純」とか「樹氷」のような銘柄の焼酎を、こぶりのグラスで一杯のんで食事のしたくにとりかかるのだから、途中で酔っ払うのも無理はない。

 あるときなど、味噌汁は味噌を入れる前の具しかできず、おかずもなく、ただ山盛りのゆで卵だけが大皿に盛ってあり、母が台所の床に寝ていることがあった。私は妹や幼い弟とともに、母を助け起こし、寝かしつけ、ゆで卵だけをおかずにご飯を食べた。

 またあるときは、とにかく正体不明の煮付けというか、ごった煮ができていて、食べてみたらしょっぱくてとても食べられない、などということがあった。台所のテーブルでどろどろに酔っ払って赤くなっている母は、すっかり幼児化して、痴呆のようにえへらえへら笑って、焦点の合わない目で私たちを見つめ、「ごはん、食え」とだらしなく繰り返すばかり。

 弟が小学校で、妹が実家にいて就職していたころは、妹が近所の職場から帰宅すると、母が炊事を途中で放棄して床に寝ていたという。仕方なく、妹が夕食をつくりなおして弟と食べたこともあったらしい。

 そういう泥酔のときは、なぜか父がいないときが多かった。たまに父が仕事から帰ってきたとに、母が泥酔していたときもあったが、父は怒ることは怒っても、案に相違してさほどは怒らなかった。それどころか、やがて母がいっしょに夕食時にビールを毎晩のように飲むようになると、ついあう相手ができたせいか、喜んでいた節さえある。

 そして、ある程度酔ってくると、今度は食卓での父と母のケンカ口論だ。二人とも酔っているのだから、とめようがない。父母ともに酒にだらしなくなり、大声で罵倒しあってケンカし、それに怒って、ただでさえ酒乱の父は、ガラスや食器をぶちこわした。さらに、妹も私も成人して飲めるようになったとき、弟だけが飲まないということはありえなかった。

 母が、泥酔した私にすがりついて泣くのはもちろん、くりかえされた。私が大学生になって家から出たあとには、弟にも同じことをやっていたという。弟の話では、すでに当時から、母のキッチンドリンカーは進行し、あるときなどは、酔ってトイレにいって下着を脱いだまま、下半身まるだしで台所に大の字になって正体をなくしていたこともあったという。

 以後は、そういうことが何度もくりかえされ、私が高校生になったころには、母の「晩酌」は常態化したから、私が傷ついたように、幼い弟を非常に傷つけただろうことは想像にあまりある。

 その証拠に、母方の叔父が私の実家に用があって昼間たずねたとき、まだ10歳くらいだった弟が、あきらかに酔っ払っている態度で出迎えたという。私が成人してまもなくだったから、弟が父のようにしたっていた私がいなくなったころだ。弟もさびしくて辛くてたまらなかったのだろうと思う。

 大学1年か2年の暮れに、私が帰省して玄関に立ったら、出迎えた小学生の弟が私の顔を見て、ものもいわずに泣き出した顔が忘れられない。私の顔を見て、安心したのだろう。どんなにか、泣きたい辛い日常だったか、それを思い返すたびに、いまでもあわれで涙を禁じえない。

 母の飲酒の依存の形は、キッチンドリンカーの「山型飲酒」だった。
 おそらく、母の飲酒体験は、はじめは楽しく陽気で、辛い日常の憂さを忘れさせてくれるものだったろう。気の狂った粗暴な祖母も、酒を飲むととても陽気でいい人になったから、祖母にはいつも酒を飲ませていたいくらいだったと、母がいっていた。そのことからも、母が「酒の効能」を過信したことはいなめない。これまたアルコール依存症への典型的な入り口だ。

 だが、深酒の泥酔の断続的継続のうちに、母はやがてバセドウ氏病を患い、ついには糖尿病、脳梗塞と、アルコール依存症によって寿命を縮める生活が続いた。もし、アルコール依存症の恐ろしさやキッチンドリンカーやAC理論などについて、二十年前にわかっていたら、我が家の今の悲劇はなかったかもしれない。そう思うと、悔やんでも悔やみきれない。

 私が忘れられないのは、三十歳をすぎて実家にもどって数年を過ごしたときに、母が台所のふきんをたたまなくなったことだ。以前なら、きちんと四つ折にたたんでいたのが、汚い色でぐしゃぐしゃのまま、ふいたりするようになっていた。あんなに、清潔好きできちんとしないと気がすまない人だったのに、なんという変化だろうかと、母にかわってぐしゃぐしゃのふきんを、たたみながら私は嘆いた。

 母がアルコール依存症であることの、この救いのないみじめさは、体験した者でないとわからない。その暗い深刻な悲哀を知るのは、酔っていた当人ではなく、あくまでもそれを目撃・体験させられた側である。

 人生とは、醜態をさらすまでに泥酔して我をわすれなければならないほど、辛く苦しい生き地獄なのだ。私も弟も、母のアルコール依存症から学んだのは、そのことだった。ゆえにこそ、アルコールだけが、その苦しみから遁れるためにもっとも有効なのだと、言葉以前に教え込まれたのだ。

 それは罠だった。本当は、酔いに逃げる生き方こそが、家族を地獄に陥れる。
 しかし、母も弟も、そのことをほとんど自覚せずに、寿命を縮め、命を落とし、あの世へ旅立った。父親に至っては、自分のアルコール依存症はもちろん、妻と息子が飲酒の病で死んだことさえ、微塵も気づいていない。

 いちばん、救われないのは、ここまでひどい経験をしながら、なお自分のアルコール依存症に気づかない父親なのだろう・・・・。
 
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Commented by アル症のRです。 at 2008-09-01 23:22 x
先日は急いでいたため、失礼しましたm(__)mBB.Bの、「妻たちの章」にもグッとくるものがありますが、私がアル中で、息子にはどんな風に見えていたのかと思うと、やりきれません。息子が保育園に行く時間に私は起きられず、息子はおなかを空かせて、生のウインナーをかじったり、空の電気釜の、ご飯粒の付いたしゃもじを舐めていました。また私も、その姿が可愛くて、写真に撮ってあるのですから狂気です。前の晩に私が残した、焼酎の水割りを、息子は一気に飲み干し、保育園ではほっぺを赤くして、ご機嫌だったそうです。大事に至らなくて良かったですが、その彼も今は24歳で水商売です。心配ですが無力です・・心炎さん、私にも謝らせて下さい・・ごめんね・・
Commented by 心炎 at 2008-09-05 00:03 x
>Rさん
 ご返事おくれましてすみません。小さなお子さんとの、飲酒中のやりとりの経験を、よく正直にかかれましたね。息子さんは、そんなお母さんの苦悩を乗り越えて、きっと強く生きていかれると思います。

 私の母も、あの世でもしかしたら、詫びているかもしれませんね。飲まないで回復していくことが、家族にとって最大のよろこびであり、なによりの埋め合わせだろうと思います。

 Rさんも、罪悪感にとらわれることなく、前をみていっしょに回復してゆきましょうよ。
Commented by アル症のRです。 at 2008-09-05 00:21 x
ありがとう・・・・・・
Commented by 過越祭待ち at 2018-02-17 22:48 x
大変な思いをされましたね。そして、本来与えられるべきケアと平和と自尊心を育む余裕が与えられなかった過去。これを変えることはできません。なので何をどう失ったかを明らかに見、嘆きつつ諦めていかないと先に進めない。その作業を心炎さんはしておられると見受けました。
その上で、変えられるものは変えていこうという思いも。
私も、人間関係に恵まれていないので、変えていきたいと思っています。今私はDV夫と暮らしています。1回逃げたことがあるのですが、将来の経済的不安と夫の反省の態度からまた戻りました。再同居してしばらくしたら、別居前より夫の攻撃が更に巧妙になり、より離婚しづらくなりました。当分逃げ出さず、依存対象でも何でも使って生き延びるつもりです。その他の理由は、まず逃げ出す気力が不足しています。次に、逃げ出そうとしたときの攻撃の激しさを予想でき、恐れに覆われてもいます。
夫が外出し緊張が緩むと、心を支えてくれて、夫の攻撃を和らげてくれる子供なりペットなりがたまらなく欲しくなるときがあります。でも、それが虐待なのでしょう。
今変えられるものを見極め、変えること共に頑張りましょう。
Commented by ecdysis at 2018-02-22 00:52
> 過越祭待ちさん
ありがとうございます。色々と大変な想いをされているようですね。はたで読ませていただくと、一度逃げて戻ったというところに、着目して解析すべき事柄があるような気がします。いずれにせよ、これ以上、苦しむことがありませんように。あなたの悩み苦しみがなくなりますように。あなたの願いごとがかなえられますように。あなたに悟りの光が現れますように。神さまの御意志が成りますように、とお祈りさせてください。
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by ecdysis | 2008-08-05 01:31 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(5)