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カテゴリ:アダルトチルドレン・依存症( 448 )

 依存症の回復のための自助団体では、人知を超える力を「ハイヤーパワー」あるいは「神」という言葉でよく表わす。自助団体の回復のための祈りにも「神さま」と呼びかける言葉があったりする。

 いきおい、それらに関する根拠や理由を知らない人たちは、「宗教団体ではないのか」と怪しげなカルトの臭いを嗅ぎつけようとする。
 もし、その疑り深い人が、いわゆる「奇跡」を信じない人で、不可知論者であったとしても、私はその人にこう説明することにしている。

「たとえば、アルコール依存症の人たちの自助団体では、例会やミーティングとよばれる当事者の会合を定期的に開き、そこに参加するうちにいつのまにか飲酒欲求がなくなり、お酒を飲まない生活が定着します。
 彼らのほとんどは、その場所にたどりつくまで、だれもが飲酒をやめられず、自力はもちろん家族が努力しても、医者にかかっても、どうしても止まらなかった絶望的な依存に陥った人たちでした。
 しかし、この自助団体に参加し、自分の依存の体験を話したり聞いたりを続けることによって、あれほどひどかった飲酒の病的習慣がとまり、シラフの健康な生き方ができるようになりました。これは、現代科学では説明のつかない現象です。いかなるメカニズムによって、このような現象が起きるのか、明確で根本的な原因は説明がつきません。
 しかし、理論的・学術的な説明はできずとも、お酒がとまって健康な生き方を取り戻す人々が多くいるという現象だけは実証されています。
 この説明のつかない、しかし実証されている事実の原因を、あえて言葉にするならば、人知を超えたなんらかの力が働いた結果であると推測するしかありません。この飲酒依存症者たちを回復させる力を、かりそめにハイヤーパワーと呼んだり、伝統的な言い方で神と呼んだりしていますが、もともとは説明のつかない名付けようのない不思議な作用をおよぼす存在のことを差しています」

 数代前からアルコール依存症の家系で、五親等以内に問題飲酒者や依存症で死んだ人が何人もいる、私の生家のような家系の生まれの者は、健康に人生を過ごして天寿をまっとうできる可能性は、かなり低い。そんな背景の中で、断酒して生き延びていられるのは、もともと「飲酒によって早死にすべき運命にあるもの」が、「断酒によって早死にの運命を逃れたもの」になったということだ。

 この遺伝的かつ世代連鎖という重大で深刻な背景を持つ依存症の問題を、ネガティブからポジティブに裏返す力は、おのれ一人の自力ではありえず、家族の力だけでも実現できず、医療や介助者だけでも無理で、それらの人知人力をすべて合わせても、とうてい人為的に為しえることではない。ゆえに、そこに人間の力の総和を超えた大いなる力が働いたと推測するしかない。

 自助団体でいう「神」「ハイヤーパワー」とは、そういう不思議な現実を起こし続ける力に対する、かりそめの名前であると考えている。

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by ecdysis | 2019-06-24 00:41 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 ここでいう「回復」とは、共依存を含む各種依存症・嗜癖などの不健康な行動を手放し、自分をとりもどし、健康な日常生活を送れるようになることを意味します。さらに、ここでいう「健康」とは、何か問題が起こったときに、健全で適切な対処法をとれる状態に、心身が日常的にあることを意味します。

 自助グループで用いる12ステッププログラムと並行して、いいならわされている、いわゆる「スローガン」の英語と日本語訳を列記しました。
「平安の祈り」とともに有名なものばかりで、12ステップにふれたことのある方なら、このうちのどれかは耳にし目にしていることでしょう。
 以下のスローガンは、依存症や嗜癖から解放されるための道しるべとなるものです。

スローガン
(各「意味」の解説は、心炎が体験したことや、各種自助グループの人たちや医師・精神医療の関係者に教わって気づいた所をもとに書かせていただきました)

1.気楽にやろう(でもやろう)/Easy does it.
意味:回復のプログラムは肩肘はることも、ことこまかにこだわることも無用です。ただ、実行すればいいのです。英語だと「つべこべいわずにやってみな」「とにかく、やればわかるよ」という感じだそうです。くよくよしたり恐れにとらわれる必要もありません。

2.シンプルにやろう/Keep it simple.
意味:難しく考えないで細部にこだわらないで単純にやりましょう。

3.手放して神に預ける(ゆだねる)/Let go and let God.
意味:自分を苦しめているこだわりは、自力でどうにもならないなら、解決の時期と方法を含めて目に見えない大いなる意志に預けてしまいましょう。手放しても大事にはなりません。むしろ、大いなる意志がよりよく取り計らってくださいます。

4.生きよ、そして、生かせ/Live and let live.
意味:人は一人では生きられません。生かされている自分を自覚して生きましょう。生かされているのだから自分も恩返しに人を助けましょう。

5.深刻に考えすぎないように/Don't take it too seriously.
意味:問題となるできごとは深刻に考えすぎても解決にはなりません。むしろ、肩の力をぬいて「なるようになる」と信じて行動する方がよくなります。深刻に考えすぎる最大の問題は「行動できなくなる」ことです。ミーティングに参加するなど、行動することで変化が起こります。その変化が回復につながってゆきます。変化を恐れないようにしましょう。望んだことの大部分が実現しないように、恐れたことの大部分も実現しないものです。

6.今日一日/One day at a time.
意味:忍耐や我慢も、今日一日だけだったらなんとかできるでしょう。昨日までのことは変えられません。明日のことはわかりません。ですから、今、生きているこの一日だけ、健康さを取り戻すことに気持を向けましょう。

7.あなたに与えられている恵み(祝福されているもの)を数えましょう/Count your blessings.
意味:自分について否定的な過去のトラウマや恨みや怒りの相手のことばかり考えては被害者意識が強くなって回復がさまたげられます。自分が持っていないものや欲しくても手に入らないものや失ったものばかりを見るのは回復にむすびつきません。今、自分が持っているものや、手に入れたものや、すでにあって当たり前と思っているものを、改めて認識しましょう。回復してくれば「当たり前のものごとなどない」ということがわかるようになってきます。

8.これもまた過ぎ去る/This too shall pass.
意味:どんなに大変な苦しい体験の渦中でも、時間の流れはとどまることはありません。諸行無常という仏教の教えがある通り、目の当たりにしている現実がいかに過酷でも、これもまた過ぎ去って過去になります。ですから、いつまでもこの状況が続くととらわれるのではなく、「なるようになってゆく」と信じて過ごしましょう。あらゆるできごとは、はじまりがある以上、かならず終わりがあります。この大変な状況も、かならず終わりを迎えるということを思い起こしましょう。

9.自分に正直に/To thineme.
意味:自分と向き合うことは回復に必須の行動です。「あってはならない自分」「いてはならない自分」という親や周囲から教え込まれた裁きによるのではなく、「こんな自分」も、「あんな自分」もいるということを正直に認めることが大切です。その際、自己嫌悪や羞恥心にとらわれないようにしましょう。驚くような自分でも、軽蔑したくなるような自分でも自分です。そして、そういう自分をもっているのは自分だけではなく、ほかの人もそうなのだとわかってきます。本当の自分に向き合うのがつらくて苦しいときは、理解してくれそうな人に助力を求めるのもいい方法です。他者に相談することのメリットは、答えを得られるかどうかよりも、人に向かって話しているうちに、自分の中で問題が整理され、気づきを得ることがとても多いということです。

10.どうやって回復するの?(HOW)
Honesty=正直さ 意味:自分に正直に
Open mindness=心を開く  意味:自分にも人にも恐れずに隠すことなく、素直になりましょう
Willingness=やる気  意味:変わりたい、回復したいと本気で思えば必ずよくなる。

11.3つのC/Three C's :cause,control,cure.
I didn't Cause it(私が原因ではない) 
意味:自分にとって、とらわれる人や物事があったら、その人がそういう人間になったのは、私のせいではないという事実を思いましょう。問題となるできごとがあったら、私が原因でこういう事態になったのではないという事実を想いましょう。自分が原因ではないことにまで過剰な責任を感じることは回復にむすびつきません。

I can't Control it(私にはコントロールできない)
意味:自分にとって、とらわれる人や物事があったら、その人の性格・欠点・ふるまいをよくも悪くも変えることは、私にはできないという事実を思いましょう。問題となるできごとがあったら、私の力ではこの事態を改善も悪化もさせられないという事実を想いましょう。自分にできないことは手放して無力を認めましょう。

I can't Cure it(私には治せない)
意味:自分にとって、とらわれる人や物事があったら、その人の欠点・病的なふるまいを治すことは、私にはできないという事実を思いましょう。問題となるできごとがあったら、私の力ではこの事態を治せないという事実を想いましょう。自分に治せない事実を認めて、自分の限界と境界線を守りましょう。

12.私の意志ではなくあなた(神)の意志が成りますように/Thy will be done.
意味:自分の力ではどうにもならない問題や人間関係にぶつかったとき、こう祈りましょう。
「この問題について、私の意志ではなく、神様の御意志が成りますように」「この人と私との間に、私の意志ではなく、神様の御意志が成りますように」。こうして祈った後は、どんな結果になろうとも、神様のご意志が決定されたこととして受け入れましょう。最悪の事態になることはありません。「なるようになる」とは「目に見えない御意志の配慮のままになる」という意味です。

13.一日24時間/24 hours a day.
意味:「今日一日」と同じ。

14.HALTに気を付けよう(意味:以下の四つの状態はスリップ(症状を再発)しやすくなるのでなるべく避けるよう注意)
※=病的な感情や悪習慣が再発・フラッシュバックすること
Hungry(空腹):とりあえす何か食べる
Angry(怒り):怒ってもいいですが、とらわれて長引かせないように。
Lonely(孤独):だれかに会ったり電話したりメールしたり、愚痴をきいてもらえる人に連絡しましょう。
Tired(疲れ):頑張りすぎは禁物です。適度な休息は必要です。過剰なストレス・強いストレス等も休んで早めに解消しましょう。

15.神の恵みがなかったら/But for the grace of God.
意味「あなたに与えられている恵みを数えましょう」と同じ

16.第一のことは第一に/First things first.
意味:アルコール依存症者にとって断酒の継続が最も大事であるように、「回復にもっとも大事なことは何か」を忘れないようにしましょう。それを忘れることは、スリップの原因となり、最悪、命とりになるからです。

17.あなたは一人ではない/You are not alone.
意味:すでに多くの人に生かされて自分があります。助けを求めれば答えてくれる人たちがいます。同じ苦しみをもって生きている人たちがいます。それらをひっくるめてハイヤーパワーが見守っています。その見守りからもれる人間はいません。背中を向けるのは常に人間の側です。

18.4つのA 意味:回復に必要な四つの態度
Acceptance(受け入れる):自分が病的状態であること、あるいは回復途上であることを受け入れる。受容・受諾のことですが「進んで認める」という意味です。
Awareness(気づく):自分の状態がどうであるか、あるいは自分の変化に気づく。自分の問題や状態を知っていること、自覚のあることを意味します。
Action(行動する):自分の状態を改善するために、ミーティングに参加するなど、行動することを続ける
Attitude(姿勢を決める):自分はどうなりたいのか、どうありたいのか、なにをしたいのか目標をもつこと

19.良いところを見よう/Look for good.
意味:悪いところばかりを見ると、怒りや恨みや被害者意識ばかりがつのって回復が遠のきます。
だれでも、いいところは必ずあるので、そこも見るようにすれば寛容さを養うことができます。何よりも、人を裁く目線は、自分自身を裁く目線でもあります。人のいいところを見る気持ちは、自分のいいところを認める気持ちにつながります。

20.私はみんな(人々)を必要とする/I need people.
人は、衣食住ひとつとってみても一人では生きられません。家族や友人知己、学友や職場の人たちがいなければ、生活することができません。病院に通っているなら、医師や看護師・薬剤師などのみなさんがいなければ身体を保つことができません。
自助会・自助グループもそこに集まる参加者がいなければミーティング(例会)を開くことはできません。このように多くの人々の仕事と助けと奉仕などがあってこそ、初めて自分が生きていられるという事実に目を向けましょう。

21.自分自身を知ること/Know thyself.
いちばんわかっているようでわかっていないのが自分という存在です。いちばん大事なのにいちばん粗末にしてるのが自分というものです。いちばん向き合わなければならないのにいちばん逃げ回っているのが自分自身からなのです。自分自身を知ることは、家族を知ることであり、友人を知ることであり、人間を知ることであり、ハイヤーパワーを知ることにつながります。自分という「人間のサンプルのひとつ」を知ることは、知れば知るほど、他の人を知ることになります。自分に向き合わないうちは、自分という人間のサンプルへの無知による苦しみから脱することはできません。

22.比べないこと(「人は人、自分」という言い方もあります)/Don't compere.
意味:他人のことが気になって、自分のことがおろそかになってしまうとき、「人は人、自分は自分」と言い聞かせます。個人個人のやるべきことや領分や境界線を見失わず、他者にとらわれないための言葉です。
人には人の事情があり自分には自分の事情があります。隣の芝生は青く見えます。たとえば、遠くから見てきれいに見えたものが間近で見ればそれほどでもないという「遠美近醜(おんびきんしゅう)」もありがちです。ものごとも人の姿も、実態を知れば、こだわるほどの大差はないとわかります。

23.私ひとりではできなくとも、「私たち」ならできる。/I can't we can.
ひとりでできることは限りがあります。一人では無理でも二人三人と集団でやれば実現できます。自力でなんでもやろうとして無理をしてスリップすることも多いのです。できないことや難しいことは素直に助けを求めていっしょにやれば、たいていの実行計画も無理なく実現できます。なによりも、良い目的のために、人と協働することは、楽しく明るく温かい気持ちにさせてくれます。孤独を癒し、健康な心を取り戻すためには、良い目的のためにほかの人たちと同じ働きをすることが有効です。

24.違いさがしではなく、同じところをさがす/Don't look for different, look for similarities.
意味:違うところばかりを見ると、優劣の感情や孤独感がつのって回復が遠のきます。
だれでも、同じところは必ずあるので、そこを見るようにすれば、対等につきあう安心感と、寛容さを養うことができます。自分は違うと思い続けると、孤独感と居場所のない感覚が強まり、スリップの原因となります。
そうした「ちがいさがし」は、たとえていえば同じ太陽を見ているのに、自分の見ている太陽だけはちがうといっているようなもので事実ではありません。ちがうと思い込んでいるのは自分だけで、まわりからみれば「同じ人たちのひとり」とみられており、またそれが妥当な見方であることの方が多いものです。

25.今日は明日から死ぬまでの間の最初の日/Today is the first day of the rest of my life.
昨日までの過去は変えられません。今日一日を生きる心構えとして、定められた寿命のつきる日を想い、一日一日を大事に心を新たにして生きましょう。たとえ、過去がどんなにひどくても、残りの日々を大事に過ごせば、新しい自分に生まれ変わることができます。

26.説教無用、実践すべし/Don't preach,practice.
意味:知識や用語をたくさん人に語って教えようとするより、自分で自助会に参加したり回復につながる行動をしつづけましょう。
回復にとって「知る」ということと「行う」ということが、同じであればあるほど健康になっていきます。言うこととやることが一致すればするほど回復の程度が進んでいます。「知る」ことと「しゃべる」ことが一致しても、「行い」が伴わない人は、「回復が進んでいない人のうわごと」にすぎません。

27.それはそれほど重要だろうか?/How important is it?
意味:ものごとを深刻に受け取りすぎることと同様、考えすぎて重大視しすぎることは、回復する上での罠のようなものです。とらわれて考えがまとまらないときや袋小路に追い込まれているような気持ちになったときはリセットしたほうがよいです。そのリセットの言葉が「これは、それほど重要なことだろうか。こんなに悩まねばならないほど重大なことなのだろうか」ということです。はっとして、自分がとらわれすぎていたことに気づいてバランスを取り戻せます。

28.弱さは力/ My vulnerability is may strength.(※vulnerabilityは「傷つきやすさ」「攻撃されやすさ」「弱み」)
意味:通常の感覚では「強さこそ力」ですが、回復にはその価値観では役立ちません。回復に逆行する強がりや虚勢や自己顕示欲を温存してしまうからです。回復には「正直さ(素直さ)」「謙虚さ(へりくだり)」が不可欠です。その二つが「回復の力」です。通常の価値観では「正直者がバカを見る」「謙虚では競争に勝てない」ということがあります。ところが、回復には、自分の弱さを正直に認める、自分の高慢さを打ち砕いて謙虚になることが、どうしても必要です。過去を振り返れば、「それだけはいわないでくれ」といいたくなる弱みや痛いところがあります。それを認めて、あえて責められることを避けない。そのような態度が、病的な自分から健康な自分になってゆく「力」となります。自分の弱さやあやまりを素直に認めて、等身大の自分になってゆくことが「力」となります。それは、同時にハイヤーパワーの「助力」という最大の「力」をいただける方法でもあります。あなたの弱さを弱さのままにしておかない。それがハイヤーパワーの御意志です。

29.秘密は命取り/Secrets kill.
法律に触れる行為や良心に反する不正行為や人目をはばかる関係を秘密として抱え持つことは、回復にとって重大な支障となります。隠し事や不正直さをもっている分だけストレスと良心の痛みが蓄積し、ミーティングにも参加しづらくなり、いつか最悪の事態につながるからです。

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by ecdysis | 2019-05-07 16:56 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 ACや心を病んだ人の生き方について、ひとつのたとえ話。

 私は、一隻の貨物船となるべく生まれた。造船所である生家は機能不全で、健康であるべき私の心という船体には、虐待や無視や配慮の無さや無秩序によって、大小のひびや穴が船底にあいた状態で、修繕もされず気づかれもせず、大人になり社会の大海へ出航することになった。
 航行するうちに、どうも浸水しているらしいと感づくが、どうすればいいのかわからない。このままではいつか沈没すると恐れるが、船底がどうなっているかわからないため、浸水の原因も場所もわからず、どれだけの被害かもわからない。ただ、船体が次第に重くなり喫水線も低くなって快適な航行とはいえなくなってくる。恐れと不安は、文字通りひたひたと忍び寄り、安心して航行できない。家庭や仕事の責任という荷物の積載量もどんどん減ってくる。
 そんなある日に、台風に遭遇し大波と大風に対処するため、必死に操船して、日ごろの浸水不安を考える暇がなかった。ほかの船と衝突して船体がどうにかなりそうなときも、日ごろの浸水の恐怖を考えずにすんだ。
 私という貨物船は、それで「台風や事故にあえば浸水恐怖を忘れられる」と知って、今度はみずから台風をもとめて航行し、ほかの船にわざとぶつかっていくようになった。その間にも浸水は進み、事態はどんどん悪くなった。
 そして、ある日、ほとんど沈没寸前の船体を自覚せざるを得なくなり、ほかの船から教えてもらい、航行しながら水を抜いて船底の修理をする方法を学ぶことができた。もちろん、長年の浸水で大量の水が船体内にあり、船の寿命のうちにすべてを排出できるかどうかわからない。それでも船体は徐々に軽くなっていき、一度はほとんどなくなった積載量も、完全な状態でのそれよりは少ないものの回復してゆく。
 だから、少なくなった積載量でも、自分は貨物船として役に立って、沈没の恐怖から逃れて航行が続けられる。毎日、水を排出し、新たに現れる穴やひびを、ひとつひとつ修繕しながら船は進む。

 私と機能不全の生家と、アルコールなどの依存症と自助会の回復のプログラムとの関係は、いま言ったようなたとえ話で説明することができる。

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by ecdysis | 2019-02-16 02:16 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

神さま
どうかこのクリスマスの夜に
泣いている子供たちが幸せになれるよう
飢えて震えている子供たちが安らかに暮らせるよう
祈らせてください。
かつて不幸せなクリスマスと悲惨な正月しか
経験できない子供だった私と同じく
不幸せなクリスマスと正月しか与えられない子供たちが
心から楽しく笑える日が一日も早く来ますように。

大人になっても
クリスマスに泣いている子供だった
お正月におびえて震えている子供だった
そんな子供を心に抱えて
傷ついたまま大人になって
いまも苦しんでいる人たちに
私は心から共感の祈りをささげる
私はあなたがたと同じ子供だった。
私たちの内なる子供が笑顔になって
心から幸せだといえる日が来ますように。

今宵、あなたがたの内なる子供と
私の中の子供がハンドリングして
涙にぬれた目で唇をひきむすんで
決心しよう
ぜったいにしあわせになるんだ
ぜったいにしあわせになるんだ

クリスマスも正月もいらないように
いつでもしあわせでいられるように



by ecdysis | 2018-12-25 00:28 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 女性依存のある私は、釈迦の弟子の尼僧たちの話(『ブッダとその弟子89の物語』菅沼晃/法蔵館)を読んで、いたく心が揺さぶられている。女性は悟りを開くのが難しいと古来いわれているし、釈迦も自分の養母である叔母が、男ばかりであった僧団に、初の女性としての出家を願い出たとき、何度も断っている。
 しかし、出家したいとあきらめずに繰り返し懇請する女性たちの願いをいれて、尼僧の僧団がつくられ、女性の中からも悟りを開く偉大な出家者が続出した。

 彼女たちの中には、少なからず高級遊女として有名だった美女がおり、王侯貴族から求婚されまくったほど美貌を誇った女性たちもおり、出家した彼女らを、世俗の男たちが草庵まで追いかけて待ち伏せしてレイプしたり、あるいは王宮に拉致したりして性的暴行におよぶという悲劇もたびたび起こっている。出家したからといって世俗側からの欲望を回避するのは容易ではなかった。尼たちの中には、レイプしようとした男たちの前で自分の両眼をえぐりだし、その欲望を押しとどめたという尼僧たちもいる。それらの屈辱をのりこえて、何人もの美貌をうたわれた女性たちが、修行を積んで悟りを開いた。
 名前だけをあげても、バッダー・カピラーニー尼、マーガンディヤー尼、シリマー尼、ケーマー尼、アッダカーシー尼、アンバパーリー尼、ウッパラヴァンナー尼などがいる。

 彼女らの多くは、遊女稼業で稼ぎまくって大金持ちになっていたが、釈迦の教えに触れて、愛欲の無常と、愛欲への嫌悪とを感じ、自分が老いていって容色が衰えて見る影もなくなった無常を真実に受け止めた。
 釈迦の諸行無常と肉体は不浄物であるとの教えを、本当に悟った女性たちだったことが、経典には書いてある。

 彼女らの言葉は、男である私の愛欲深い心にも、思わぬ衝撃を与えた。

 私の愛する女性たちの顔も肉体も、みな老いてゆく。過去にかかわった女性たちは、私の心の中では当時の若く美しい姿のままだが、現実の彼女たちは老いているはずだ。面影はあるかもしれないが、再会しても驚くような変貌をしているだろう。私自身も相手にそう思わせるのはわかっているが。

 不思議にも、私は自分の老いと容色の衰えを嘆く気はしない。それよりも、彼女たちが、あるいはいま若い女性たちが、その美しい若々しい肌も色艶も、乳房も腰も脚も、数十年後には見る影もなくなるという事実に、ショックを覚える。
 若い女性の美しさや、その年代の女性だけがもつ可憐さや、いきいきとした唇や首筋の輝きは、私にとっては青年時代から憧れであり、「女性」というものへの欲望と励みと楽しみをかきたてる燃料でもあった。
 それが、無常であるなどとは実感すらできなかった。なんとなく、自分の記憶とさほど変わらないままでいるのではないかと、根拠のない妄想を抱いていただけなのを、今更ながら思い知らされた。

 私が愛してめでた女性たちの美しさが、一過性のもので、やがてはだれもが喪失していくものだと信じられるだろうか?
 結婚していれば、妻の姿にそれを見出して少しずつ受け入れていけるのだろうが、私は独身なのでそういう機会はない。
 私が好んで愛し執着した可愛さや美しさが、そのままではいられない移ろうものでしかないという事実を、私は愕然とする想いで受け止めている それでは、私が永遠なれ、不変なれと無意識に望んでいた「若い女性の美」は、いったいなんだったのだろうか?

 あえて言葉にするのも虚しいがいおう。それは、私にとって「偶像」だった。「偶像」はいつか破壊されねばならない。
 それは、激しい悲しみを私にもたらした。あれほど深く強く愛着したものが、愛欲の対象としたものが、いつまでもその姿を保ってくれはしないとはなんということだろう。ある種、狂おしいような悲嘆の感情が、涙を催させる。

 いまは若くても、その娘も、三十年もすれば、若さを保ってはいられない。一世を風靡する美貌の女優も歌手も、まったく同じだ。
 今は高齢の有名女優や歌手の若い頃の写真を調べてみれば、みな信じられないほどの美女ぞろいだったとわかる。
 時は残酷だとかいうつもりはない。万人が老化と衰えを避けることはできない。
 問題は、私が心の中で若い女性の美しさの記憶を、変わらないものとして留め続けようとすることなのだ。

 若い可愛い新人のアイドルやアダルトビデオ女優たちが、何人もデビューしては消えてゆく。彼女らの現世の存在は消えないが、彼女らの若さ美しさの魅力的な時期が消えてゆくのだ。若い女のイメージに執着しつづけて、次々に現れては消えるアイドルやAV女優を、いつまでも追い続けていられるわけもない。果てしなくきりのない生滅が繰り返されるだけだ。ビデオでも画像でも、女優はちがっても煽情的なアングルやポースや体位は同じだ。制作サイドの売るためのマニュアルは同じなのだから、アイドルやAV女優たちの消費材としての価値は短期間ですりへってしまう。
 それらの画像や動画は、幻想であり実体ではない。私は、二次元の幻影を愛して好み執着していただけで、生身の実体にはなにひとつ触れていない。

 私が楽しみにして快楽をそこからむさぼっていた対象はすべて幻だったのだ。私は、幻を楽しみ、幻を貪り、幻を励みとし、幻に期待して、幻を求めて、追いかけ続けてきたにすぎない。対象が幻なのだから、現実的に実感のある出来事は何も生まれはしなかったし現れもしなかった。

 私の異性愛は、幻だった。性欲も幻に向けた虚しい欲望だった。何も残らず何も果たされなかった。永続する関係も家庭づくりも現れなかった。それらは、はじめから「こうあってほしい」という幻影にすぎなかったからだ。

 買い物帰りに気づいた愕然とする圧倒的な事実の衝撃である。私はなかば泣きべそをかきながら、ふらふらと歩いて家路についた。
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  ウッパラヴァンナー尼


by ecdysis | 2018-11-04 04:15 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 ACは不幸せな子供時代を送った人が、大人になっても、その不幸せの中で身に着けた不健康な習慣や考え方や生き方を気づかないで続けているパターンをいう。
 では、健康でそこそこ幸せな子供時代を送った人達は、健全な大人になるらしいが、あいにく私もACなので実感をもってその人たちのことをコメントはできない。

 ただ、プロスポーツに夢中になったりディズニーランドやユニバーサルスタジオや各種イベントやコンサートの群衆を見る限り、「大人とはしょせん図体ばかり大きくなった子供」と定義しても、あながちまちがいではないと思う。

 仕事や職業においては常識と規則と世間体に従って「大人」を演じていても、プライベートは子供であろうと思う。もちろん、父母という立場上、「本物の子供」を養わねばならない私生活でも、子供中心の考え方をやめて、自分自身に立ち返れば、結局、子供の自分がよみがえってくるのだろうと思う。

 私が見る限り、私生活で子供っぽい趣味や口癖やコレクションなどをもっているACの人は、回復している人が多いようだ。ぬいぐるみを集めたりプラモデルやフィギュアを集めたり、アニメや特撮ヒーローに夢中になってみたり、アイドルの追っかけをやってみたり、とにかく「病的なアディクション以外の自分の好きなこと」をもっている人は回復している率が高い。(ただし、アスペルガー症候群や発達障害の人は、この限りではありません)

 たとえば、私はブートンはじめ、かわいい豚グッズを飾るのが趣味だし、ニックネームが豚を連想させる名前なので、友人からもそう呼ばれるし、一人でいるときは「ぶうぶう」とか「ぶひぶひ」「ぶーひ」とかしょっちゅうブタ語をつぶやくし、ちょっと驚くようなことがあったときには「ぶき~っ、なんじゃこりゃ~!」とか騒ぐし、ブタ語の通じる友人とは、電話で「もしもし」のかわりに「ぶひぶーひ」といいあうし、お互いあんまり調子がよくないときは、「なんか最近、ぶひだね~」とためいきまじりに挨拶するし、ちょっと閉口するようなことがあったときには「まったく、ぶひだねぇ~」とため息をつくことも多い。『はれときどきぶた』は座右のアニメになっている。

 小学校五年生のときに、祖母から気まぐれにだが、大きな熊のぬいぐるみを買ってもらって、ものすごくうれしかったのを覚えている。自分は男の子なのに、どうしてこんなにうれしいのだろうと自分でいぶかしんだほどだった。
 それだけ子供らしさを抑圧していたのだろうと、今は理解できる。
 だから、あと3年で還暦を迎えるのに、ブタ語をしゃべるような大人になってしまったのだ。別に恥ずかしいとも幼いとも思わない。
 十分に子供ができなかったのだから、これで丁度いいと思っている。

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by ecdysis | 2018-10-04 01:17 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

 御多分にもれず、私もアニメ世代なので、大好きなアニメはいくつもあるが、特定のアニメやアニメソングの一節に、どうしても内なる子供が反応して涙ぐんだり、胸が熱くなったり、しまいにはトラウマを刺激する要素が強すぎるせいで再視聴ができない回があったりする。

 筆頭は「アルプスの少女ハイジ」。フランクフルト編が再視聴できない。アルムの山でのびのび育ったハイジが、叔母の画策で都会のフランクフルトのクララの家に連れていかれる。それからの生活は、ハイジがどんどん明るさを失い、精神が崩壊してゆき、しまいにはうつ病になるさまを毎回克明に放映していた。その過程は、私たち兄妹が母の実家で祖父母と安全な暮らしができていたのに、生家に戻って酒乱とケンカと精神障碍者と暮らす地獄にいた中学時代の私にとっては、まさにリアルな現実だった。見ていて、自分のことのようにものすごく辛かった。

 今は、こうして言葉にできるが、当時はそこまで因果関係がわかっていたわけではない。ただ、ハイジがアルムの山に帰ることが決まり、列車の窓からアルプスの山が見えてきたとき、身を乗り出して腕を振り笑っているハイジの姿を見たとき、中学2年の私は思わず号泣した。
 高校時代に再放送があり、同じ回をみたが、やはり号泣した。何回みても、たぶん泣くだろう。思い出しただけで胸がつまる。
 子供がわけもわからず理不尽で不幸な目にあうアニメが、とにかく見られない。実はアニメの「フランダースの犬」もまともに見たことがない。
 私の中の子供が、ハイジやネロの姿に自分の姿を重ね合わせているので、同一化しすぎて情緒的に耐えられない。彼らの苦しむ姿は、子供の私がトラウマを追体験することにほかならない。

 だから、アニメの「赤毛のアン」も弟から勧められて、三十歳を過ぎてから見始めたが、マシューとマリラが、私の母方の祖父母と重なり、孤児院にいたアンが、マリラのもとでしつけられていくプロセスが、小学校五年のころの私自身と重なり、毎回のように涙が浮かんだ。
 あまりに共感したので、ルイス・モンゴメリの原作も松本侑子さんの素晴らしい翻訳で読んだが、原作を文字で読んでも、やはり泣いてしまう。
 それぐらい、私の児童生徒時代は、きわめて辛く苦しく、深い心の傷を刻み続けた日々だったということなのだ。
 それで、高校になってフラッシュバックを起こし、対人恐怖とパニック障害を発症し、アルコール依存症になってしまったのも無理はない。

 その高校時代の恐ろしい苦しみは、いまでも特定のアニメソングの一節を聞くと、胸苦しく刺激されて涙腺がゆるむ。
 たとえば、ガンダム世代で富野ファンでもある私は、「重戦機エルガイム」のはじめのころの主題歌の歌詞に、いたく心がゆさぶられた。
「たしかなものが、なんにもないね、どうしてぼくはここに」というくだりにくると胸がつまって歌えない。高校・浪人時代の私の苦しみを、そのままずばりと現した言葉だからだ。

 同じことは、「風の谷のナウシカ」の安田成美さんが歌っていた主題歌にもいえて「なぜ ひとは傷つけあうの」の一節にくると、胸からつきあげてくるものがある。生家では、ケンカと罵りあいと暴力ばかりだったので、「なぜ ひとは傷つけあうの」の歌詞は、子供の私の心の声そのものだった。

 あとはアニメ「南国少年パプワくん」を四十歳を過ぎてから見始めたが、その主題歌にも、ぶわ~っと涙が出る歌詞がある。
「もう なんにも しんぱい いらないよ」が、まるで私専用のアファメーションのように響いてくる。

 子供の私は、どんなにか「もうなんにも心配いらないよ」とだれかにいって欲しかったことか。そうして、大人たちからの保護と配慮が、いかになかったかをパプワくんの歌が教えてくれた。

「もうなんにも心配いらないよ」という意味の言葉は、実は般若心経にもある。
「度一切苦厄(どいっさいくやく=一切の苦しみや災いから救う)」「無有恐怖(むうくふ=恐怖はもうない)」
 苦しみと恐怖に満ちた私の原家族の体験によって、まさにこの二つの単語を実現することが、青年期から私の人生の心からの願いとなった。

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by ecdysis | 2018-10-01 00:35 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

 あまりよく知らない人たちの間にいると、心のどこかがいつも緊張して落ち着かなくなる。外見はそうは見えないかもしれないが、小学校1年生ぐらいの自分が顔を出す。その子は、まわりの人たちに「ぼくって、いいこ? だいじょうぶな子?」と、何度も何度も繰り返し聞きたがる。

 小学校一年生の初めての授業参観の日に、後ろに立っている母親が気になって気になってたまらず何度も何度も後ろを振り返ってみた記憶がある、。そのときの情動がよみがえる。母親がちゃんと自分を見てくれているかどうか、とても気になって仕方なく、何回も後ろを振り返った。その衝動をおさえられなかった。
 後から、母親が「あのとき、おまえは何度も何度も後ろをふりかえっていたよね」と述べていたから事実なのはまちがない。

 そのときの自分を振り返ってみる。とにかく、母が自分をちゃんと見守ってくれているか気になって仕方なかった。不安とかいなくなるかもとか思ったわけではない。そうではなくて、「かあちゃん、ぼく、これでいい? これでいい?」って尋ねたかったのだとわかる。

 当時は、父母が、陰険なアル中と人格障害者の祖父母から逃れて、塩釜のアパートに引っ越しており、なおかつ父が東京に出稼ぎにいっていたので、母と私と妹の三人ぐらしだった。
 その中で、母から虐待を受けていたことは、すでにこのブログで記した通り。

 今やっとわかったが、私が母に「これでいい?」と何度も振り返ったのは、激しくも切実な「承認欲求」であったとわかる。
 では、その承認とは何についての承認だったのか。
 それは「叱らないよね? ぼくをぶたないよね?」という母への恐怖からくる「安全保障」を求める承認欲求だったのだ。

 母を振り返らずにはいられなかった衝動の激しさは、母への恐怖の激しさでもあったとわかる。「こういうぼくを、たたかない? 叱らない?」と母親に確認したくて振り返っていたのだ。母が自分を叱ってひっぱたきたくなるような気持ちに、またなったらどうしようかと恐れ、そうなっていないか、必死で知りたかったのだ。教室ではなにくわぬよそ行きの顔をしてる母でも、家に帰ったらあの密室で、またののしられぶたれたりけられたりするかもしれないのだ。

 母への甘えよりも、そちらの方がはるかに強い動機だった。

 それは、同時に、なんとかして母にたたかれず叱られないためには、どうしたらいいかという子供心に生き延びるための算段を必死で探す作業のはじまりだった。
 虐待されないためには、母の気に入るような自分にならねばならなかった。母の気に入るような子供にならねばならなかった。成績のいい、従順な、母の気に障るようなことを一切しない、反抗も抵抗もしない羊のような子供にならねばならなかった。

 これは教育ではなく「調教」だ。母も自分の父母から厳しい折檻を受けたというから、そのやりかたを踏襲したのかもしれないが、虐待という暴力で自分の子供を想う通りにしようとした支配の事実は消えない。

 むろん、母自身も当時の私への態度がひどかったことを認め「かわいそうなことをした」と涙ぐんではいたが、そのことをもって私に謝罪の言葉があったわけではない。彼女にとっては「過ぎた過去への後悔」であって、そのとき受けたトラウマに私がどんなに苦しみ後遺症を負っていたかは、私も言わなかったので、それを知ることなく彼女は物故した。

 暴力であれ心理的圧力であれ、「子供をその意志を確認することなく一方的に自分の思う通りにする」行為は「支配・調教」である。「人間への教育」ではない。なかば「奴隷・家畜」への扱いだ。

 だから、子供は無意識のうちに、自我の長じる思春期に、自分が一個の人格をもった相応の待遇を受けるべき「人間」に立ち戻ろうとする。しかし、暴力や心理的圧力によって反抗期を封じられた私のような子供は、AC性が発現し、各種の依存症・嗜癖の発現という形でしか「私は人間だ!」と叫べなくなったのだ。

「私は奴隷でも家畜でもない。人間だ。これ以上、言葉や暴力で意に反する支配を加えられたくない」
と、ACは嗜癖行動を通じて訴え続けているのだ。

 しかし、その嗜癖で死ぬのは防止しなければならない。
 だから、このブログを書き続けている。

 母の気分と顔色を必死でうかがう子供の私は、母の気に入る「正解」を常に提示できる子供になることを自らに課した。
 母にほめられ認められることを欲したのは、母に喜んでもらうという子供の愛着からではなく、少なくとも母に叱られないですむから、ほめられたかったに過ぎない。

 つまり、この時点で自然な「おかあさんの喜ぶ顔がみたいから」「おかあさんが笑うと、ぼくもうれしくなるから」といった自然な「喜び」「共感」がまったくスポイルされていたことがわかる。
 だから、虐待を受けた子供というのは、親子の間のスキンシップだけでなく、人間どうしの自然な愛着や善意や共感をも感じることができずに大人になってしまうのだ。
 これがどれほど、大きな情緒的傷害であり、対人コミュニケーション能力の損失か、はかりしれないものがある。

 結局、私は弟が死んだときまで、母が困ったり嘆いたりしないために、できるかぎりの援助もし、彼女を喜ばそうと孫を抱かせてあげようとまでしたが、それはみな「調教」の結果としての「共依存」であった。
 母を喜ばそうと孫を・・・と書いたが、いま思えば、母のために結婚しようと思うことがおかしいだけでなく、すでに私の思う「母の喜び」はイコール「叱られないために母を喜ばそうとする打算」だったわけだから、二重にゆがんだ願望だったのだ。

 母が苦しみ嘆き辛い想いをするのをなんとかしようと、必死に自分のことのように共依存行動してきたが、根底には「母に虐待されないために」という「暴力」への子供の恐怖があった。母が苦しむことへの恐怖は、結局、母のそういう状態をなんとかしないと虐待されるという恐怖が動機だったと深層心理がわかる。

 そんな感情をベースに構築された親子の情愛とは、いったいどんな愛だというのだろうか。母のためにやってきたと思っていたが、実はそれは「母に虐待されないために」というきわめてネガティブな「母のため」だったのだ。これは健全な親子の情というものではない。

 お彼岸で、父母祖父母先祖代々、有縁無縁の諸霊にご供養をささげるが、母もあの世で、息子の本当の心を知って、なにがしかの自省をしてもらえればと思う。

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by ecdysis | 2018-09-23 04:57 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

 今、東京から四百キロ離れた郷里にいる父親の、本人は満足しているが、はたからは惨めとしか思えない暮らしをしている建物やその内部の光景を思い出すたびにとらわれ、こちらも惨めな沈んだ気持ちになる。みっともなく恥ずかしいのだ。父が誇りとすることを私はとうてい誇りにはできず強い恥を感じる。

 この惨めさと恥の感覚・記憶こそ、私が16歳のときに起こしたフラッシュバックの内容である。ものごころついた頃から16歳までに経験した、家庭や学校での惨めさ、屈辱、恥辱の場面が次々と浮かんで絶望に変わった。

 その内容のおもなものは次のようなものだった。私の体験した激しい虐待。気の狂った祖母の日毎の母への暴言・罵倒の絶叫・暴力。酔った父の酒乱の暴力と器物の破壊。酔ってケンカする祖父と父。いさかいの絶えない祖母の頭に、怒り狂ってポットの熱湯をざぶりと丸ごとかける父と、苦痛に絶叫する祖母。酔った父の振りかざす包丁が、もみあううちに祖父の側頭部を切り、床が血の海になる。それを背中を丸めて床にひざをつくようにしてぞうきんでふく母の姿。警察がきて父が逮捕され地方紙とローカル局で報道される。そのことで級友にさげすみの罵りを浴びせられる・・・等々、数々の無惨で悲惨な記憶の数々が、連続して現れて、私はすっかり精神のバランスを崩した。その結果、世界と祖母と神を激しく恨み憎悪するようになった。

 この経験が「フラッシュバック」という症状であることさえ、四十二歳で精神科医の診察で指摘されるまでまるで知らなかった。
 実感としては、このときから病気になったと感じるが、実際はすでに病んでおり、その発症としてフラッシュバックが起こったというのが正確なようだ。原因ではなく結果だったのだ。

 フラッシュバックと名前にすれば簡単な用語だが、その現実は非常に重くつらい。泣きたくなる恥ずかしさに打ちひしがれた記憶の数々が思い出され、身の縮む悲嘆と辱めに心が真っ黒に塗りつぶされるのだ。生まれてこなければよかった、存在をやめてしまいたい、この記憶を持っている自分自身に堪えられないと声をたてずに号泣せずにはいられなかった。

 私はフラッシュバックを起こしてからというもの、その恥と惨めさの記憶に囚われ、そこから逃れるために、酒を飲んでブラックアウトするようになった。これが、酒ではなく薬物やギャンブルでもまったくおかしくはなかった。トラウマ記憶という、ひとつの囚われから逃れるために、依存という別の囚われに逃げるという嗜癖の構図をそのまま経験したのだ。

 さらに、私の心に低い自己評価と劣等感と深刻な無力感という真っ黒な地層が形成された。それから、私が欲した世俗的な事柄は、振り返れば、みなその自分の惨めさを埋め合わせ有力感を得るためのものだった。

 たとえば、すてきな恋人やすばらしい妻や富や名声を欲望したが、それらがみな、自分の惨めさを補償してくれるように思えたからだ。
 その欲望が果たされなかったのは幸運であった。なぜなら、愛するから恋人にしたいのではない。この人ならいっしょに苦労してもいいと思ったから婚意を抱いたのではない。もし、一時の感情で一緒になって、結婚生活の途中でこの事実に気づいたとしたら、ふたりの間に、あるいは子供との間で悲劇が起こるだけだったはずだ。

 あたかも金持ちになった貧民あがりの男が、自分の妻に上流階級出身の女性を求めるようなものである。自分の惨めさを打ち消し、人に見せても恥ずかしくない名誉や富で飾り、もうだれにも恥じなくていい自分になったことを証明したかったのだ。そこに生まれるのは、相手への愛ではなく、相手を利用することであり、そのような結婚は、子供をACにせずにはおかない冷たい結婚となるはずだった。

 それらは結局、人に見せるための私の自我の欲望だ。根本的に、自分で自分の惨めさを癒す方法ではない。
 
 大事なのは、惨めさにとらわれている自分を自覚し、その惨めさと自分が同じと信じ込んでいる状態をやめることにある。

 祖父母の惨めさ、父母の惨めさ、自分の惨めさは、みな事実であった。確かに、そのときはそうだった。

 この「惨めさ」は「恥」と言い換えてもよい。恥ずかしい消え入りたい惨めさとみっともなさがトラウマとなった。

 私は、その惨めさゆえに、死を願い、消えてしまいたいと念じた。世界を憎み、神をも呪った。

 だが、かつてはそういう状態で生きている自分を残酷な生と恨んだが、今は「それでも生きのびてきた」という感慨の方が強い。

 大学時代に、親友に自分はこんなひどい環境で育ってつらいめにあってきたと告げたら、こう答えてくれた。

「でもよ、おまえ、いま生きてるじゃねーか」

 まさか、そんなことばが返ってくるとは思わなかったので、はっと、と胸をつかれた。ついで、不思議な感動に襲われて涙が出そうになった。

 言い換えれば、「いま生きていて、ここでこうして話ができてるじゃねーか」ということだった。
 感謝しろとか考えろというのではなく、たとえ過去がどんなにつらくて惨めだったとしても、今は惨めでない状態で、こうして人と会って話をして生きているじゃないか、という指摘だった。

 だから、私も自分自身に、そして過去のトラウマにとらわれているすべての人に、親愛をこめてこう言おう。

「でもよ、おまえ、いま生きてるじゃねーか」

 いま生きて、こうしてこのブログを閲覧している人たちに、「生きていてくれてありがとう」と申し上げたい。

「あんなにつらい経験をしたのに、よくいままで生きてきたね」と肩をたたきあいたい。

 私たちは、惨めさという戦場を生き延びてきたサヴァイバーなのだ。それだけは、まちがいない。

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by ecdysis | 2018-09-02 01:45 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 私が中学時代に、母がアルコール依存症になってしまい、私も弟もともに同じ問題を抱えていくのだが、そこに横たわっていたのは、母との深刻な共依存の問題だった。

 アルコールをやめてうつ病になり自助会に通いはじめるまで、私は自分の共依存の問題が、どれほど深刻か、自覚がなかった。
 けれども、色々なACや依存症関係の本を読んだり知人たちの話をきいているうちに、私はだんだんと自分のもって生まれた見方ではなく、母の見方ですべてを見て判断していたと気づいた。

 恋愛の相手でも、自分が好きでつきあっても、心の半分では「母ならこのひとをどう思うだろうか」と、余計な忖度をしてしまうことがたびたびあった。意識してもしなくても、いつも「母ならどう思うか、母ならどう感じるか」という推察が、どこかにあったような気がする。

 少なくとも「母がどう思おうが関係ない」という健康な自立心をもって考えたりしたことが、どれだけあったか心もとない。

 ふりかえれば、「母の価値観を意識しておこなったこと」すなわち「母のためと信じて行ったこと」のほとんどは挫折と失敗に終わっている。私の獲得醸成した自前の価値観ではないからだ。へたでも突飛でも、「自分のために」自分で意識的に選んだ価値観で生きることが、とても大事なことだということが、40歳代に入ってからわかるようになった。

 そうして、純粋に「自分のため」と意識した最初の行動が「酒をやめること」だった。

 本気で「自分のため」と思えてやめるなら、嗜癖はやめられる。これが「家族のため」とか、「世間体のため」とか、自分以外の人たちの評価や視線を意識してやめようとするうちは、まずやめられずスリップする。

 なぜなら、他者を意識してやめようとするのは、自分が得ている嗜癖によるメリットを手放していないからだ。

 頭ではよくないとわかっていても、心の奥の傷ついた子供の意識が、その嗜癖によって一時的にでも現実逃避できたり、安堵をえられたりするメリットを求めているからだ。

 嗜癖は、他者にはどう見えようとも、本人にはそれをおこなうことでなんらかのメリットがあるから、繰り返し行う。自分にとって100%有害無益であると心底わかっていることを人間はやらない。酒でも薬でも万引きでも買い物でもギャンブルでも自傷行為でも、それをやることで自分がなんかのメリットや快感を覚えるからこそ依存なのだ。

 だから、家族のためには迷惑をかけてよくないと思っても、自分にとってはメリットがあるのだから、家族のために嗜癖をやめ続けることは不可能だ。自分に利益があるとわかっている嗜癖・依存を、家族のためにやめることはできない。やめたいと思っても、やめられはしない。なぜなら自分にとってはメリットがあるし、そのおかげで生き延びてきたのだから。

 唯一、やめるとすれば、「これには、もうメリットがない。自分のために役立たなくなった」という自覚が生じて、それを内なる子供も受け入れたときである。

 たとえていえば、小さなころから大事にしていたぬいぐるみがあって、それを手放さないでいつも抱いて一緒にいることに依存して大人になった人がいるとする。学校でも家庭でも結婚しても、そのぬいぐるみは手放さない。もちろん、洗わないので、垢とよだれと涙とで何十年も汚れ放題で不潔で悪臭を放っており、まわりの人々は大いに迷惑して、本人にそれを捨てるように叱責して強制するが、本人は絶対に手放さない。

 ぬいぐるみの悪臭も、その人にはなつかしい安心の臭いである、べとべとどろどろの表面もほっとする手触りなのだ。

 やがて、そのぬいぐるみの不潔さが原因で、その人は皮膚病になったり、しょっちゅう何かの病気になったりするが、それでもそのぬいぐるみのせいだとは信じず、肌身離さず抱き続ける。

 しかし、そういうことを繰り返すうちに、その人にもついに、ぬいぐるみを「きたなくなった」と感じる瞬間が来る。

 いかなるシチュエーションでそういう瞬間を迎えるかは、その人と神様次第だが、「こんなにきたなくなってくさくなっちゃった・・・」と気づいて、古すぎて傷みがひどくもう洗っても糸や繊維がばらけて原型をとどめないことも思い知る。

 その人は、激しく泣くだろう。あんなに愛して執着したぬいぐるみは、もう自分を助けてくれず、それどころか有害なものとなってしまった。その人は悲嘆と落胆のあまりうつ病になるだろう。しかし、手放すことを自分で決断する。自分のためだからである。

 家族やまわりのためではない。自分のために自分で手放すことを選んでこそ、嗜癖はやめることができる。

 逆に、どんなにきたなくてもみっともなくても異様でも、自分になんらかのメリットがあると感じているうちは、嗜癖をやめないし、やめることはできない。

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by ecdysis | 2018-08-20 02:09 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)