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狂気と暮らす

 歴代酒乱のアルコール依存・AC家庭に育った私は、大人たちの精神異常の中で育った。
 だから、大人になっても、恋人や友人や先生とあおいだ人物も、その多くがなんらかの精神に病変をきたした人々だった。
 彼らが悪いというのではなく、私もまた共通する異常心理をもっているから、惹きつけ合ったということだろうと思う。
 
 裏を返せば、異常心理とともに生きる人々は、その多くが私を含めて、「感情や衝動や病的心理を自力でコントロールできない」という「苦しみ」を常住坐臥、もち続け苦しみ続けている。
 アルコール依存症は、飲酒に関する精神異常(脳機能障害)だと私はおもっているから、その自助会に参加することは、精神異常の人輪の中にわれとわが身を置いていることになる。
 いずれにせよ、普通の健康な精神(脳機能)を持っている人たちとだけ、係わり続けているのは苦痛で、「健全な日常生活についていけない」人種なのだろうと思う。

 そう、私は常に、自分が苦しみ、他者が苦しむのを、五感でとらえながら生きている。苦しみを呼吸している。なぜなら、自分の生育歴の大半は、母の苦しみとともに生きてきたのだから。家族のだれかが、いつも苦しんでいて、それをなんとかしなければと思いながら切迫と緊張の中で育った私のようなアダルト・チルドレンは、定説通り、「他者から必要とされることが必要」な人間になってしまった。

「自分のために生きる」「必要とされなくとも病的心理にはならない」という心情には、なかなかなれない。「だれか苦しんでいる相手を助ける自分」というシチュエーションがないと、自分が保てなくて不安になり、アディクションに走るという寸法だ。

 私は、狂ったAC家庭に育ちすぎたようだ。踊りたくもないのに、精神異常の踊りを踊らされて、しまいにはアルコールにたより、鬱にまでなった。
 いや、私は母の苦しみをなんとかするためだったら、いくらでも踊りたかった。

 だが、このような私が、自分の病的な面を自覚もせず回復もしないまま、結婚していたらどうなっていたか? 十中八九、私の妻子も狂気の踊りを踊らされることになっただろう。私の母や、私たち兄弟のように。
by ecdysis | 2008-03-29 09:18 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 機能不全家庭の機能不全をうずめたくて生きてきた。
 ただ、それだけだった。
by ecdysis | 2008-03-25 09:54 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

寂しさの源流

 ひさしぶりに、さびしい気持ちで深夜に目覚めた。いつ眠りについたのか覚えていない。
 疲れがたまっているようだ。
 頭上の蛍光灯の豆電球の暗いくすんだオレンジ色と、カチコチ鳴る目覚まし時計の音が、心の裏側の奥にひそむ、いまはない昔の生家の夜を思い出させる。もう何十年ぶりだろうか。

 深夜に、ひょんなことから、ふと目が覚めて、眠れなくなることが、中学時代にあった。
 そのときの、なんともいえない、わびしさと悲しいような孤独感を思い出す。
 自分だけが目覚めて、ひとりだけでいる、霜が降りるような寂しさだ。

 家族は、みな別室で眠っていて、家の中で起きているのは自分ひとりで、しかも朝がくれば学校にいかねばならない。取り残されたわびしさと、翌日への焦りとで、まんじりともしない夜を、何度か経験した。

 さびしさをまぎらわそうと、ラジオをつけるが、なかばこもったようなDJの、やけにハイな口調が、流れる音楽とともに、かえって夜のわびしさを倍加させるだけだった。ほかの学生のように深夜放送を楽しむことができなかった。私のいるのは、典型的な地方の農村で、電波の発信源の都会の雰囲気が、逆に自分の置かれている状況が、救いようもなくさびしく遠い場所になることを、きわだたせてたまらなかった。

 そういう、過去の記憶を、今日は二十年以上もたって思い出した。

 寒い。心が孤独で、寒い。わびしい。自分のほかには、だれもいない。
 だから、何かを使って、どうにかして眠らねばならなかった。その孤独感と焦り、とりのこされた感覚が、アルコールをはじめ、さまざまな依存の対象に走らせた。

 自分もほかの人と同じく、眠り、すなわち意識をなくすために。
 これが酒でなく、睡眠薬でもセックスでも、同じことだったろうと思う。

 だが、今はそのわびしい取り残された感覚を抱えつつも、シラフでいようと思う。
 自分だけ目覚めていてもいい。
 私を守ってくださる神様が、ともにいてくださる。

 そう信じよう。私の愛するすべての人々、あらゆる形でかかわっている、すべての人たちの上に安眠を与えたまえと、祈りつつ。もういちど、おやすみなさい。

 
by ecdysis | 2008-03-23 03:13 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

孤独におとしこむ

 幼い白い水鳥の命を必死で助けようと駆けずり回って、荒れた水辺にたどりついたときには、若い鳥は手の中でぐったりして死んでしまった。濁った水と枯れて倒れた葦に覆われた浅い水路のそばに、私は息たえた白い鳥のむくろを横たえ、せめて水のあるところで葬ろうと悲しむ・・・。

 そんな夢で目覚めた今日はお彼岸。きっと白い水鳥は、亡き弟のシンボルだ。なぜなら、私は水鳥をかかえながら、夢の中で、同じアルコール依存症の自助会のひとたちと、何人もすれちがっていたのだから。

 母と弟の遺影に茶菓とお線香をたむけ、般若心経をとなえたあとは、丸一日、だれとも会わず、電話もメールも掲示板への書き込みもしない。

 ひとりぼっちでさびしいが、こういうときに求める相手に、私は依存してしまうから、そこはこらえる。こういうときにこそ、弱い自分に会える。日常の忙しさにまぎれてしまって、その声をきけなくなっている、傷ついて虚弱な自分に。

 さびしさや孤独感に耐えて、自分を変える行動を少しずつやろうと思う。これまではうつ病の再発を恐れて、あまりこらえたりはしなかったが、徐々にコントロールを取り戻そう。

 心が弱くなると、母や弟のいるところへ、行ってしまいたくなるが、それこそこらえねばならないところだ。

 何かをこの世に残すのが、自分の役目だと思う。だが、わが子という形で残せないのでは、ほかの何かを残せたとしても、結局、徒労なのではないかと想い、布団の中でしばし暗澹たる虚無感にひしがれた。

 雨も風も強い、ひとりぼっちのお彼岸の休日。小人、閑居して不善(な想い)をなす。

 
by ecdysis | 2008-03-20 22:51 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

祈ってなんぼの無力かな

 自分の苦しみ、家族の苦しみ、自分の友人や愛する人びとの病や苦境を、御心ならばどうか救って癒してくださいと祈ることをしよう。

 自分で、どうにもならないことは、神様にお祈りしつつ行動しよう。
 私は、自分がだれかのために祈っているように、だれかが私のために祈ってくれているのを感じる。

 神様の御意志にかなうのであれば、どうか私のこの苦しみ、彼らのあの苦しみを、救ってください。私や、あの人々が神々様のお力によって癒され救われ、回復し、平安で穏やかで健康な生活を送れますように。

 私は、祈りのない生活や、祈りをおろそかにする生活には、もう戻れない。
by ecdysis | 2008-03-18 02:20 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

考え方を変えよう

 私は、自分が結婚できないことを嘆き、情けなく想い、夫や父になれない自分を、できそこないだと思ってきた。

 しかし、逆に家庭をもてなかったことで、避けられた悲劇も大きかったのではないかと気づいた。これだけひどい家庭に育った自分だ。結婚していたら、曽祖父や祖父や父だけでなく、ほかのアルコール依存症の人たちと同じく、妻子に大変な迷惑をかけて、ひどい目にあわせる男になっていたかもしれない。

 私は、自分が愛したはずの妻を、パニック障害にしたり、共依存にしたり、子供をACにしたりしないですんだのだ。

 私と結婚しなかった女性たちは、私と悲惨な家庭を持つという悲劇を避けられたことになる。

 これは、神様の恩寵だと思う。私は、妻や子供から憎まれうらまれる男にならずにすんだ。
 それに、素直に感謝しよう。
by ecdysis | 2008-03-16 20:49 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

これは、なんなのか

 悪夢を見て、寝汗をびっしょりかいて、やらねばならないことや、やりたいことがあっても、起き上がってやろうとしない、抵抗するかたくなな心がゴリゴリに根付いている。

 理由も原因もわからないが、それはたしかに中学・高校ごろからあった、非常に強力な「ふてくされ」だ。捨て鉢で投げやりで、ねじくれた感情がとぐろを巻いて、自分自身を破滅させて、なにものかに「ざまーみろ」と悪意をもってぶちかましてやりたいという暗い衝動だ。

 私の中にはるか以前に打ち込まれて、そのまま錆びてしまった「怒り」であることだけはわかる。人への怒りか、自分への怒りか、はたまた目に見えない存在への怒りなのか、対象のわからない根深い憤怒。

 その憤怒は、赤鬼のようにあぐらをかいて、「だれが、幸せになんか、なってやるもんか!」とわめいているのだ。

 まるで、泥酔した酔っ払いのように。
by ecdysis | 2008-03-16 20:05 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

内なる深部の病変

 ついに、ここまで来たという感じがする。
 
 私の中で、記憶にある限り、もっとも救いがたく、もっとも陰気で、もっとも盲目的で非理性的な感情が、ついにその露頭を見せはじめた。

 それは「ひがみ根性」だ。昨年は嫉妬で苦しんだのだが、今度は「ひがみ根性」の噴火である。「どうせ、おれなんて」と、根拠を確認したわけでもないのに、ひとりで勝手に鬱屈した怒りと劣等感にとらわれてしまう。そこでは、他人の親切も悪意をもって曲解され、他者は本当は自分のようなものなど、必要としていないのではないか、仕方なくつきあっているだけではないのかと、本気で疑念が生じるのだ。

 自分は本当は価値のない人間なのではないか。ほかの人たちが持っているものを、自分は所有せず、それを持っている人が、うらやましくて悔しくてねたましくてならない。地位や名誉や名声や人気や才能や、物質的なものや幸せそうな環境や、そういったものを他者が持っているのとくらべて、自分には何も無い・・・。

 他人が両手にいっぱいの良いものを抱えもっているのに、自分の両手には何もない。その空っぽの手のひらをみつめる惨めさ情けなさ恥ずかしさよ。それを、人々はあざ笑いバカにしているにちがいない。

 人は、私をあざけり笑う。バカにし軽蔑し、唾を吐き、さげすんでゆく。私は惨めな虫けらに過ぎないのだ。ああ、せめて人間らしくあつかってもらえたら。せめて、ほかの人たちと同じものを手にして、「ほら、同じだよ」と気軽にいえたら。

 私は人ではない。人間ではないのだ。人間の形をした、何か別の醜いものなのだ。

 このまったき自己否定こそ、私のアディクションの根源にある。
by ecdysis | 2008-03-16 17:18 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

腑抜けの系譜5

 こうして、家庭の「入れもの」はそろったが、祖父は近所から子供にまでバカにされるような、酒に極端にだらしのない、独善的でひねくれものの、ケチな人間になっていた。酒席にいけば、かならず最後のひとりになるまで飲み続け、タバコはもらいタバコですませ、冠婚葬祭の祝儀・不祝儀の出費は相場の半分におさえての蓄財をしたのだから、まわりじゅうから総スカンをくらい嫌われ者になったのはいうまでもない。

 おかげで、息子である私の父や叔父たちも、隣近所からバカにされて、恐ろしく悔しい想いをし続けたようだ。叔父のひとりは、中学卒業のころ、祖父と大ゲンカしたあげく、目の下を祖父のつきつけたキセルの吸い口が突き刺さって顔に怪我を負い、そのまま家出した。

  何十年か経って、祖父の葬儀のときに戻ってきたら、いまにして思うとアルコール依存症とギャンブル依存症になっており、祖父そっくりの陰険でひねくれた、酒とカネにきたない嘘つきと化していた。そして、その叔父は、十年ほど前、無銭飲食で二度ほどわが家に電話がかかってきたが、ホームレス状態で顔を出して以来、行方知れずになっている。最初の無銭飲食のときは、どうも富士の樹海で自殺しにいったもののようだが、死ねなくて食堂にとびこんだらしい。

 四人の男の兄弟のうち、父と行方知れずの叔父をふくめて、酒乱が三人。もうひとりの叔父は祖母に似たらしいが、女癖が悪くて女房泣かせだった。

 母が嫁にきたときには、祖母は人格障害にかかっていて、家事もほとんどやらず、精神病院に二度入院したが、トラブルメーカーで二度とも強制退院になっている。また、それより前には創価学会に入ろうとしたが、親族会議でとめられたりもした。ある時期には、祖父が生きていたころ、他の男性と自動車の中で浮気しているのが目撃されたこともあるという。これらだけでも、祖母が一個の女性として、どれほどもがき苦しんだかがわかる。

 やがて、人格障害にかかったまま、嫁虐待に生きがいを見出したが、年老いてのちボケが始まり、あげく井戸に入って自殺している。
 虐待された母もあわれなら、ろくでなしのアルコール依存症者に嫁して気が狂ってしまった祖母もあわれである。
 いったい、彼女らの人生はなんだったのだろう。そして、そういう家系に生まれて、年若くアルコール依存症で死んだ、わが弟の人生も。

 すべては、曽祖父の酒乱と日本刀からはじまったのだ。

 この年になって、実に簡単に、わが家系の「問題点」が解けるようになった。

 なんのことはない。「アルコール依存症」の家系ということだ。酒を飲まない生き方を、歴代が選んでいさえすれば、私がこれまで縷々つづってきた悲惨な家史は、そのほとんどを避けることができたはずだ。

 祖父の陰険さや酒やカネにきたないこと、ひねくれ根性、無神論など、ほとんどが「アルコール依存症者」の症状に該当する。問題は「アルコール」にあったのだ。

 曽祖父の生家が、酒と女が不可欠の売春宿経営をしていたというのも因果な話だ。そのうえ祖父母の家庭が、アルコール依存症で崩壊してゆくのも知らず、密造酒を売りさばいて財をきずいていたのだから、皮肉もここにきわまる。ヤク中がヤクの売人をやって稼いだようなものではないか。

 そして、先々代も含めて祖父母たちの売った酒のせいで、酒乱になりアルコール存症が進行して、家庭が崩壊していった人々も必ずいたにちがいない。その人たちには、子孫として申し訳ないと思う。

 あるいは、売春宿で働かされていた女性たちの「恨み」の報いでもあろうか、などと、文字通り因縁めいた想像が、脳裏を暗澹と流れるのも、また事実なのだ。
by ecdysis | 2008-03-16 15:55 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

腑抜けの系譜4

 祖父と祖母は、当時としては晩婚どうしで結婚した。一女四男をもうけたが、祖父は祖母に酔って暴力をふるったりし、相当にきつかったらしい。はじめは、祖父の生家に同居して農作業に従事していたようだ。昔は、機械化農業ではないので、田植え、草取り、稲刈りなど、集落あげての多くの人手が必要だった。

 ところが、祖父は、結婚してからも、その命の糧を得る農作業に出なかったというのだ。
 祖母はもちろん、早朝からみなとともに農作業に行くが、祖父ときたら、朝寝はするし、みなで農作業をしているたんぼを眺めながら「ちくしょう~」と、何がくやしいのか歯噛みしてにらんでいたという。

 そんな祖父だから、酔うとあばれるし、金は稼がないし、祖母もほとほと困り果てて、やがて祖父に食ってかかるおきまりのパターンがはじまる。当時は、お正月などのハレの日には、貧しい家でも子供の下駄の鼻緒を新調してやるなどの、ささやかなお祝いをしたらしいが、祖父はそれさえできかねるほど働かなかった。祖母が情けなさと子供たちへのかわいそうさで半狂乱になるのも無理はない。

 そのころには、もう朝から夫婦げんかをするのは日常で、長男として生まれた父が、五歳ごろにはすでにそうだったという。朝から泣きながら、毎日幼児だった父が起きてきたのだから、すでにAC家庭になっていた。そして、その父が大きくなって母と結婚してから、今度は私の弟が、やはり幼稚園時代には朝から泣きながら目ざめ、父母のケンカが朝からあたり前だったのだから、AC家庭がしっかりと世代連鎖されてしまったのだ。

 結婚してしばらくは、祖母も住み込み奉公時代に覚えた裁縫で、子供たちの服を縫ったり、こまごましたものを作ったりして器用だったらしい。しかし、とにかく貧乏だった。やがて、一念発起して同居をやめて、数件となりの養蚕小屋を借りて別に所帯をかまえる。生前の祖母の話では、この養蚕小屋と土地は、祖父の兄が譲渡するという約束だったらしいが、のちに売るということに変えられてしまい、話がちがうので相当に恨んだという。

 そこで、祖父母は、終戦後まもないころから、二人でドブロクを密造し、早朝3時ぐらいから午前中かけて、重い一升瓶につめて売り歩いた。当時は、米づくりしか産業がない土地のこと、だれもが手を染めていたのがドブロクの密造だった。祖母は、金をかせぎたい一心で、最高記録一升瓶八本を背負って、歩いて三時間もかかる町まで売りにいったこともあったという。しかも、警察にみつかるとまずいので、まだおさなかった末子を背負ってごまかしながらだから、大変な想いで売り歩いたようだ。

 文字通りの夫婦そろっての荒稼ぎで、二人は兄から土地を買い、家を新築し、昭和三十年代に入ったころには小金持ちになっていた。家は建った、田畑も買った、ひと財産ができたけれども、そのときには祖父母の「家庭」は、もはや普通の意味での「家庭」の態をなしていなかった。「教育」とか「道徳」とか「協調性」とか、いわゆる健全な人間関係の基礎となる家庭の要素が崩壊していたのだ。

 楽な暮らしをしたい、まわりからバカにされたくないの一心で、カネ、カネ、カネとわき目もふらずに財産を築いた。が、それはあまりにも大きな犠牲をはらい、人間として大事なものを置き去りにした上での「成功」だった。

 家財産を獲得するという目標があるうちは、問題があっても、欲があるので、それにまぎらわされてよかった。だが、その目標が達成されて、目的がなくなったとき、祖父母と子供たちからなる「家庭」は、どうなっていたか?

 救いようのないアルコホーリクと人格障害と放任教育で子供たちがACになり、深刻な機能不全家庭ができあがってしまっていた。
by ecdysis | 2008-03-16 13:42 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)