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 まるで子供のままで、よくわからずに生徒会長なんぞになってしまって、ほぞをかんだのが後悔のはじまりだった。

 とにかく責任が大変だった。もともと、のんびりしたい空想型ACなのに、毎週の全校生徒の前に出て校長に挨拶したり、イベントのたびに原稿をつくって読み上げたり、予算の編成と発表など、それまで自由奔放にやらせてもらっていたのが、一転して束縛だらけになった。

 教師の官僚体質むき出しの指示や、生徒側の主張を無視する命令や、行事にまつわる形式主義、事大主義など、あのころ体験した窮屈さは、今でも思い出したくない。しまいには、職員室に、注意やお叱りで呼び出されることが多くなり、職員室にいくのに恐怖を感じるようになり、同時にひねくれ根性も育っていった。反抗期もあって、反発や怒りや不満が、だれにも相談できないまま増大していった。

 そのころから、すでにあった抜毛癖がひどくなっていった。そういう人前に出る機会が極端に多い人間が、眉毛もまつげももみあげもない、ずんべらぼうな顔になっているのだから、毎日、毎日、だれかにこの顔のことを指摘されるのではないかと、びくびくおどおどし続けた。

 それでも、教師と生徒との間にはさまれ、実家ではケンカが絶えず、受験勉強もあり、抜毛をやめられなかった。そして、自分の異様な顔に悩み、ただでさえ自分が与えられた役割らしくないといわれ、なおかつ恋心もうまく表現できずにすすみ、私の「自分の外見への恐怖」は非常に深刻なものだった。

 私は、この中学時代の後半の役割と、抜毛癖によって、自分に対する自信を完全にうしなった。そして、自分は醜い存在で、みっともない恥ずかしいものなのだというコンプレックスを固定化させてしまったようだ。

 さらには、会長などという「長」のつく責任ある立場は、やるものではないという相当な後悔が刻み込まれた。言われ損、頼られ損ということで、何かの役割を引き受けたり、責任を負うというのが、すっかり億劫になり懲りてしまった。自分には向いていないと思い知った。

 こうして、私は「目立つ立場は、苦労するだけ」という被害者意識を、非常に強く持つようになった。その後遺症は今もある。とにかく、目立たず、おのれを隠しておきたいのだ。韜晦(とうかい)癖がしみついている。

「目立てば、ひどい目にあう。おのれを隠せ」という迫害恐怖の原因が、ここに大きく現れている。この思春期前半の後悔がトラウマとなり、いま思えばAC性の急激な発現にいたったとわかる。

 だが、いま思う。あのころ、すでに私は、だれにも何も相談することがなかった。困ったことや悩みがあっても、だれにも相談しなかったし、相談する気がなかった。誰かが助けてくれるとは信じなかったし、自分ひとりでかかえこんで、悶々とするばかりだった。

 教師でも友人でも家族でも、わかってくれる人たちがいれば、またちがっていたかもしれないと思う。少なくとも「困ったときには、この人に相談すればいい」というような相手もいなかったし、いるとも思えなかった。

 要するに、だれも信じていなかったし、頼りにしてもいなかった。
 孤独なままで、ただ、黙々と自分の顔や頭の毛を抜き続けていたのだ。


 
by ecdysis | 2008-04-17 19:10 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

不思議な感覚

 かつて、思春期の私は、強烈なコンプレックスにさいなまれ、精神に異常をきたし、アダルト・チルドレンの生き方をはじめてしまった。
 私は、過度に罰せられるものであり、虐待されても仕方のない存在であり、もともと劣った人間で、それは治しようも救いようもない、生来の肌の色のように変えられない「劣等人種」なのだと、ものごころついたころから感じていた。

 その後の生い立ちで、その「劣等人種の自覚」を強めることは多くあっても、それを解消したり軽減するような経験は、めったになかった。

 だが、今日、通勤電車の窓から、街の緑の木々をみたとき、ふとおもった。

「私は、たとえていえば、地上に生える木々の一本にすぎない。しかし、巨木ではありえない一本であっても、その木陰に憩うものがいるはずだ。私という木の木陰にやすらう人たちがいるはずだ。その数は少ないが、私の存在は、決して無意味ではない。私という木が切り倒されるか枯れるかすれば、木陰は消えて、ほかの木のところへいってしまうにせよ、いまは私の木陰に憩う人たちがいる」

 なんだか、これまで自分が持ってきた深刻な劣等感が、いっとき離れたような気がした。
 これまで片時も離れなかったコンプレックスが、「もうこんな感情は持っていても仕方ない。こんなことで苦しみ続けるのは、やめようじゃないか」という気持ちとともに、「解放」された。

 自分の「生まれつきの劣等感」が、そうではないのだと、「根拠のない劣等感」「家族から受け取った他者の劣等感」だという感覚がひらめいたからだ。

 私は一本の木にすぎない。しかし、その木陰にやすらう人たちがいる。だれとだれかというような特定はできないけれど、とにかく「人のために役立つ木陰をつくっている」という感じがして、コンプレックスの圧力が消えたような気がしたのだ。
by ecdysis | 2008-04-16 23:44 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

欲望の肯定

 小学校3年のときに、叔父の財布から金を盗んで、両親から半殺しの目にあい、母から「家から出ていって、死んでしまえ」と絶叫されたことは記した。

 今日、私は自分が、長いあいだ「金が欲しいと思うことは悪いことだ」という、一見、ストイックに見える感情を持っていたことを自覚した。小学校3年の私は、あまりにも過酷な目にあったので、親にとがめられたのが「盗み」という行為そのものだったことに気づけなかった。「金や物を手に入れたいと願う」欲望まで、罰せられたわけではなかったのに、そういう気持ちを持つことも自分に禁じてしまったのだ。

 羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くというか、自分が何をとがめられ、何をとがめられなかったのかさえ、分離して考えることなどできない状況ではあった。

 だから、私は人が生きていく上で必要な「機能」としての「欲望」を、もう一度、肯定しなおそうと思う。カネが欲しい、モノが欲しい、あれが欲しい、これが欲しいと思うことを、小学校3年生以降の自分に許す。

 虐待によって、親から奪われた「欲望」を取り戻す。
by ecdysis | 2008-04-12 22:16 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

 カルトにだまされ、霊的なことや道徳的なことや、お説教や、真理や真実というようなことに、トラウマができて、何年も苦しんだ。

 既存の教会も宗教も寺院も信じられず、生地の神社や現住所の神社をお参りし、神道によりかかって生きることをしてきた。その一方で自助会にも参加しており、ある意味、変り種の人種であるのはまちがいない。

 神とか霊とか死後の世界とか、一時は本当につくづく見るの聞くのも考えるのもいやになった。
「これは神様のご意志」といったんは思えたことがらも、カルトの虚偽を知ってからは、すべて信じられなくなり、不信の苦悩にあえぎ続けた。

 神様のご意志や、神様が何を私にお望みなのか、それを真剣に考えることさえ苦痛になり、いつも半身で避けてきた。目は、宗教的なことを読み、耳は聞いても、心が見聞きすることを拒んできた。

 私の心はカルトにだまされてから、神のご意志に目をつむり、耳をとざした。何も信じるまいとしてきた。欲している救いも、同時にあきらめたことに気づかずに。

 だが、私の意志、私の願望、希望という「自力」もまた無力だとわかったとき、神社の境内で拍手を打って頭を下げるほかなくなった。自分の愛する人たちや係わりのある人々の幸福を祈り、皇室と国家の繁栄を祈るしかなくなった。

 だが、いつからか、そうして祈っている自分さえ、祈らされているのではないかと思える瞬間があった。祈っているつもりが、祈らされているのではないかと。

 私は、自分の意志や願望、裏腹な依存のほとんどが、まったく達成されなかったことから、自分の意志や願いの実現を信じられなくなった。自力でがんばってなんとかしようという気力さえ、長らく失ってきた。それは断酒したせいばかりではない。

 神様が、自分に何をお望みなのか、私はやっと向き直ってたずねよう。

「私が実現しようとした望み、家族が私にこうあってほしいと願った望み、愛する人たちが、私にこうあらまほしと望んだことの多くを、私は実現できませんでした。私は、自分の無力さを恥じるとともに、自分をふくめた、人の私自身への願望の正当さというものが信じられなくなりました。

 かくなる上は、私は神様が私に何をお望みなのかを、切実に知りたく思います。そして、あなたから示された私への望みを、私自身の望みとして生きようと思います。ですから、どうか、あなたが私にどうなって欲しいのか、お教えください。あなたが、私をどのようにしたいのか、どのような運命、どのような生きる道に進ませ、歩ませたいのか、どうかお教えください。

 そして、あなたが私に望まれる通りになさってください。あなたの私への望みを、私の望みにいたします。そして、あなたのご意志に従うことをわが意志にできるように、どうかお導きください」
by ecdysis | 2008-04-07 00:46 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(5)

 あの狂気の浪人時代、18歳の日々に、私は刃物恐怖症というべき強迫観念に襲われ、するどいかみそりやナイフのぎらつく刃先を見ると、自分で自分を傷つけたくなりそうで、とてもこわかった。

 その刃物恐怖と去勢恐怖は連動しているらしいし、さらには「あるがままの自分でいると迫害される」という「迫害恐怖」、さらには統合失調症にまで連関するそうである。
「迫害恐怖」は、本当にある。これにはこの二十年あまり、どうしようもなく悩まされ続けてきた。

 自分が目立つ立場や他者への影響力を行使する境遇に置かれると、理不尽な弾圧者や敵対者が現れて、自分は破滅してしまうのだ、というような現実的に根拠のない恐怖だ。理性では根拠がないとわかっているのに、感情がおびえているのが「恐怖症」のゆえんなのはいうまでもない。

 若い頃は「自分が迫害されるほどえらい人間なのだという根拠のない優越感の変形ではないか」と、かなり疑っていたが、どうも人生の初期における失敗に懲りると、迫害恐怖になるらしい。

 人生の初期が、どのあたりに属するのか、わからないが、私にとってあきらかに「失敗」とわかる日々だと思うのは中学時代だ。
 中学1年のときから、何事にも積極的な(いま思えばある種の躁か多動性のある)生徒で、教師からも級友からも好かれて、調子にのって破天荒なことや人目をひくことを、まるで道化のようにやっていた。

 その結果、生徒会の会長に選ばれたのだが、これが相当なトラウマになった。

 当時の私は、中学3年でも声変わりせず、背丈も小さく、ほかの級友や先輩たちに比べて、自分がいちじるしく未成熟なお子様に感じられて苦しんだ。会長に選ばれて親はよろこんだが、当人は、なってみてその大変さに辟易し、えらい目にあったと思った。

 今でも苦々しいと感じる思い出がいくつかあり、あの一年余の体験で自分の「生き方」に大きな屈折が生じたことは否めない。

 会長になって、真っ先に苦しんだのは「生徒会長らしくない」というまわりの声だった。
 これには、本当に悩んだ。そのくせ、何がどう「らしくない」のか、だれも具体的に指摘しない。おそらく、私の前の会長もその前の会長も、どちらも体格がよく、運動部で活躍しており、それなりにインパクトがあったので、それを基準に「今度の会長は、らしくない」ということであったようだ。

 年齢相応の落ち着きがなく、お子様な外見とあいまって、そういう印象を与えたのだろうけれど、級友の中には「お前が会長に選挙で選ばれたのは、人気投票の結果だ」と、露骨にいうものまでいて、相当に苦しんだ。「やっていくうちに、らしくなっていくよ」という担当教諭の声など慰めにもならない。

 おまけに、副会長の方が、自分より背が高く声変わりもしていて、大人っぽく、なんでこいつが会長ではないのか、というような生徒だったから、自尊心がずだぼろになった。
 
by ecdysis | 2008-04-06 09:33 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 自分の中に、相当に深刻と感じられる「パニック恐怖」が、幼い頃からあって、それがさまざまな病的依存を産んできたのはわかっていたが、その根本にあるものが、正体を短い間だが生まれてはじめて、それとわかる姿であらわしたような気がする。

 ひとことでいえば、それは「去勢恐怖」だ。

 自分の男性器が、切除される、もぎとられる恐怖のようなのだ。
 母親との関係に問題がある息子には、よくあると心理学ではいわれるが、ここまで来るとあまりの根の深さに呆然とする。

 だが、気づかないで苦しみ続けるよりはいい。
 この去勢恐怖から、すっかり抜け出せるよう、神様にお祈りしよう。
by ecdysis | 2008-04-06 02:52 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

共依存な喪失体験

 弟と母を亡くしてから、ある種の虚脱が通奏低音のように、意識の奥に鳴り続けてきた。

 それが、家族を亡くした人なら、だれでも経験するものなのだろうと漠然と感じてきたが、今日、ふとしたことからそのパターンを認識したような気がする。

 神社へのお参りの帰りに、ふと「妻子をなくした男のように生きていこう」と思った。
 なぜ、そう思ったかわからない。だが、そう思ったとき、これまでにない落ちついた気持ちが湧き出てくるのを感じる。これまでの灰色の虚脱感や虚無感、なげやりな気持ちが癒されていくのを覚えた。

 どうして、結婚をしたこともない私が「妻子をなくした男のように」と思っただけで、気分がおちつくのか不思議だった。

 部屋に戻ってから、それが半分は精神的な事実であったことを自覚した。
 母の代理夫を精神的につとめた私にとって、母の死は妻の死のように感じる部分が、どこかにあるのかもしれない。弟も私にとっては、半分は子供のようなものだったから、彼の死はわが子の死と似たショックを与えたに違いない。

 母の死についての感想が、妻を亡くした夫の感想と似ているかもしれないというのは、気持ちの悪い話であるけれど、共依存だった私にとっては、そうなるほかはなかったのだろう。弟についても同じで、生きていたときの関係性が、依存対象が亡くなってからも、喪失体験とその感情にも影響するとは・・・・・。
by ecdysis | 2008-04-03 20:25 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

ひとつの決意

 私は、死ぬときに畳の上で死なないことにする。
 どうやら、私には旅とか流浪とか移転とかが、似合っているからだ。
 ひとつところに、長くいたりするのが、苦手なのだ。

 もしかすると、この心は、生来の「ヴァガボンド」なのかもしれない。
 流浪者であるものが、定住して固定した生活を生涯続けようとしたことが、大きなまちがいだったのかもしれない。
by ecdysis | 2008-04-01 22:05 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

理想という名の空白

 理想の家庭を築くには、理想の結婚をし、理想の結婚をするためには、理想の恋愛をしなければならない・・・・それが、母の期待と願望を背負った私の少年時代の言葉以前の「理想」だった。

 理想の相手とめぐりあうためには、理想の自分でなければならない。そう思って、自分のためにもなると思い、自分を変えるためにカルトに入ってしまったという側面もある。

 だが、いま、その「理想」には、漠然としたイメージはあっても、どれもこれも具体的なものがなかった。数字で見えるものが何もない。たとえば、年収は最低いくら、とか、相手や自分の容姿はどういう風がいい、とか、こういう間取りと建て坪の家を持ちたいとか、現実的な例証のできる「理想データ」さえなかった。

 それはそうだ。その理想のほとんどは「母のめがね」が基準であり、彼女が望まない限り、具体的なデータを出す必要を感じなかったのだから。私の「幸福」は、「私の幸福」ではなく、「母の幸福」だったのだから、母が逝去してから、私の「幸福のイメージ」の多くは、母とともに昇天してしまった。

 私の「理想」の多くは、わずかな例外をのぞいて、天の空白、この世のものでない空虚に同化し、現世の私を動かす力をまったくなくした。蒸気の圧力を失った蒸気機関車のようなもので、その蒸気は、「母のまなざし」という「マザコン」だったのだから。

 母の期待をなくした私は、今度は自分で自分に期待しなければならない。
 ほかのだれかの期待やまなざしに呼応することだけに幸福を見出すような生き方は、もうしたくないのだ。

 もともと極楽トンボな性格なのかもしれないが、「自分なりの幸福」を、本気で求めていくしかない。そうでなければ、私には生きている意味が見えない。建前や大義名分でなら、いくらでも「生きる理由」はあげられる。だが、本音の部分では、死にたい気持ちと力比べを、無意識にしている。

 酒をやめて、生家も家族もなくして、へなへなになってしまった自分だが、きっと大いなる力が見守っていてくださると信じよう。
by ecdysis | 2008-04-01 04:29 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)