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 気持が混乱するときは、風呂に入るに限る。

 湯を浴びながら「それでも私は、神様が正しいと信じている」と思い返した。
 無神論者や神の意志を認めない人々は別として、神の導きは、まちがいなく正しい結論に人間を導いてゆくと信じる。

 たとえ、それがどんなに苦しくつらい選択と決断と忍耐を強いるものだとしても、たとえ、それが何年も心の傷となって苦しむ出来事であったとしても、神の導きは、かならずその苦痛と難儀を、最後には癒し救いあがなってくださると信じるし、事実、そういう経験をしてきた。


 だから、私のこの家なき、家族なき悲痛も哀愁も孤独も、いつの日にか、あがなわれることを信じ、希望を持とう。

 それは、神に命じられたことを成し遂げたときにこそ、訪れる。
 多くのシチュエーションにおいて、過去、言葉にならない大いなる意思の示しと受け取ったことは、次のようなものだ。

「いま手がけていることを成し遂げよ。そうすれば、汝の過去・現在の苦悩は取り去られ、充足と安心に塗り替えられる」

 いま手がけていることを、成し遂げよう。
by ecdysis | 2009-12-22 15:23 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(6)

 あたたかな家庭、なごやかでむつまじい夫婦や親子関係の獲得目指して、私は行動してきたつもりだった。
 その方法を得るために。それだけが生きる支えであり、おのれの向上心の源だった。
 だが、だめだった。無力だった。

 この無力を認めるということができないために、私の中の手負いの獣のようだった若者時代の意識がよみがえり、叫び暴れる。

「家庭建設はおろか、恋愛にさえ、無力を認めねばならないというのか!
 他の人たちにできて、このおれにできないというのか!」

 私は空をかきむしり、髪をつかんで首振り悶え、絶叫する。
 あまりの激昂に、自分や過去へのやるかたない憤怒に、息荒らげ、鳩のように必死に圧し殺したうめき声が、喉からわきだしてやまない。
 あたりかまわず、壁やドアや家具を蹴りつけて殴り、わが身が傷つくのもいとわず、狂乱して吼えたい。

「おれはなにものなのだ!おのれが大切と信じた多くのものごとの獲得に、まったく努力の実らぬ結果のあげく、無力さが、運命の結論として与えられるとは!
 おれはだれなのだ。こんな無力な人間が、いてよいものか?
 この無力、この苦悩。おれの払ってきた努力は、ただその結果が無駄だということを知るためにのみあったのか!」

 われとわが身をかきむしる憤激、自分の着衣さえ、ずたずたに引き裂きたい悲憤を、いったいだれにぶつければよいのか。
by ecdysis | 2009-12-22 14:07 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

私は恐ろしい

 父母の仲が、極端に悪い中で育った、私のようなACの人には、わかってもらえると思う。

 私は恐ろしい。もし結婚したなら、私も父母のように、いさかいと罵り合いの夫婦関係しか作れないのではないか。それだけではない。生家では祖父と祖母も、一方はアルコール依存、もう一方は人格障害者になって、蛇蝎の憎悪劇を日夜繰り広げていた。

 私は、自分と血のつながった二組の夫婦の、憎悪と激怒と不信の嵐に巻き込まれて育った。
 だから、どういう風にすれば、そういう喧嘩口論や罵り合いをしないですむ男女関係をつくれるのか、わからないのだ。

 わからないから、なおさら恐ろしい。
 
 ACの自助グループに通い始めてわかったことといえば、私もまた祖父や父と同じように、将来的に、自分と蛇蝎の憎悪劇を演じることになる女性しか、選べないであろうということだ。あるいは、私のAC性が、妻となった女性を怒らせ、憎ませ、呪わせるであろうということだ。

 私が、心から望んだ平凡で平穏な家庭をつくるすべを、私は持っていない。
 回復のプログラムを、実践すれば、それが学べるのか?
 それを信じることにも臆するほど、今頃になって私の絶望の深さを見出した始末だ。

 私も結婚したなら、父が母に、祖父が祖母にしたように、依存し、怒り、殴るかもしれない。
 ささいなことで、かっとなり、妻を殴ったり蹴ったり、妻が大事にしているものを、投げつけたりたたきこわしたりするかもしれない。あるいは、気が狂ったように、ものを壊したり、いためつけたりするかもしれない。制御できない憤怒にとりつかれ、普段の自分では考えられないような、凶悪なことをやりかねないのだ

 なんということだろう。私は愛したはずの相手を傷つけ、苦しめ、癇癪持ちの駄々っ子のようにしか、ふるまえなくなるかもしれないのだ。愛の存在を暴力でしか表現できない、ねじれた心を知らぬ間に持ち合わせるようになったと感じる。

 かっとなったら何をするかわからない、見境のない怒りの暴走が、暴力となって妻子をみじめな苦痛と屈辱に陥らせる。そんな父親や夫の話を、AC関係の自助グループでどれだけきいたことか。だが、私もそういった夫や父になりかねない。それが、はっきり見えたのだ。

 私の中に、父や祖父と同じ毒蛇が眠っている。それが、結婚後、家庭のストレスの中で、牙をむき、妻子に深々とかみつき毒液を注入する時が、このままではやがて来る。

 最悪なのは、そういう毒蛇の暴力性は、妻や子供のような「近しい関係」にこそ遠慮なく現れる。親密になればなるほど、暴力性が強く濃厚に現れるということだ。

 健康な家庭では、近しい関係になればなるほど、忍耐や寛容さや優しさや配慮が強く濃く現れるはずなのに、ACの家庭は逆の位相が現れる。世の中には、近しい関係になればなるほど、ぞんざいで粗暴で容赦ない言動におよぶ、「親しき仲にも礼儀あり」ということわざを知らない人間もいるが、家庭の中でそれをやったら破綻する。

 なにが「良き父、良き夫になりたい」だろうか。なれるはずもない。まさか、自分の内に、こんな毒蛇がいるとは知らなかった。この毒蛇を、どう殺せばいいのか、変えればいいのか。父や祖父と同じになりたくないと願うだけでは、何も変わらないことだけは、はっきりしている。

 父も祖父も、野獣だった。その子・孫であるわたしだけ、願望や想いだけで人間になれるわけがない。

 願うだけでは、望むだけでは、変われないのはわかっている。

 私は、自分がもっとも忌み嫌った家庭の破壊者の側面を、自分が持っていることをはっきりと知った。神よ、ゆるしたまえ、あわれみたまえ。今夜もひとり泣きながら眠る。
by ecdysis | 2009-12-21 01:40 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(2)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)