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 母親が、私が中学2年のときにキッチンドリンカーになってしまい、泥酔して私にしがみつき「おまえだけが頼りなんだ~」と泣き崩れた。
 私は泥酔者の言葉を真に受けて、たったひとりで「この母親を幸せにしなくては」と悲愴な決意を固めた。

 ぐでんぐでんになって酔眼もうろうとし、よだれをたらしている母親。

 そんな母にしがみつかれながら、私は台所の冷たいさびしい蛍光灯の下で、自分はこの世でたった一人になったと思った。

 母親の足腰立たない状態の体重を全力で支えながら、こんな経験をしているのは、世界で自分だけだと、言葉以前の意識で思ったのだ。

 あのときから、私は自分の本当の願望や自然な大人への成長をなくしたのだと思う。
 
 いまにして思えば、あそこから母の心理的な「代理夫」の役割を演じることになったのだ。

 振り返れば、中学2年のときから、大きな変化が起きたことが見てとれる。
 まず肉体的には精通があったということ。
 それから、思春期の恋愛感情も経験しはじめた。
 これも、当初から恋愛依存の傾向が強かったとわかる。

 こんなことがあった。授業中に眠くて眠くてたまらなくなったとき、ふと好きな片思いの下級生のことを考えたら、眠気がふっとんだ。
 そこで、私は「恋愛感情は眠気に効く」という覚醒剤のような感覚を持った。それは、眠気だけでなく退屈感や無気力にも効くのだった。
 恋愛初期のドキドキ感や高揚感に依存することを覚えたといっていい。

「好きな人のことを考えると元気が出る」「勇気が出る」というのは確かにだれでもそうなのだが、片思いであれば不安定な感情の方が強くて、元気も勇気もそううまくは続かない。
 すぐに相手との関係が思う通りにならないという現実にぶつかるからだ。相手の言動や態度に一喜一憂する苦しみの方が先立つばかりだった。

 当時の恋愛感情は、私にとっては最初の一杯だけが気持ち良い酒のようなもので、あとは飲んでも飲んでも苦しいだけの依存的なものだった。

 恋とは、自分の思う通りにならない苦しいものだと、少年の私は思っていたし、思春期を通じて自分はモテない魅力のない男なのだと信じ込んでいた。

 実は、そうではなくて、私は母親の精神的代理夫の役割を引き受けてから、少年であることをやめてしまったので、そうなったのだ。
 正しくは、健康な少年たちが体験すべき事柄や心理の多くを体験せずに、少年時代と青年前期を終わってしまったのだ。

 恋をしたとしても、それは自分のための恋愛ではなかった。
 息子が結婚して早く一人前になって孫を抱かせてほしいという、母の願望のための恋愛になってしまっていたのだろう。

 そこから、すでに大きな混乱と歪曲と自己否定が、母との共依存のうちに醸成されたのだ。

 もうひとつ、中学2年のときに起こった忘れられない「事件」があった。
 それは、一時期マスコミでも騒がれた「コックリさん」によるパニック障害だ。
 あのニュースが流れ出す少し前に、私もそれを体験した。

 午前中の休み時間に、だれもいないがらんとした教室で、私は何を思ったかコックリさんの紙をしいて、ひとりで十円玉を乗せて質問をはじめた。
 基本的には2人以上でやるところを、一人でやっているうちに、数分もしないうちに気分が悪くなってきた。

 そのうち、心臓がばくばくしはじめ、十円玉にかかった霊が自分に憑依したのではないかと深刻な恐怖に襲われて、意識がおかしくなった。
 視界のすべてが色彩を失ってモノトーンになった。まるで自分が深い海の底にでも沈んでしまったかのようだ。

 休み時間が終わって、クラスメートたちががやがやと戻ってきたが、とても現実のものとは思えなかった。
 耳から入る音も、まるで水の底から聞いているかのようにこもっている。
 自分の意識が、異世界に入ってしまったのだと思った。その異世界から、もう手の触れられない同級生たちと教室を、麻痺した感覚でながめていた。

 その非常に異常な心理状態は、2時間ほど続いた。

 さいわい次の授業が技術の時間で、天気のいい戸外に出て木工のラッカー塗りをしたおかげだろう、太陽光線を浴びているうちに少しずつおさまった。
 あれは今でいうパニック障害だったと思うが、本当に恐ろしい体験だった。

 いわゆる「霊障」ではないと思うが、おそらく母親にしがみつかれた経験が影響しているのは明らかなようだ。
 加えて父の酒乱や祖母の人格障害におびえる日々や、生徒会の副会長になったものの面白くなくていやになっていたなど、家や学校で次第に生きるのが苦しいストレス過多になっていた。
 また、中学2年ごろから、小学5年のときに発症してとまっていた抜毛症(トリコチロマニア)が再発していた。

 書いているうちに、なんと過酷な中学時代を過ごしていたことかと思う。


 そして、40歳を過ぎたとき、初めて母との共依存を断ち切り、代理夫をやめようと決意した。
 本来の夫である父に、これまで私が肩代わりしてきたすべての責任と義務を返そうと決意した夜に、私はある夢を見た。

 私は美しいポプラ並木の運河のほとりを、15歳の少年に戻って、同じ15歳の少女と手をつないで歩いていた。

 思いだしただけでも、夢なのに胸が熱くなる。

 現実の中学校でも校庭のまわりにポプラが植えられていたし、そばを北上川が流れていた。

 私の中の少年は、そのときまで自分の願った通りに生きられなかったのだ。
 私は、15歳の少年の意識を冷凍睡眠させたまま、中年になってしまっていた。
 
 目を覚ました15歳の少年よ、今度こそ、生きよ。
 15の私よ、自分の願った通りに、生きよ。
 そう、心から念じる。

 
by ecdysis | 2015-03-15 02:18 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(1)

 私の生まれ育った家庭は地獄だった。
 だから、私は「地獄の子」なのだ。
 天国にあこがれたけれど、そこへ昇っていく方法を教えられなかった。
 地獄を天国にしたいと願ったが、家族も私もその方法を知らなかった。
 自分たちが病んで狂っているのを自覚しないままに天国を求めれば、
 そこに現れるのは別の地獄だけなのだということもわからなかった。

 私が、18歳の心を病んだ浪人時代にしきりに願っていたことは、 「自分の生い立ちの全否定」だった。
 フラッシュバックを起こすほどの苦痛の連続だった18歳までの自分の体験のすべてを否定し、なかったことにしたかった。

 そのために、本気で改名も考えたし、これまでの記憶がすべてなくなってしまわないかと思っていた。
 高校3年の頃から、自分が自分であること、劣悪な家庭環境の構成員のひとりであるという自己認識が耐え難かった。

 自分が自分であるという事実を受け入れることが苦痛だった。こんなひどい家庭に育ったという記憶に追い詰められていたのだ。
 そのために、そんな自分の意識から逃れるために酒に手を出して泥酔することを覚えた、
 いま思えば、それは「消えてなくなりたい」すなわち「死にたい」という意志の代弁行為だった。

 ふりかえれば「自分の生い立ちの悲惨な記憶を全否定するか逆転して埋め合わせたい」という動機で行動したことはみな失敗だった。
 自覚できなくとも、変えられない過去をなんとかしようという気持ちに影響された行いは、どれほど前向きで常識的にまちがいでないことでも、すべて徒労に終わった。
 過去の心の傷や穴を埋めるためではなく、今の自分に正直に楽にいられることを優先させるべきだったのかもしれない。
 しかし、そんなことは今だから思えるのであって、生い立ちの記憶にさいなまれている者に、別の選択肢が思い浮かぶような余裕はなかった。

 そこまで深刻な、けれどもアダルトチャイルドには「普通にある意識状態」を経験していたのだから、あのままなら遅かれ早かれ自分で死を選んでいただろう。

 そうならなかったのは、浪人時代の終わりに下宿の隣室のケンカ友達だったNが、大学に受かってひとあし先に引っ越すときに、わかれぎわに渡してくれた1冊のギデオン・バイブルだった。
 生まれてはじめて手にした「新約聖書」だったが、その旅館やホテルによく置いてある本が、大学入学以降の私の人生を変えた。

 私は洗礼を受けていないし、どこの教会にも教派にも属したことはないし、信じているのは神道なのでクリスチャンではありえない。
 だが、そのギデオン・バイブルのキリストの言葉によって、それまでとは違った方向性に生き方が引っ張られたのはまちがいない。
by ecdysis | 2015-03-11 19:44 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 祖父と父そして母のアルコール依存症、また祖母の重篤な人格障害の間で育った私には、一個の人間としての健全な精神的情緒的な機能が、備わらなかったとわかる。
 健康で適切な問題処理のできる大人になれなかった。少なくとも、結婚して家族を持って維持できるほどには、そういう機能が十分に育たなかったのだ。

 私は24歳のときに童貞を無くしたが、初体験の相手はカルト信者の誇大妄想症だった。それから深い関係になった女性は一人残らず、鬱病だったりパニック障害だったり人格障害だったりした。健康な女性とつきあいはじめたことは数回あったが、それらは皆、長くても数週間で別離した。あるいは私の方で原因不明の恐怖に襲われて関わりを続けられなくなったりした。
 こうまでAC性の人間関係図が露骨に描けると笑ってしまうほどだ。

 だが笑っていられる場合ではない。私が生まれた時には、アルコール依存症の祖父と父、人格障害の祖母がすでにいたし、唯一、まともと思われた母も共依存のあげく、私が中学生にあがるとキッチンドリンカーのアルコール依存症になってしまった。
 私の「家族」は皆、病んでいた。私と妹は、まだ母がまともだった頃に幼少期を過ごせた。小学生のうちに、母方のまともな祖父母にしつけしてもらえたから、いまだに生き延びている。
 しかし、両親ともアルコール依存症になってしまった中で幼少期を過ごした弟は、アルコール依存症が進行して33歳で早世してしまった。

 家族が皆、精神を病んでしまえば、自分も病むことはもちろん、結婚生活を送ろうとするとき、選ぶのもやはり心を病んだ相手ということも往々にしてある。。
 それは、不思議な嗅覚というか磁力のようなもので、ACどうし、病んだどうしが引き合うのだ。本人は、まともで健康な相手を選んだつもりでも、内実を知ればその通りではなかったりする。結婚して相手の本当の姿に初めて触れたとき、パートナーもACであり病んでいることがわかるという話は珍しくない。 
 
すべてのACがそうだというつもりはない。自分より健康で優しい面倒見のいい配偶者に恵まれる人たちも確かにいるからだ。
 また、はじめから心を病んだものどうしであることを認めた上で、相応の覚悟をもって結婚生活に入る人たちもいるし、それがうまく続くケースもあれば、残念な結果になってしまうケースもある。
 少なくとも、「これに従えば、確実にAC家庭が回復し、結婚生活がうまくいく」という確実な処方箋はないのかもしれない。

 自助グループのいわゆる「12ステップ」をちゃんとやれば、うまくいくという人もいるし、その通りになったという人もいるが、すべての場合に通用するとは思えない。
病気も問題も多種多様なので、回復についてはケース・バイ・ケースとしか言いようがないのが本音だ。

 ほかの人のことはともかく、私個人について言えば、ここまでAC性と生い立ちのトラウマが深刻である以上、この年だし、ほかにやるべきことはあるし、結婚は無理だろう。
たとえていえば、傷ついたDNAは傷ついたDNAしか再生産しないし、ガン細胞はガン細胞としてしか生きられない。
仮に願望が実現したとしても、配偶者や子供たちに病気の再生産をして世代連鎖させるのが関の山だろう。離婚や失敗した婚姻、育児や教育に不備不足欠点の多い問題家庭は、世の中に山ほどある。
 もちろん、ガン細胞を正常細胞に戻す抗体はあるし、それでうまくいけばそれに越したことはない。

しかし、私の場合は、もはや手遅れだ。神様の指がお示しになるのは、結婚でも恋愛でもない。

 まだ青年だったころ、たまたま聞いたラジオ番組か何かで、10代の心傷ついてグレた少女が、米軍の黒人兵と知り合い、彼の愛によって癒され更生したという実話を聞いた。それが、ものに感じやすい私の心を直撃し、「恋愛には人を救う力がある」と信した。
 それより後、私はよりいっそう恋愛・異性愛に救いを求めたが、それが依存であるとは数年前まで気づかなかった。
そして、それらが自分を救ってくれないことに大きな失望と幻滅を感じたが、依存であると知った今、それは無理もない事だったと思う。

 もちろん、依存症からの「回復」によって、普通に恋をして結婚して家庭を営めるようになる人たちは、たくさんいる。
 その一方、「回復」の方向性が、そうではない私のような人たちもいる。

 それは「世代連鎖の防止」という重要な役目を負っている場合だ。
 回復することで、自分が独身の運命を背負っていることを認め、それを前提に生活し、ACや依存症の次世代を作らないという目的を達するパターンだ。
 普通に健康に暮らしているACでも依存症でもない人たちからは「そんなバカな」という声が聞こえてきそうだが、世代連鎖の防波堤の役割をする人物が、どこの家系でも必ずいるはずなのだ。

 私は、自分が長男であって、家を継いで家系を存続させることを前提に育てられたので、こういう発想はもっとも受け入れがたかった。
 しかし、年齢と経験を重ねるうちに、それもありうるのだとわかってきた。
 あるいは、自分が家庭を持つために必要だった経済的・肉体的・精神的エネルギーを、機能不全の原家族のためについやしてしまい、結婚しそこねたといってもいい。
 それでも、神様は健康な恋や結婚や家庭を得るかわりに、別のものと機会を与えてくださっていると私は信じている。

 それが何かの才能発揮の場であっても自助グループであっても、「自分の居場所」があればいいのだと思う。
「家庭」以外の自分の「居場所」。それが見つかれば、独身を約束された身でも、生きていける。それを見つけるには勇気がいるが、見つければ強い。
 どこにも居場所がない、だれからも愛されていない、だれからも関心を持たれていないと思いこんだからこそ、私たちはACとなり依存症者となったのだから。

 だから、祈ろう。

 神様、どうか私に安心できる居場所をお与えください。
 どうか私に愛されていると感じさせてください。
 どうか私に見守られていると感じさせてください。
 私が願うべきことを願わせてください。
 私が願うべきでないことは未練なくあきらめさせてください。
 私の生涯に神様のご意志がなりますように。
 私の死後にも神様のご意志がなりますように。
by ecdysis | 2015-03-04 04:35 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(4)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)