人気ブログランキング |

 各種の依存症は、そのありようが「嗜癖(アディクション)」と呼ばれるが、私の経験からいっても、その本源は、内なる過去の傷ついた子供たちの「表現すべきときに表現できなかった子供」のトラウマ感情にあるといえる。普通なら、泣いたりわめいたり叫んだり拒んだりすべき場面で、それができなかった子供の感情だ。そのため、大人になってから、傷ついた子供の心が表に現れることを求めて、身体言語として、あるいは習慣化した現実逃避行動として、またはトラウマ記憶の回避行動として、嗜癖の形をとる。

 抑圧され忘却された内なる子供の感情が、表現しようともがいてあがいて、大人の自分を突き動かす。それが依存症の根源だというのが、私の実感だ。これはすでに精神医学の領域でも知られていて、トラウマは内なる子供の感情を繰り返し表現することで改善するし、私もそうしてきた。

もちろん、トラウマ体験を思いだし直面することが目的ではなく、そのときの感情を表現することが重要だ。
思い出すだけでは、トラウマの追体験になるだけで治療にはならない。私は16歳のときに、フラッシュバックという形でトラウマ記憶と感情が爆発的に現れはしたが、治癒できる表現までにはいたらず、酒の力を借りないと表現できない段階にとどまった。中途半端なトラウマ表現がこじれて、ひきこもりと対人恐怖・世界憎悪・被害妄想などの新しい病的状態に移行しただけだった。治癒するには、トラウマ時に出したくても出せなかった感情、泣いたりわめいたり恐怖したり怒ったりと、シラフの状態で徹底的または繰り返しておこなう表現が必要になる。

そして、それをおこなえば、孤独感からも次第に解放される。長い間、自分の胸にしまって誰にも話せないと秘密にしてきた孤独感から、表現することで解放されるのだ。実にトラウマに関する秘密ほど、人を病ませるものもない。

 私は二十歳代終わりごろから四十歳代はじめにかけて、自己の子供のころの感情を解放することを、間歇的にだがおこなってきた。自分の中で泣いている子供がいることを感じていたので、「男は泣くべからず」という世間の掟はさっさと捨ててしまった。飲酒すると泣き上戸になる自分なのは知っていたので、もともと泣きたい人間なんだから、シラフで泣いても当然だと思った。我慢したって泣きたいものは泣きたいのだから泣いてしまおうと決めた。人前で泣くのは恥ずかしいから、トラウマ記憶と感情がよみがえるときは、夜、布団をかぶって思い切り泣くことを繰り返した。また、自動車の免許をとってからは、一人でドライブしてトラウマ感情が突き上げるときは、路肩や駐車場に一時停車して、車の座席に座ったまま、号泣することも何回かあった。ただし、泣くときは、ひとつだけ「自己憐憫に陥らないようにする」ことだけ気をつけた。泣くことが自分の心の治療なのはわかっていたので、自己憐憫はその目的に反することも体験的に知っていたからだ。

しかし、私のように自己流でやるのは、今更ながらおすすめしかねる。ちゃんとした専門家に相談しないと、フラッシュバックを起こしてトラウマ再発と自己憐愍など病的状態に悪化するし、私もそうだったが、進行性のうつ病を発症することにもなる。カルト宗教や性格改造セミナーはもちろん、依存症の中間施設の職員の中にもいるようだが、きちんとした専門教育の勉強もせずに、他者のトラウマ表現をさせたりするのは非常に危険だ。自殺など命にかかわることもあるので、トラウマ表現は専門家に見てもらいながら進めるのがよい。
 繰り返すが、私のように医療の助けなしに自己流でやるのは、かなりのハードランディングでおすすめしかねる。

自己流だと、飛行機にたとえると不時着の胴体着陸でかなりあらっほい危険がともなう。専門家に頼れば空港にスムーズに着陸できる。
 私の場合は、胴体着陸をしたあげく、命からがら断酒に入り、うつ病が顕在化して、最初の1年は精神科によって、次には自助団体によって安定した治癒のプロセスに入ることができた。

 弟が死んだときは、まだアルコール問題者の自助団体に入ってまもなくだったが、初めて人前でわあわあ泣いた。恥ずかしさよりも、表現せずにはいられなかったからだ。そういう気持ちに正直になりたかった。

 自助団体の参加者でも、男性の場合、やはり人前で何度も泣いている人の方が回復率は高い。女性はおそらく「怒る」ことを人前でやる人が回復するのだろうと思う。なぜなら、私を診てくれた精神科医が「男性は泣くことを、女性は怒ることを自分に許せば回復する」といっていたからだ。男性である私は「泣く」ことで回復するのは自分で確かめられた。ゆえに、女性の場合も、その医師の言葉は正しいだろうと思うのだ。

 もちろん、「泣く」ことも「怒る」こともシラフで表現というのが大前提である。飲酒や薬物(処方薬ふくむ)や食べ吐きに「酔った」状態では治療にならない。トラウマを形成した年齢時には、飲酒も薬物も食べ吐きもしていなかったのだから、その状態にもどってからでないと治癒にはならないのである。

c0032696_05394405.jpg


by ecdysis | 2018-08-31 16:14 | Trackback | Comments(0)

 仏教を学びはじめてから、「まとも」であるとは、どういうことかと、父母や親戚や世間一般の価値観で当然としてきた基準が大きく揺らいでいる。
 
「まとも」とは、常識的であるということか。常識という共通イメージに沿って、家庭や学校や職場や団体の規則・しきたり・世間の相場に従うことか。道徳を守るということか。協調性を大事にし、倫理的に他者に害をなさないということか。

 私は、自分のAC性による疎外感と孤独感とトラウマの中で、「ふつうになりさえすれば幸福になれる」と信じた。
 そこで思った「ふつう」とは、正確には「まとも」ということだった。
 だから「まともになれば幸福になれる」と信じたのだ。

 そして、私が願った「幸福」とは「苦痛がない」ということだった。耐えがたいほどの苦しみが一切ない状態を、私は「幸福」だと思い込んでいた。18歳のとき、「人は生まれてきたからには、幸せにならねばならない。こんな理不尽な苦しみを味わうのは本当じゃない」と思った日があったが、そこであった幸福のイメージは「苦痛というものから解放された恒常的な状態」であったことが思い起こされる。

 しかし、還暦にあと三年で達しようという今頃になって、仏教を学び、私の求めた「幸福」はどこにもだれにもなかったのだと気づかされた。釈迦は、人の自我は苦しみしか生まず、苦しみの原因であり結果であるとして「一切は皆、苦である」と教えている。

 そして、悟りをもとめる指標のひとつとして四法印を教えた。
 それは、「諸行無常」「諸法無我(自分のものである、自分だと思っているものは、実はなにもない)」「涅槃寂静(悟りの永遠の静けさの境地)」、いまあげた「一切皆苦(自我によるすべては苦を生み苦をつくり苦しみとなる)」の四つだ。

 この「一切皆苦」は、私の願った「幸福」とまっこうから衝突し、最初に目にしたとき、認められずうなずけなかった。
 人生、楽しいことも、快楽なこともあるじゃないかと思った。

 しかし、その楽しさは永続しない。宴のあとの寂しさは来る。打ち上げ花火大会の後の寂寥は苦しみではなかろうか。いつまでも続いてほしいと思っても終わりはくる。楽しい花火デートでも、混雑の中、だれかに足を踏まれたり、肘鉄をくらったりすれば、たちまち怒りと苛立ちを発して、ただちに心は我慢と忍耐の苦しみに満たされる。

 その楽しさは、自分たちだけが享楽して、近隣に迷惑をかけたりすれば、その報いは苦情や悪い噂話という苦しみとなって返ってくる。楽しさや快楽の多くは、それを体験する時と所において、だれかが場所を用意し、職業的にあるいはボランティア的に舞台を準備してくれているからこそ体験できる。遊園地でもホテルでもレストランでも居酒屋のコンパでもそうだ。

 恋愛もそうだ。楽しいデートを繰り返して結婚し子供ができれば、もはやラブラブではいられない。子供が無事に成長するか、いじめにあわないか、相手の不倫や浮気があれば苦しむし、離婚の危機も何度か訪れるし、離婚することもいまや珍しくない。
 一見、まともそうな家庭も、ふたをあければ問題だらけだ。隣の芝生は青く見え、遠くのものはきれいに見えるが近づいてみると思ったほど美しくない(遠美近醜)。

 きれいな場所は、だれかが必ず人知れないように、きれいにしてくれている。快適さは、だれかがそのために苦心して努力して陰で働いてくれているからこそ保てる。どんな家庭も、家族がいれば、妻や母やほかの家族が、毎日掃除洗濯炊事をしてくれているから、きれいに快適にさっぱりしていられる。もし、それがなかったらどんな家でもたちまちゴミ屋敷になる。そうならずに済んでいるのは、だれかが絶え間なく掃除とゴミ出しをしてくれているからだ。

 だが、そのことに気づいて感謝する人は少ない。もらったらもらいっぱなし。養ってるんだから当然だろう、カネを払っているんだから当然だろうとしか思わない。そういう心根でいると、いつか快適さやきれいさを享受する側から、提供し奉仕する側にまわされることになる。立小便の快楽を味わって申し訳ないともすまなかったとも思わなければ、いずれ自分が人の立小便の始末をさせられることになる。

 そう考えると、なにごとも楽しさの背景に苦が控えていて、快適さもあやういバランスの上に成り立っている。

 楽しい経験の最中でも、楽しめない心配事やほかの気がかりがあると楽しさ半減だし、相手やすれちがう人たちや自動車に「気にくわない」「目ざわりだ」「なんだこいつ」「ふざけんな」「じゃまなんだよ」と感じる、目障り耳障り気に障ることが絶無ということもありえない。

 100%の快適さと幸福感を求めているのに、それらは五感のどれかが不快を感じれば、たちまち苦痛になる。
 それらのどれもが、私の求めた幸福ではない。求めたものが得られない苦痛(求不得苦)から、解放されることがないという意味だけでも「一切皆苦」を認めざるを得ない。

c0032696_01480640.png

by ecdysis | 2018-08-23 01:48 | Trackback | Comments(0)

 私が中学時代に、母がアルコール依存症になってしまい、私も弟もともに同じ問題を抱えていくのだが、そこに横たわっていたのは、母との深刻な共依存の問題だった。

 アルコールをやめてうつ病になり自助会に通いはじめるまで、私は自分の共依存の問題が、どれほど深刻か、自覚がなかった。
 けれども、色々なACや依存症関係の本を読んだり知人たちの話をきいているうちに、私はだんだんと自分のもって生まれた見方ではなく、母の見方ですべてを見て判断していたと気づいた。

 恋愛の相手でも、自分が好きでつきあっても、心の半分では「母ならこのひとをどう思うだろうか」と、余計な忖度をしてしまうことがたびたびあった。意識してもしなくても、いつも「母ならどう思うか、母ならどう感じるか」という推察が、どこかにあったような気がする。

 少なくとも「母がどう思おうが関係ない」という健康な自立心をもって考えたりしたことが、どれだけあったか心もとない。

 ふりかえれば、「母の価値観を意識しておこなったこと」すなわち「母のためと信じて行ったこと」のほとんどは挫折と失敗に終わっている。私の獲得醸成した自前の価値観ではないからだ。へたでも突飛でも、「自分のために」自分で意識的に選んだ価値観で生きることが、とても大事なことだということが、40歳代に入ってからわかるようになった。

 そうして、純粋に「自分のため」と意識した最初の行動が「酒をやめること」だった。

 本気で「自分のため」と思えてやめるなら、嗜癖はやめられる。これが「家族のため」とか、「世間体のため」とか、自分以外の人たちの評価や視線を意識してやめようとするうちは、まずやめられずスリップする。

 なぜなら、他者を意識してやめようとするのは、自分が得ている嗜癖によるメリットを手放していないからだ。

 頭ではよくないとわかっていても、心の奥の傷ついた子供の意識が、その嗜癖によって一時的にでも現実逃避できたり、安堵をえられたりするメリットを求めているからだ。

 嗜癖は、他者にはどう見えようとも、本人にはそれをおこなうことでなんらかのメリットがあるから、繰り返し行う。自分にとって100%有害無益であると心底わかっていることを人間はやらない。酒でも薬でも万引きでも買い物でもギャンブルでも自傷行為でも、それをやることで自分がなんかのメリットや快感を覚えるからこそ依存なのだ。

 だから、家族のためには迷惑をかけてよくないと思っても、自分にとってはメリットがあるのだから、家族のために嗜癖をやめ続けることは不可能だ。自分に利益があるとわかっている嗜癖・依存を、家族のためにやめることはできない。やめたいと思っても、やめられはしない。なぜなら自分にとってはメリットがあるし、そのおかげで生き延びてきたのだから。

 唯一、やめるとすれば、「これには、もうメリットがない。自分のために役立たなくなった」という自覚が生じて、それを内なる子供も受け入れたときである。

 たとえていえば、小さなころから大事にしていたぬいぐるみがあって、それを手放さないでいつも抱いて一緒にいることに依存して大人になった人がいるとする。学校でも家庭でも結婚しても、そのぬいぐるみは手放さない。もちろん、洗わないので、垢とよだれと涙とで何十年も汚れ放題で不潔で悪臭を放っており、まわりの人々は大いに迷惑して、本人にそれを捨てるように叱責して強制するが、本人は絶対に手放さない。

 ぬいぐるみの悪臭も、その人にはなつかしい安心の臭いである、べとべとどろどろの表面もほっとする手触りなのだ。

 やがて、そのぬいぐるみの不潔さが原因で、その人は皮膚病になったり、しょっちゅう何かの病気になったりするが、それでもそのぬいぐるみのせいだとは信じず、肌身離さず抱き続ける。

 しかし、そういうことを繰り返すうちに、その人にもついに、ぬいぐるみを「きたなくなった」と感じる瞬間が来る。

 いかなるシチュエーションでそういう瞬間を迎えるかは、その人と神様次第だが、「こんなにきたなくなってくさくなっちゃった・・・」と気づいて、古すぎて傷みがひどくもう洗っても糸や繊維がばらけて原型をとどめないことも思い知る。

 その人は、激しく泣くだろう。あんなに愛して執着したぬいぐるみは、もう自分を助けてくれず、それどころか有害なものとなってしまった。その人は悲嘆と落胆のあまりうつ病になるだろう。しかし、手放すことを自分で決断する。自分のためだからである。

 家族やまわりのためではない。自分のために自分で手放すことを選んでこそ、嗜癖はやめることができる。

 逆に、どんなにきたなくてもみっともなくても異様でも、自分になんらかのメリットがあると感じているうちは、嗜癖をやめないし、やめることはできない。

c0032696_01172264.jpg

by ecdysis | 2018-08-20 02:09 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

 現在、毎日、座禅をしながら性欲の克服に挑戦している。

 ACの特徴のひとつである「好色さ」という性依存の傾向を修正し、その奥にある古くからの感情と対面するためだ。
 古くからの感情。それは「怒り」だ。理不尽なアルコール依存症者と精神障害者の家族のふるまいに対する子供の怒りだ。問題飲酒者の家族としての激しい怒りだ。

 その怒りは激越だ。誰に対しても八つ当たりしたくなる衝動に駆られる。もちろん、性欲の抑圧には、だれでも苛立ち怒りっぽくなるのが普通だろう。しかし、単なる我慢と抑圧が目的ではない。この小学校の頃からの怒りの苦しみを乗り越えたいのだ。

 すでにタバコと飲酒については、克服し続けている。どんなに頭にくるときでも、悲しい時でも、落胆するときでも、私は禁煙と断酒を続けてきた。タバコは自力で30年、酒も依存して逃げることを自助グループに通いながら、繰り返さないで15年が過ぎようとしている。

 恋愛感情や自慰行為への依存傾向の自覚があるので、それをきっぱりやめたいという禁欲への志向は、もう二十歳代半ばから始まっている。

 いつか、これをやめたいと思いながら30年以上が過ぎた。恋愛や結婚によって適切で健康な性生活を、継続的に送る機会がなかったため、私は多くの時間を自分の性依存の問題について意識し続けることになった。

 わかっている。仏教でも男性器を「魔羅(マラ)」と呼び、越えがたい敵のようにみなしている。これは「悪魔」を意味するサンスクリット語の音写だ。禅宗の寺の前に「不許葷酒入山門(葷酒、山門に入るを許さず)」という石柱が立っている。これは、強精剤にもなる「ニラ・ニンニク・ネギ」の類や酒は、寺に持ち込んではならないという掟である。性欲を刺激する要素を排除しているのだ。

 心と体の問題をあつかうとき、男女とも性欲の問題は避けては通れない。若いうちは恥ずかしがって隠すと思うが、私ぐらいの年になれば、なりふりかまわずそこを超えるためにあえて表現することもできるようになる。女性の性欲についても、仏典の戒律で、尼僧に対して自慰用の男性器を模した道具を造ることも所持することも禁じるという一文があるという。

 密教でも、煩悩を切り払い浄化する不動明王はじめ五大明王が昔から仏像に刻まれ拝まれているが、その中に愛欲を解脱へと昇華させる「愛染明王」という明王が配されている。そういった強力な崇拝対象を設定して頼らねばならないほど、愛と性は大変に重大な問題なのだとわかる。「愛染=愛欲貪染」ということで、愛情や情欲に関するむさぼりととらわれに染まった心を浄化する明王として尊崇されてきた。

 私は明王信仰をもたないので祈願したりはしないけれども、仏像にすがりつきたくなる気持はわかる。何百年も寺社に置かれ、何十世代、何万人にも拝まれてきた神仏の図や像やイコン・十字架には、みなその発祥と伝統に、深く重要な意味と理由があって存在している。それぞれが人の悩み苦しみと煩悩からの解放を願い、よりよい生き方と幸福への祈る心の現れであることを痛感させられる。

 かつて、カルト教団にいた若いころは、そうした祖先・先輩の人々の信仰心に思いいたらず、愚かの極みであった。自分の信じた教義以外、過去の宗教信仰は、すべてまちがいでもはや無用と盲信していた時期もある。まったく無知のいたりで恥じ入らざるをえない。

 このように、性欲というものと向き合うと、禁欲を旨とする寺や教会の僧団といっても、性の問題はつねにつきまとっているとわかる。欧米のキリスト教会でも一部の神父や牧師による同性・異性双方の児童・青少年への性虐待が問題になっているし、現代のアメリカの瞑想センターでも、参加者の男女関係のトラブルが絶えないそうである。ため息が出るが、それぐらい、性欲はとらわれの最大の筆頭株といっていいだろう。

 なにしろ、過労や強いストレスにさらされたときに、生理的快感や情緒的依存、酔いという嗜癖に逃げて紛らわすのがもっとも手っ取り早い。即効性があるから依存してしまう。しかし、それは、安らぎを求める心にとっては、じわじわと蝕む死の毒物である。酔いと麻痺をもたらす薬物もアルコールも、化学的には人体生理に対する「毒物」である。「酔っ払う」とは「毒に脳や臓器が侵されて起こす急性の病的状態」にほかならない。

 恐ろしいのは、人間は外からの毒物に反応するだけでなく、心身のストレスに反応して脳内に非常時用の脳内物質を分泌する仕組みがある。具体的にはアドレナリンやアセトンなどだが、それらもまたアルコール様・薬物様の化学物質で、「酔い」を与える。ギャンブルや買い物や食べ吐き依存は、いってみれば自分で脳内に酔わせる物質を作り出して酔う嗜癖をもっているということになる。

 しかし、私個人にとっては、依存を続けていてはせっかく「恋愛感情もとらわれである」という自覚にやっと達したのに、先へ進めない。

 キリスト教的な「愛」を「無償の愛」という規範とすれば、仏教的な「愛」はすこぶる意味がよろしくない。「愛着」とか「盲目の愛」とか「愛執」とか「渇愛」とか、親密さと盲目さと感情的にとらわれ溺れやすい状態がいっしょになっている言葉だ。「欲望すること・好むこと」を意味するといってもいい。仏教において「愛」とは「欲望」「むさぼり」「偏愛」をひとつにしたような語彙なのだ。

 だから、漢字で同じ「愛」だからといってキリスト教と仏教ではほとんど逆のような印象を与える。これは「神」といえば「唯一絶対の神」とイメージするか、「八百万の神」とイメージするかの違いにも似ている。

 今の私にとって、「愛」は、仏教の愛だ。とらわれの愛、愛執の愛、偏愛の愛、盲目の愛、愛欲の愛だ。その愛のありようを想うとき、そこに逃避し、溺れ、現実の苦痛と疲労を一時的にもせよ忘れさせてくれる依存・嗜癖(アディクト)の対象だ。

 アディクトは、たいてい自分の本当の感情を隠して見ないようにするための行為なので、それを強制的にでも中断すれば、そのアディクトを起こさせている過去の感情が、トラウマの記憶とともに表面化してくる。

 私の場合、それが「怒り」なのだ。

 今日も職場で、箸にも棒にもかからない泥酔のアルコール依存症者に電話でからまれて閉口し、怒りをおさえきれなかった。助けてほしいといいながら、こちらが提案することや質問にはすべて「いやだ」「こたえたくない」という、どうしようもない状態だ。私の祖父や父や弟も、酔うとそんな状態が常だった。

 祖母や母を悩ませ私を苦しめたアルコール依存症の家族へのトラウマを刺激されて怒りがこみあげ疲労した。その電話の主は、放置すれば死ぬかもしれない。「死んじゃだめだよ!」と私は訴えたが、本人は自分が電話したことも、私が語ったことも、ほとんど覚えていないだろう。3時間前にしゃべったことさえ覚えておらず、「そんなことはいってない」と逆切れする始末なのだ。救急車に助けを求めればいいかもしれないが、それが可能かどうかもわからない。とりあえず、他の回復したアルコール依存症者の人にバトンタッチして対応してもらった。

 アルコール依存症者の家族でもある私は、トラウマという意味で「アルコール依存傷者」とでも自称したいくらいだ。
 普通、これほどひどい状態の人には、家族は「死んでくれ」と思うのが普通だ。酔って家庭内暴力をふるう私の弟に対して、母がそういっていたのを思い出す。依存症者は、家族をどんなに苦しめたか、どんなにまわりを傷つけたか自覚がない。傷つけた記憶さえないのだ。たまに酒が抜けているときに、「おまえは酔っているときこうだから」と諭すと、弟は「いつもそんなことをいう」と唇をとがらせていたのを思い出す。

 そんな弟のことを思い出させる相手に遭遇し、私は自分の家族への怒りが解決していないのを思い知らされた。

c0032696_01170865.jpg



by ecdysis | 2018-08-20 00:57 | アダルトチルドレン・依存症 | Trackback | Comments(0)

ecdysisは「脱皮」。管理者・心炎の悲嘆と絶望、歓喜と希望のあやなす過去・現在・未来を見つめ、アダルトチルドレンより回復する為のブログ。メール:flamework52@gmail.com(exciteメールは2018/9/18をもって使用不能となりました)